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竜の背中①
しおりを挟む「それはそうと、ラウレル。あんたオルテンシアの王に居場所がばれちゃってるよ」
「王に……?」
カメリアは、このことを伝えにグリシナ村までやってきたようだった。
オルテンシアの城下町では、勇者がグリシナ村にいると噂になっているらしい。噂の出所は行商人や旅人だろうか。
いつまでたっても帰ってこない勇者ラウレルを、オルテンシア王は血眼になって探していた。当然、城下町の噂は王の耳に届いていることだろう。
「オルテンシアの街は姫と勇者の結婚でお祭り騒ぎよ。本格的に結婚準備されると困るから、もう一回断っておいた方が良いんじゃない?」
「王もしつこいな……分かった。ありがとうカメリア」
ビオレッタは、ざわつく心で二人の会話を聞いていた。
姫と勇者の結婚。
それはオルテンシア国民が待ち望んでいるもの。平和になった世界を象徴するものだ。
良いのだろうか。このまま、断ってしまっても……
ラウレルやカメリアはあっさりと断るつもりのようだけれど、ビオレッタの心にはどうしても燻りが残る。
「ビオレッタちゃん、帰りはプルガの背中に乗せてもらえば? 竜、初めてでしょ?」
「え……? は、はい」
竜なんて、もちろん見ることも初めてだ。初めてじゃない人なんて、ラウレル達くらいじゃないだろうか。
「私が乗っても、プルガは嫌がらないですか?」
「もちろん。ビオレッタさんさえよければ、プルガに乗って帰りましょう」
少し離れた場所にいたプルガも、口を大きく開けて嬉しそうに咆哮した。
プルガの背中は、意外と柔らかな触感だった。まずビオレッタがプルガの背に横乗りし、その後ろにラウレルが乗り込む。両腕の間にビオレッタを納めると、彼はプルガへ合図をおくった。
「ビオレッタさん。落ちないように、俺につかまってくださいね」
「はい…………」
ビオレッタは既に後悔していた。
やっぱり、転移魔法で帰ってもらえばよかった。
だってラウレルとの距離が近すぎる。こんなのほぼ密着じゃないか。転移魔法も彼に抱きかかえられるが、その時間は一瞬だ。しかし竜だと乗っている間ずっと密着していることになる。
カメリアは確信犯だった。ラウレルとぴったりくっつかないとプルガに乗れないことは分かっていて、その上で勧めたのだ。
「じゃあまたねラウレル、ビオレッタちゃん。グリシナ村まで頑張ってね」
カメリアは面白いものを見るような顔をして手を振った。
プルガが大きな羽を羽ばたかせると、次第に地面が遠くなって行く。ふわりとした浮遊感は、転移魔法とはまた違った不思議な感覚だった。
「段々スピードが上がるので、そのままつかまっていてください」
プルガは風に乗り、空を泳ぎ始めた。
その速さに、ビオレッタは夢中でラウレルの腕にしがみつく。もうずっと、心臓が激しく音を立てている。このスピードが怖いからなのか、それとも――
「ビオレッタさん。ほら、見て」
ラウレルに促され、おそるおそる景色を眺めてみる。
遥か下に、手を振るカメリアが小さく見えた。上から見る滝の水しぶきには丸く虹がかかり、神殿の向こうには目が覚めるような山々がそびえている。ずいぶんと上空まで上がったようだ。
「プルガは速いでしょう。ここはコリーナの村に近いんです。すぐにコリーナの丘が見えてきますよ。ほら」
「わあ……」
ラウレルが言うとおり、雲の下に一面紫の花畑が見えた。
コリーナの他にも、知らない街や村を次々と通り過ぎる。どの場所も、それぞれに雰囲気が違っていた。
「ラウレル様は、世界の街や村すべてご存知なのですか」
「すべてではないかもしれませんが、ほとんど行きましたよ。主要な場所は」
「本当に、色々な場所があるのですね……」
空から眺めているだけでも、見たことの無いものばかりだった。跳ね橋のある運河、雲まで伸びる塔、移動する浮き島、渦のある海。
この世界は知らなかったことだらけで。ラウレルに出会ってから、そんなことばかりだ。世界に、こんなにも沢山の街があるなんて知らなかった。竜に乗って空を飛べることも知らなかった。
そして、胸にあるこの複雑な想いも。
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