待ての出来ない前世犬令嬢は、今世こそご主人様から愛されたい

小桜

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責任、取らせていただきますわ

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◇◇◇

「フィオレンティナ・エルミーニと申します。ジルベルト様、これからよろしくお願い致しますわね」

 とりあえず、彼女は応接室へ通すことにした。
 放っておいたら、いつまでも彼女に押し倒されたままだった。我に返った自分を褒めたい。

 ソファにはジルベルトと父、そしてフィオレンティナと名乗る謎の令嬢が、テーブルを挟んで向かい合う。
 こちらは警戒しているのだが、彼女はまったく気にすることも無く、キョロキョロと部屋を見渡しては機嫌良さそうに微笑んでいる。

「フィオレンティナ・エルミーニ……では、あなたがうちに縁談をよこしたとかいうご令嬢か」
「そのとおりでございます。こうして屋敷に入れて頂けて、お心遣い痛み入りますわ」

 フィオレンティナ・エルミーニ。あの訳のわからない縁談を寄越した令嬢で間違いないようだ。
 
 その名を聞いて、ジルベルトはうっすらとした貴族の知識を手繰り寄せる。たしかエルミーニとは侯爵家の名ではなかったか。
 そんな由緒正しき家柄のご令嬢が、何故こんなに辺境の貴族に嫁ごうとしているのか。ジルベルトは理解に苦しんだ。

「まあ、まずは温かい茶でも」
「嬉しいですわ……なんて懐かしい香りなのかしら……」
 
 懐かしい――古めかしい、とでもいう意味なのだろうか。我が家で飲まれている何の変哲もない茶を「懐かしい」と言うフィオレンティナは、実に美しい所作で茶を口にする。

「美味しいお茶でございますわね」
「いえ、どこにでもある田舎の茶ですが」
「そのようにご謙遜なさらないで。とても……とても美味しく感じますの」 

 彼女も、外の寒さには大分堪えていたのかもしれない。茶の温かさが身に染みているようである。
 
 彼女が落ち着くまで、ジルベルトは真向かいに座るその姿を眺めた。
  
 ぶ厚い防寒着を剥ぎ取った彼女は、それはそれは驚くような美貌の持ち主だった。
 都会の令嬢は皆このように洗練されているのだろうか。小さく整った顔には大きく澄んだ瞳が輝き、波打つ金の髪は腰まで長く、彼女の姿かたちを眩くかたどる。
 
 長きに渡りアルベロンドに篭もりきりの父なんか、フィオレンティナの眩しさを直視出来ていないようだ。目がまったく開いていない。
 
 やはりだめだ。ここは自分が毅然としなくては。
 
「フィオレンティナ嬢」
「なんでございましょう、ジルベルト様」 
「侯爵令嬢で、このような美貌で……あなたのような女性であれば、もっと良い条件の貰い手がおありだろう。どうか我が家からはお引き取りを」
「お、お待ちくださいませ……! わたくしはジルベルト様が良いのです!」

 フィオレンティナはテーブルに手を付き、ジルベルトに向かって懇願した。
 するとまた、あの甘い香りがフワ……と広がり、先ほどの熱烈な口づけを思い出す。勘弁して欲しい。

「あなたは私をご存知のようだが、私はあなたを存じ上げない。どこかでお会いしたことが?」
「……いいえ、お会いしたことはありませんわ」
「なぜ私を知っている?」
「……それは、お伝えしても信じて頂けないでしょうから……」

 彼女はなぜかその理由を口篭る。その大きな瞳をきょろきょろとさ迷わせて、小さな手のひらを握りしめて。
 
 どうやら、口を割るつもりはないらしい。だが別に話したくないのなら話さなくても良いのだ。このように釣り合いもしない縁談は、どうせ断る予定なのだから。

「まあいいでしょう。この雪です、今晩は屋敷にお泊めいたしましょう。ですが明日には発っていただかないと困ります」
「そ、そのようなこと、おっしゃらないで下さいませ……!」
「しかしこのように一方的な縁談、まかり通るわけが――」 
「わ、わたくし、あれがファーストキスでしたの!」

