23 / 44
身に余る想い
しおりを挟むここのところ、ビオレッタは寝不足である。
すべてラウレルのせいだ。
ラウレルが、あんなに甘い瞳を寄越すから。
ラウレルの部屋で二人きりになったあの日。彼は優しい声で「ビオレッタ」と、そう呼んだ。
しかしそれはあの時見つめ合った一度きり。次の日には、元通りに戻っていた。
あれは一体なんだったのだろう。
「ビオレッタさん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ラウレル様」
悶々としながら、今日も何事も無い一日は終わる。
お互いにおやすみと挨拶を交わし、いつものようにそれぞれの部屋へと別れた。ラウレルと同居を始めてからは、毎晩繰り返されていることだ。
なのに、この間からビオレッタはどこかおかしい。
隣の部屋を歩く足音。寝返りのたびにベッドがきしむ音。
薄い壁は、彼の気配をビオレッタに伝えてくれる。
夜、こんなにも隣の部屋の物音は耳に響いただろうか。部屋と部屋を隔てる壁がカタンと音を立てるだけで、心臓が早鐘を打つ。
隣の物音に敏感になっている自分が恥ずかしくて、早く寝てしまおうと試みるけれど……ベッドに寝そべり目を閉じてみれば、砂浜で見たラウレルとの未来が目蓋の裏に浮かび上がってしまう。
彼と微笑み合い、キスを交わして、子供達を抱きしめる。ラウレルが見たという予知夢と重なる光景だった。
そんな時は慌てて目を開けて、わざわざその未来を否定する。
ラウレルは世界にただ一人の勇者だ、自分は崖っぷちの道具屋だ、そんな未来があるわけないと。
(そう……ただの道具屋に過ぎないのに、こんな未来は厚かまし過ぎる……)
自分で自分を否定して傷付いては、その手に蒼く光る指輪を眺めた。
月明かりを頼りに、彼の色に似た指輪をそっと撫でて、ラウレルのまっすぐな眼差しを思い出す……
そのうち胸がぎゅうっと苦しくなって。
あれこれぐちゃぐちゃと悩んでいると、徐々にカーテンから朝日が透け始め……ビオレッタは寝るのを諦める。
毎晩がその調子なのだった。
「ビオレッタさん、おはようございます!」
「おはようございます、ラウレル様」
今朝もあまり眠れなかった。
自分はどうしてしまったのだろう。あの予知夢を見てからというもの、ラウレルを意識して仕方がない。顔を合わせても、彼の顔を直視出来ない。
「朝ごはん作ったんです。ビオレッタさんも食べましょう?」
「ありがとうございます、いただきます」
ラウレルはビオレッタよりも遥か先に起きていて、朝からあれこれ働いてくれていたようだった。
彼が作った朝食は、目玉焼きと葉野菜のソテー。ミルクも焼き立てのパンも、テーブルの上で湯気をたてている。
「すみません。私、なにもしないで」
「そんなこと気にしないで。さあ」
ラウレルに促されるまま、ビオレッタはテーブルについた。至れり尽くせりの朝食に気後れしながらも、自分のために作ってくれた朝食がこんなに嬉しい。
(優しい……ホッとする……)
「あの……ラウレル様」
「なんですか?」
「ええと……」
あの時は確かに、本音が聞けたのに。「ビオレッタ」と呼びたいと、そう言ってくれたのに。
なぜ、また元通りに戻っているのですか?
――なんて、ビオレッタにはとても聞けなかった。
ちらりとラウレルに目を向けると、彼は応えるように目を合わせてくれる。そして一緒に朝食をとりながら、たわいのない話を振ってはビオレッタを和ませた。
本当に、どうかしている。
この生活がずっと続けばいいのにと、願ってしまっている自分がいるなんて。
もう一度、「ビオレッタ」と――あのひとときが恋しいと思ってしまっているなんて。
12
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる