5 / 29
仲直りの扉
しおりを挟む
ルディエル様に腕を握られたまま、固まっていると――精霊が吸い込まれた扉から、コトリと不穏な音がした。
その直前、イタズラ好きの精霊が残していった不敵な笑みを、確かに見た。なんとなく嫌な予感がする。
空気を壊すようで言いにくいけれど、私はルディエル様に切り出した。
「――あの、ルディエル様。今、精霊が扉にイタズラをしたような気がします」
「なんだって……?!」
「気のせいなら良いのですが……」
ルディエル様はやっと私の手を離し、リビングの扉へと駆け寄った。ガチャガチャとドアノブを確認しているけれど、案の定、開く気配は感じられない。
ルディエル様は深いため息をつき、天を仰いだ。
「……すまない、閉じ込められてしまったようだ」
「えっ!?」
「精霊は、イタズラが好きだから……」
まさか、ルディエル様と二人でリビングに閉じ込められてしまうなんて。なぜか申し合わせたように精霊の姿も消えてしまって、正真正銘の二人きりだ。
「と、閉じ込められたって、そんな!」
「……精霊達にはあとで説教だな」
「出られるようになるんでしょうか?」
「そうだな……きっと、俺達が仲直りすれば出られるだろう」
ルディエル様は諦めたように呟いた。
私達の間には、気まずい沈黙が流れる。
「……仲直り? 私達、喧嘩なんてしてないと思うのですが」
「しかし、精霊達にはそう見えたんだよ。覚えてない? 昔、俺達はこうして同じように閉じ込められたことがあるんだけど」
「昔……子供のころ、たしかに閉じ込められたことがありましたね」
私は記憶をたぐり寄せ、昔ルディエル様と二人きりで閉じ込められた時のことを思い出した。
知り合ってしばらく経ったころだ。急にルディエル様が口を聞いてくれなくなったことがあった。話しかけても逃げられたりして、嫌われたのかと不安になったのを覚えている。
『次、話しかけて逃げられてしまったら……もう森に来るのはやめにしよう』
幼い私は落ち込んだ。無意識のうちになにか失礼なことをしてしまったのだと、自分を責めた。
これが最後だと心に決めて、いざルディエル様に話しかけても……やっぱり返事が返ってくることはなくて。仕方が無いので諦めて帰ろうとしたときに突然、ルディエル様と裏の納屋へ閉じ込められてしまったのだ。
納屋の中は暗くて、少し湿っぽくて……怖くて泣いた。隣に、私を無視するルディエル様がいたのも嫌でたまらなかった。怖くて悲しくてわんわん泣いた。あんなに泣いたのは、生まれて初めてのことだった。
『……ごめん、ネネリア』
そんな私の涙を止めたのは、申し訳なさそうな顔をしたルディエル様だった。何度も『ごめん』『泣かないで』と、繰り返し謝ってくれた。そのうちルディエル様まで泣いてしまって、お互いなぜ泣いているのか分からなくなって……最後は涙を流しながら笑い合った。
すると不思議なことに、納屋の扉が勝手に開いて。私達は外へ出ることができたのだ。
「あれも精霊のしわざだったのですね。不思議だったのです、勝手に扉が開くなんて魔法みたいで」
「そう。馬鹿な俺を叱りつけるために、精霊達は俺をネネリアと一緒に閉じ込めたんだ。きっと今回も同じ理由だ」
「同じ理由……?」
そういえば、昔ルディエル様が怒っていた理由を私は知らない。涙を流しながら何度も何度も謝られるうち、理由なんてどうでも良くなってしまったのだ。
「あの時は、なぜ怒っていたのですか? 結局、理由は分からずじまいで」
「……聞いても、ネネリアは俺のことを嫌いにならない?」
「ええ、もちろんです」
「実は……」
ルディエル様の頬が、わずかに赤くなった。
『嫌いにならない?』だなんて……あの時怒った理由は、よっぽど言いにくいものだったのだろうか。
「あの時、ネネリアが父さんを褒めたんだ」
「え?」
「父さんも昔は……今より若かったからね。ネネリアは父さんの大ファンだった。『かっこいい』だとか『やさしい』だとか……俺の前で、ずっと父さんのことを褒めてたんだよ」
「ええ……? そんな理由だったのですか」
ルディエル様が口にした理由に、思わず拍子抜けしてしまった。
いけない、全然覚えていない。でも、確かにルディエル様のお父様は大変人気のある精霊守だった。ルディエル様と同じく神秘的な銀髪と美しい青い瞳で、世の女性を虜にしてきた人だ。けれどまさか、幼少期の私まで虜になっていただなんて。
「父さんに嫉妬して、ネネリアにも嫌な態度をとった。本当に子供だったんだ、俺は」
「す、すみません。私、まったく覚えていなくて」
「いや、今日も……成長していないな俺は。こちらこそすまなかった。また子供みたいに拗ねた」
「拗ねていたのですか……?」
腕を握られたとき、ルディエル様の寂しげな眼差しにどうしていいのか分からなかった。あれは拗ねていたというのか。でもなぜ。
「ネネリアが……俺の気持ちをなにも分かっていないから」
「……だから、寂しかったのですか?」
「そう、寂しかった」
ルディエル様は正直に呟くと、頬を赤らめたまま俯いた。長いまつ毛が伏せられ、その様子がなんだかとても可愛らしくて昔と重なる。思わず笑ってしまう。
「ふふ……たまには、閉じ込められるのも良いですね」
私がそう呟くと、ルディエル様の顔はますます真っ赤になっていく。
こうして二人で昔話をするのも悪くないかもしれない。
笑う私の向こうでは、精霊が満足したかのように扉がゆっくり開かれた。
その直前、イタズラ好きの精霊が残していった不敵な笑みを、確かに見た。なんとなく嫌な予感がする。
空気を壊すようで言いにくいけれど、私はルディエル様に切り出した。
「――あの、ルディエル様。今、精霊が扉にイタズラをしたような気がします」
「なんだって……?!」
「気のせいなら良いのですが……」
ルディエル様はやっと私の手を離し、リビングの扉へと駆け寄った。ガチャガチャとドアノブを確認しているけれど、案の定、開く気配は感じられない。
ルディエル様は深いため息をつき、天を仰いだ。
「……すまない、閉じ込められてしまったようだ」
「えっ!?」
「精霊は、イタズラが好きだから……」
