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オルテンシアの勇者②
しおりを挟むその日から『勇者』として、ただがむしゃらにモンスターを倒す日々が始まった。
奥深い洞窟を探索し、前人未踏の山を登り、出口の無い森を彷徨い歩く。
そうして傷だらけになり、血を吐きながらも、課せられた己の使命を全うしようとした。
しかし、必死にもがくラウレルの姿を見た人々は、密かに呟くのだ。
「なんだ、勇者とはこんなものか」と。
これまでラウレルのことを『すごい奴』ともてはやしてきた奴らが。
みるみるうちに人間不信になった。
なぜこんなことをしているのか、勇者でいる意味が分からなくなった。ラウレルは少し能力が高いだけの、ただの人間だ。普通に生きてきただけだったのに。
そんな中、身も心もズタズタになっていた状況で立ち寄ったのが、海辺の集落・グリシナ村だった。
一刻も早く身体を休めなければならない……僅かに残った力で命からがら宿屋に行くと、なんと宿の女将は不在で。
怪我を負う仲間と途方にくれていた時、偶然エプロン姿の娘が通りがかった。
淡い色彩の、可憐な人――その人こそがビオレッタだった。
傷だらけのラウレル達を見るなり血相を変えた娘は、女将に了承を取らぬまま、ラウレル達を宿屋のベッドに寝かせてしまった。
「私が責任を取りますから」となりふり構わず部屋を整え、道具屋から傷薬を持ってくると、一人一人手当てを始めた。優しく、丁寧に。彼女の性格を表すように。
そしてひと通りの手当てを終え、最後に言ったのだ。
「勇者様といえど人間なんですから、無茶をしてはいけませんよ」と心配そうな顔をして。
ラウレルは一瞬にして恋におちた。
彼女は村人から「ビオレッタ」と呼ばれ、村の道具屋を営んでいた。
朝早くから店を開け、日が落ちる頃に店を閉める。きちんと毎日、変わらぬ生活を続けていた彼女は、あんな細い身体で一人きりで生きていた。
グリシナ村に留まったラウレルは、道具屋へ通っては傷薬を買い求める毎日を送った。
必要でなくとも、買い物をすればビオレッタに会う口実になる。彼女の優しい笑顔を見るだけで、疲れきった心は癒された。たわいのない話をするだけで、その一日を浮かれて過ごした。
こんなのどかな村で彼女と一緒に暮らせたら、どんなに幸せだろうか……毎日、そんなことばかりを考えた。
そんな願いが叶わないのは分かっていたけれど。
ラウレルは魔王を倒すべき『勇者』だ。魔王がいる限り、そのような幸せが訪れることは有り得ない。
それでもビオレッタへの想いは諦めきれなくて、ラウレルの足は道具屋へと向かってしまう。
未練がましくグリシナ村での日々を送り続け、ずいぶんとレベルも上がり、「そろそろ次の土地へ発たなければ」と仲間から苦言も出てきた頃。
せっかくだからこの村で有名な予知夢を体験してみたいと、カメリアが言い出した。
砂浜へ行くくらいならビオレッタと会っていたい……とも思ったけれど、一度くらい試してみても良いかもしれない。
ラウレルは半信半疑のまま、仲間達とともに噂の砂浜へ立ってみた。
そして形ばかり目を閉じる……すると不思議なことに、波の音と混ざり合いながら脳裏に映像が浮かんできたのだった。
禍々しい魔王城で。
最高位魔法を次々と放つカメリア、
圧倒的な力で魔王を叩き切るラウレル。
魔王は断末魔と共に黒い霧となり、跡形もなく消えていく。
辺りからはモンスターの気配も消え、
魔王城に静寂が訪れた――
そして時は流れ、平和になった世界。
ラウレルはグリシナ村の道具屋に帰った。
「ただいま」と言うラウレルに、
「お帰りなさい」とビオレッタが出迎える。
二人は軽く抱き合い、キスをした。
足元には、二人に似たかわいい子供達がじゃれあっている――
(なんだ、今のは……!?)
驚くことに、思い描いていた幸せな未来がそこにあった。
魔王のいない平和なグリシナ村で、ビオレッタと結婚して子供まで。
これが未来への『予知』であるのだとしたら、俄然、希望が湧いてくる。
もう、予知夢を信じずにはいられなかった。
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