報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜

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白い光に包まれて

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「離しなさい! あのナイフも返してちょうだい……あの女を刺さないと意味が無いの! あの女から魔力を奪わないと、聖女にならないと、マルグリットお嬢様が……!」

 ドラさんは、寮の前に集まった男性達によって取り押さえられた。しかし羽交い締めにされてもなお、私をめがけて叫び続けている。

「なんでマルグリットお嬢様だけがあんな辛い思いをしなければならないの! 不公平だわ! あなたも少しくらい苦しめばいいのよ! 庶民用のくせして……!」
 
 フェメニー伯爵家の侍女として常に落ち着き払っているドラさんが、人が変わったように髪を振り乱しながら暴れている。
 繰り返し私の名を呼び「魔力を寄越せ」とわめいている彼女に、皆も戸惑っているようだった。

 
 しかし私は――彼女の金切り声を遠くに聞きながら、頭が真っ白になっていた。
 
 真横に倒れ込んだアルビレオ様は、禍々しいナイフで胸を突かれ、血の海の中で横たわっている。アイボリーの練習着が、みるみるうちに血の赤で染まっていく。
 その瞳は虚ろで、力無くこちらを見つめていた。

「悲鳴が聞こえて……戻ってきて、よかったです。ペルラは無事ですか……」
「ア……アルビレオ様……」
 
 私にしか聞こえないくらいの囁きを最後に、アルビレオ様はまぶたを閉じる。
 もう、ピクリとも動かない。

「いやっ……アルビレオ様!!」

 私は無我夢中でアルビレオ様に駆け寄った。
 本当なら、私が刺されるはずだった。
 なのにアルビレオ様がどうして刺されてしまうの。

「アルビレオ様、アルビレオ様……」
 
 私の治癒服が、アルビレオ様の血に濡れた。真っ赤な血は次から次から滲み出てくる。
 何度呼びかけても返事が戻ってくることはなく、手を握れば反応があるかと思い触れてみると、血でぬるりと滑るそれは氷のように冷たかった。
 その間にも浅い息がどんどん弱くなっていく。

「アルビレオ様、だめです……目を開けて……!」 
  
 胸を刺され、こんなにも血が流れて――我を忘れていたけれど。
 私ならこの血を止めることが出来るかもしれない。治癒魔法でアルビレオ様を助けられるかもしれない。

(私がしっかりしなければ……!)
 
 まがいなりにも私はレフィナード城の治癒師なのだから。今ここでアルビレオ様を助けられるのは、私しかいないのだから。
 
 私はありったけの魔力を込めて、アルビレオ様とひたいを合わせる。そして全身の魔力を総動員し、アルビレオ様へと治癒魔法を注ぎ込んだ。
 
 私達二人は、治癒魔法によって白い光に包まれた。ひたいから送り込まれる魔力が、アルビレオ様の体内へと混ざりあっていく。

「どうかお願い、間に合って……助かって……」
  
 私の治癒魔法で、こんなにも深い刺し傷を治せる保証は無い。
 けれど、せめて命だけでも助かって欲しかった。私はどうなってもいいから、たとえ魔力が尽きてもいいから、アルビレオ様を救いたかった。

 その様子を、皆が見守ってくれている。
 私は治癒魔法をかけ続けた。こうしてアルビレオ様と向き合い続け、どのくらい経ったのだろうか。いつの間にかあたりはもうすっかり真っ暗で、月が高く昇っている。
 
 次第にぼやける視界と、薄れゆく意識。アルビレオ様を救いたい一心であったけれど、魔力の尽きかけた身体が私から思考を奪っていく。
 でもだめだ。まだ……アルビレオ様の命を繋ぎ止めるまでは、私が治癒魔法を止めるわけにはいかない。

「アルビレオ様……私、あなたを助けたい……お願い……」
 
 その時、すぐそばでカランと音がした。目の端で、アルビレオ様の胸に刺さっていたナイフが落ちたのが見えた。
 もしかして、胸の傷が塞がってくれたのだろうか。私は震える手で、そっと傷口に触れてみる。血に濡れてはいるものの、ナイフが刺さっていたであろう傷口が無くなっている。

(よ、よかった……これで血は止まった……わよね……)
 
 まだアルビレオ様の意識が戻った訳では無いし、予断を許さない状況にある。けれど傷口が塞がったことに安心した私は、とうとう意識を手放してしまった。


◇◇◇


 次に私が目を覚ましたのは、寮のベッドの上だった。

「まあ! 良かったわ、アマーブレさん目が覚めたのね……!」

 寮長の話によると、私は意識を失ったあと三日三晩眠りについていたようだった。目を覚ましてからも身体は鉛のようにズッシリと重い。どうやら魔力だけではなく、体力もかなり消耗していたらしい。
 
 あの時使い切った魔力は、眠っている間にじわじわと戻ってきてくれているようだ。
 魔力を使い切る事なんて生まれて初めてだったから、どうなることかと思ったけれど……寮長いわく、このままセーブしながら過ごしていれば、きっと元通りになるだろうとのことだった。

 それよりも、私が気になるのはアルビレオ様だ。
 今、彼がどうしているのか知りたかった。傷が塞がるまでは持ちこたえたけれど、その後まで見届けることは出来ていない。それだけが心残りで、もしアルビレオ様に何かあったらと思うと気が気ではなかった。

「あの……アルビレオ様の具合はどうでしょうか」 
「そうね、今のところ何も情報が無いのよ。あのあとすぐにロメロ伯爵家へと運ばれたから、ご自宅で静養されているのではないかと思うんだけど」
「そうですか……」
「心配よね。でも私はアマーブレさんのことも心配よ。あなた宛に、お見舞いの品も沢山届いているの。みんな心配しているから、どうか早く元気になってね」

 寮長は温かいスープと少しのパンを置いてから、私の部屋を出ていった。

(お見舞いの品……本当だわ、こんなにたくさん……)

 部屋に備え付けれれたデスクには、私宛てのお見舞いの品が山のように置かれていた。
 お菓子の入った紙袋やフルーツの盛られた大きな籠、身体を気遣う手紙の数々、花瓶にいけられたたくさんの花束など……脇には、あの日抱えていたリンゴの紙袋もちゃんと残されてあった。
 
 先日の話は、こんなにもお見舞いの品を頂いてしまうほど広まってしまっているのだろうか。
 確かに、大きな騒ぎになってしまった。寮長の悲鳴を皮切りに人がどんどん集まって、そんな中でもドラさんは声を荒らげていたし……結果として刃物沙汰になってしまったから。
  
 ベッドに座ったまま、私はひとつひとつお見舞いの手紙を読んでいく。
 ヨランダさんからはとっても分厚い封筒が届いていた。いつも患者さんとしてやってくる皆からの手紙も、心が温まるような優しさでいっぱいだった。読んでいるだけで身も心も回復してくれそうで、思わず涙が出そうになる。
 まったく知らないかたからの手紙も多かった。そのどれもが私を励ますものだったけれど、読んでいるうちに騎士様達からのお手紙も届いていることに気づく。
 
「これは……」

『どうか、早く良くなりますように
      ――ルイス・クラベル』

 ルイス様からの手紙も、その中に見つけてしまう。
 その名を見て、とうとう覚悟の時がやって来たのだと、私は深く息を吐いた。
 そして、胸に聞いてみる。自分はどうしたいのか。
 
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