まさか、ルディエル様と二人でリビングに閉じ込められてしまうなんて。なぜか申し合わせたように精霊の姿も消えてしまって、正真正銘の二人きりだ。
「と、閉じ込められたって、そんな!」
「……精霊達にはあとで説教だな」
「出られるようになるんでしょうか?」
「そうだな……きっと、俺達が仲直りすれば出られるだろう」
ルディエル様は諦めたように呟いた。
私達の間には、気まずい沈黙が流れる。
「……仲直り? 私達、喧嘩なんてしてないと思うのですが」
「しかし、精霊達にはそう見えたんだよ。覚えてない? 昔、俺達はこうして同じように閉じ込められたことがあるんだけど」
「昔……子供のころ、たしかに閉じ込められたことがありましたね」
私は記憶をたぐり寄せ、昔ルディエル様と二人きりで閉じ込められた時のことを思い出した。
知り合ってしばらく経ったころだ。急にルディエル様が口を聞いてくれなくなったことがあった。話しかけても逃げられたりして、嫌われたのかと不安になったのを覚えている。
『次、話しかけて逃げられてしまったら……もう森に来るのはやめにしよう』
幼い私は落ち込んだ。無意識のうちになにか失礼なことをしてしまったのだと、自分を責めた。
これが最後だと心に決めて、いざルディエル様に話しかけても……やっぱり返事が返ってくることはなくて。仕方が無いので諦めて帰ろうとしたときに突然、ルディエル様と裏の納屋へ閉じ込められてしまったのだ。
納屋の中は暗くて、少し湿っぽくて……怖くて泣いた。隣に、私を無視するルディエル様がいたのも嫌でたまらなかった。怖くて悲しくてわんわん泣いた。あんなに泣いたのは、生まれて初めてのことだった。
『……ごめん、ネネリア』
そんな私の涙を止めたのは、申し訳なさそうな顔をしたルディエル様だった。何度も『ごめん』『泣かないで』と、繰り返し謝ってくれた。そのうちルディエル様まで泣いてしまって、お互いなぜ泣いているのか分からなくなって……最後は涙を流しながら笑い合った。
すると不思議なことに、納屋の扉が勝手に開いて。私達は外へ出ることができたのだ。
「あれも精霊のしわざだったのですね。不思議だったのです、勝手に扉が開くなんて魔法みたいで」
「そう。馬鹿な俺を叱りつけるために、精霊達は俺をネネリアと一緒に閉じ込めたんだ。きっと今回も同じ理由だ」
「同じ理由……?」
そういえば、昔ルディエル様が怒っていた理由を私は知らない。涙を流しながら何度も何度も謝られるうち、理由なんてどうでも良くなってしまったのだ。
「あの時は、なぜ怒っていたのですか? 結局、理由は分からずじまいで」
「……聞いても、ネネリアは俺のことを嫌いにならない?」
「ええ、もちろんです」
「実は……」
ルディエル様の頬が、わずかに赤くなった。
『嫌いにならない?』だなんて……あの時怒った理由は、よっぽど言いにくいものだったのだろうか。
「あの時、ネネリアが父さんを褒めたんだ」
「え?」
「父さんも昔は……今より若かったからね。ネネリアは父さんの大ファンだった。『かっこいい』だとか『やさしい』だとか……俺の前で、ずっと父さんのことを褒めてたんだよ」
「ええ……? そんな理由だったのですか」
ルディエル様が口にした理由に、思わず拍子抜けしてしまった。
いけない、全然覚えていない。でも、確かにルディエル様のお父様は大変人気のある精霊守だった。ルディエル様と同じく神秘的な銀髪と美しい青い瞳で、世の女性を虜にしてきた人だ。けれどまさか、幼少期の私まで虜になっていただなんて。
「父さんに嫉妬して、ネネリアにも嫌な態度をとった。本当に子供だったんだ、俺は」
「す、すみません。私、まったく覚えていなくて」
「いや、今日も……成長していないな俺は。こちらこそすまなかった。また子供みたいに拗ねた」
「拗ねていたのですか……?」
腕を握られたとき、ルディエル様の寂しげな眼差しにどうしていいのか分からなかった。あれは拗ねていたというのか。でもなぜ。
「ネネリアが……俺の気持ちをなにも分かっていないから」
「……だから、寂しかったのですか?」
「そう、寂しかった」
ルディエル様は正直に呟くと、頬を赤らめたまま俯いた。長いまつ毛が伏せられ、その様子がなんだかとても可愛らしくて昔と重なる。思わず笑ってしまう。
「ふふ……たまには、閉じ込められるのも良いですね」
私がそう呟くと、ルディエル様の顔はますます真っ赤になっていく。
こうして二人で昔話をするのも悪くないかもしれない。
笑う私の向こうでは、精霊が満足したかのように扉がゆっくり開かれた。
44
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?
かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。
十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。
ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが……
それは……
-----------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜
あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。
イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。
一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!?
天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。
だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。
心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。
ぽっちゃり女子×イケメン多数
悪女×クズ男
物語が今……始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる