■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

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46.森へ

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 孤児の自分が、奴隷の自分が、英雄になるなんて考えたこともなかった。
 それでも本当に英雄になれたとしたら。恩赦を受けられたとしたら。

「お、おれ、ずっと、ご主人様の側に、いてもいいのかな……?」
「いいんだよ! マルだってここを出て行きたくないんだろ⁈」

 考えるまでもない。
 人として真っ当に扱われて、仕事は頑張れば褒められた。笑う大人も怖くなくなった。一日が過ぎれば安心してベッドで眠れたし、翌日はまた輝かしい一日が始まる。ロナウドと話しをして、笑って、そしてチーズを食べる。幸せに満ちて失いたくないものばかり。

「あべるっ、おれっ、出て行きたくなんかないぃ……。ほんどは、ほんどはにげるのなんでいやだぁあ……」

 幸せの数を訊ねられたら、マルは数え切れないほどと答えるだろう。大げさでなく、それくらいあると思っている。
 こんなに世界が幸せだらけだなんて、マルは今まで知らなかった。

「そんなの分かってるさ。マル、考え方を変えればこれは好機でもあるんだよ」
「うん……うん、そうだよね……がんばる。おれがんばるよ……」

 全てが赦されたなら、ロナウドの側にいたい。
 孤児だけど、逃亡した奴隷だけど、好きな人ができたから。いつか言えるときが来たら、ロナウドへ好きだと言ってみたい。そんな夢みたいな日が迎えられるかは分からないけれど。
 袖で目元を拭うマルへ、アベルは「英雄はハンカチくらいちゃんと持ってろ」ときれいに角を合わせて折られたハンカチを渡した。
 アベルの方がずっとかっこよくて英雄らしく感じた。何だか少し面白くて、口から間抜けな音が飛び出してしまったが、アベルは気にせずふふんと口の端をあげた。

「マル、森へ行くぞ」
「うん。英雄にならなきゃね」

 アベルが差し出した手をマルは強く握り返した。
 森までは少々距離がある。けれど森へ行く手段として提案したのは、マルもアベルも同じだった。
 ラバだ。
 馬ほどではないが、走ればかなり速い。
 竜騎隊に来てから、マルは何度も乗っていた。おかげで鐙の高さは、調節しなくてもマルとアベルに合わせたまま。鞍を付けるのもお手の物だ。
 アベルとマルの花を食べ、上機嫌になった二頭へ跨がった。

「マル、ラバで走ったことはあるか?」
「ないけど、ご主人様のどんぐりなら走らせたことあるよ」
「あぁ、ロバだっけ。なら十分だ。手綱を緩ませない、背中は反らせない、目線も下げない。それだけすれば、後はこいつらがちゃんと走ってくれるからな!」
「うん!」

 裏口から出ると、人で道はごったがえしていた。馬もいたり、荷台を運んでいたり、赤子は泣き、疲れ果てた老婆は端に座り込んでいた。誰もが正解を分からないま逃げ道を探している。王城へ続く道か、王都から離れる道のどちらかへ進んでいるようだった。
 人混みを避け、森へ続く道をゆく。黒竜に襲われている時分に、敢えて灰竜の住む立ち入り禁止の森に向かう者は他にいない。進むほどにラバが楽に駆けられた。
 黒竜と竜騎隊は移動したようで、もうマルたちの頭上にいなかった。
 地上には戦闘の訓練もしていない華奢な花生み。それもたったの二人だから小隊にも班にも満たない。おまけに騎乗しているのは竜でも軍馬でもなく、荷運び用の老いたラバ。
 もし大人がそこにいて、アベルとマルの計画を知っていたら、無謀な子どもを止めにかかっただろう。それか、本気にしなかったかもしれない。
 けれども二人は本気だった。王国を救って、英雄になって、恩赦をもらうため、禁じられた森へ向かった。
 入り口付近には木の立て札があって、この先に灰竜がいるから立ち入り禁止だと記されていた。隅には偽りの無い王都の焼き印が押してある。

「アベル、これって、俺たちが立ち入ったことを誰かに知られたら、治安部に捕まっちゃうってこと?」
「ぼろくて見えなかったことにしよう」

 アベルが迷わず立て札を蹴り倒す。マルはそれを裏側にひっくり返した。枯れ草の中に紛れた木の板を敢えて拾い上げる奇特な者は、そうそういないだろう。

「マル、分かってると思うけど、秘密だぞ」
「英雄たちの秘密だね」

 それ以降もいくつか立ち入り禁止の立て札はあったが、帰り道の目印になるからと放置した。
 奥へ進むにつれ、辛うじてあった道のような筋もなくなっていく。倒木や岩が増えた辺りで、ラバを解放することにした。

「ラバは迷子にならないで帰れるの?」
「じいさんラバだけど、竜騎隊本部への道は大体覚えているよ。ラバは帰巣本能あるし、鞍にも竜騎隊の銘があるから平気だろ」
「そうなんだ。おじいちゃんなのに、たくさん走ってくれてありがとね」

 二頭のラバへ花をあげると嬉しそうに食べ、しっかりとした足取りで来た道を戻っていった。
 森の中はすでに薄暗い。アベルが持ってきたランプを点けようとした手を、マルは止めた。しい、と唇に人差し指を当てる。
 何者かが、文句を言い合いながら近づいてきたのだ。声を潜めているつもりなのだろうが、気分が昂ぶっているようでマルたちにも聞こえる。
 マルとアベルは近くの大木に身を寄せて隠れた。

「ゴロナさぁん、もう運べないっすよ、出てきちまいますってぇ。自分、腕もきついっす!」

 愚痴をこぼしたのはダミ声で、酷くざらついていた。

「いっそここで殺っちまうか。竜の素材は隅から隅まで金になるけどよ、卵だと運びにくくてかなわねぇや。生きたまんまってのが一番高ぇから、何とかしてぇんだけど、仕方ねぇな」

 その名、その声に、マルが固まる。だが一番ぞっとしたのは、その会話だった。アベルも驚きを隠せない様子で、口をぎゅっと結んで目を見開いて聞いている。
 木の陰からそっと覗き見ると、確かにゴロナたちは布でくるんだ大きなものを担いでいた。
 その会話を信じるのなら、あれは竜の卵だ。
 もし灰竜と黒竜の卵ならば、あれひとつに国の存亡がかかっているのだ。

「しゃあねぇ。中身を引きずり出せ。殺っちまおうぜ」
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