 断り文句の最中に、追い詰められた彼女は妙なことを言い出した。
 ジルベルトは思わず目が点になる。

「ファーストキス……先ほどのことか?」
「……そうですわ」
「しかし、あれはあなたが勝手にしたことだろう」
「ですが、ファーストキスは一生に一度のものですもの。わたくしはそれをジルベルト様に捧げたのですわ。ジルベルト様には、せ……責任を取って頂きませんと」
「なんだと……?」
 
 なんという言い分なのだろう。ジルベルトにしてみれば貰い事故に近いものがあるのだが、彼女は決して引こうとしない。
 それに。

「ファーストキスというなら、私もだ」
「……え?」
「私も、あれが初めてのキスだった。だが君のように責任を取れなどと言うつもりは無い」
「う、うそ……」

 ジルベルトは齢二十六にもなる、れっきとした大人である。しかし女性経験が全く無かった。
 
 銀の美しい長髪に透き通るような白い肌、瞳は切れ長のアイスブルー、弱小貴族とはいえノヴァリス伯爵家跡継ぎの男――これまでの人生、まったく縁がなかったわけじゃない。
 
 けれど女性のことはよく分からなかった。犬達と戯れていた方が癒された。それに雪と屋敷のことで精一杯で、そこまで気が回らない――それだけだ。

「ではジルベルト様、そのお年まで、まっさらなままで……」
「まっさら? どういうことだ?」
「いえ、良いのです。そうなのですね、ジルベルト様もあれがファーストキス……」

 ぶつぶつと呟きながら何かを思案するフィオレンティナは、見たところせいぜい十五歳から二十歳というところだろう。
 確かに若い女性ならファーストキスに重きを置いても仕方は無いが、それにしても一方的にキスをしておいて「責任を取れ」とは暴論である。
 その事を、身をもって訴えた……はずだった。

「ではジルベルト様。わたくしが責任を取らせていただきますわ」
「何?」
 「ジルベルト様の、一生に一度のファーストキス……わたくしが貰い受けました。その責任を取ろうと思いますの、一生をかけて」

 彼女はさも名案であるかのように、明るい顔で立ち上がった。
 足元では驚いたブラックが及び腰ながらも吠えている。気配を消すのがうまい犬ではあるが、まさか応接室まで入り込んでいたとは。

「あら……先ほどの黒い犬」
「こらブラック、今は大切な話をしている。外へ出ていなさい」
「あら、かまいませんのよ。ブラックというのね、こちらへおいで」

 フィオレンティナがちょいちょいと手招きすると、ブラックは嬉しげにシッポを振りながら駆け寄った。
 我が家の犬はほとほと番犬に向いていない。

「そう! あなた、もうすぐ父親になるのね……」
  
 彼女はブラックのおでこを撫でながら、柔らかく目を細める。初めて会ったはずのブラックのことを、まるで慈しむように。
 
「……なぜあなたが、そのことを?」

 ジルベルトは彼女の呟きを聞き逃さなかった。
 ブラックのつがいであるヘーゼルが身篭っていることは、屋敷の者以外知り得ないことである。
 つい先ほど屋敷に襲来しただけのフィオレンティナが、知っているはずがないのだ。 

「確かに、ブラックはもうじき父親になる。しかしそれは屋敷の者しか知らないはずだ」 
「べ、べつに、そんな気がしただけですわ……」
「たいそう勘が良いのだな」

 ジルベルトは、睨みつけるように疑いの目を向ける。それを受けたフィオレンティナは一息吐くと、ソファへポスリと腰掛けた。

「――信じていただけるか、分かりませんが」
  
 そして、信じられないことを口にする。

「わたくし――この子達の言葉が分かるのです」
  
 
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