誰がために生きるか?『貧すれば鈍する』状況になった結果、俺は最悪の決断をする

パイ生地製作委員会

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 早いもので、メイウェイの家で働き始めて1年以上が経過した。
 俺にとってメイウェイは本当に良い雇い主で、良い上司で、そして優しくて頼りがいがあって近くに居て安心できる人間だった。
 彼と言う人間からは、給料だけでない、たくさんの“温かさ”を与えてもらった。

 それでも、今も過去の傷を引きずっている俺が自己肯定感を取り戻すのは簡単ではなかった。過去の罪を一生背負い続けなきゃいけない俺は、もしかしたらそんなもの、取り戻すべきじゃないのかもしれない。
 メイウェイが毎回感謝の意を示す度に、過去の記憶が蘇り、俺は自分が感謝に値する人間じゃない事を繰り返し思い出す。そんな調子だから、もうとっくの昔に、俺は自分の価値を見失ってしまっていた。

 貯金は100万円を超えた。そして契約期間は終了する時が来た。
 俺はもう限界だった。メイウェイの家での仕事が嫌だからじゃない。作業をしている間は余計なことを考えすぎなくて済むからむしろ助かっている。
 限界なのは、何の役にも立てない自分が今この瞬間も生き恥を晒してしまっていること。過去の影に怯え、いつ終わりを迎えられるか分からない人生を歩んでいること。

 そうして俺は、契約の更新の前にメイウェイに手紙で別れを告げることに決めた。
 
 皮肉にも、その日、メイウェイはあまりの仕事の忙しさに期間満了日が近づいているということをすっかり忘れていたらしい。もしメイウェイがそれを知っていたなら契約更新をする気満々だったことにも注意が向かなかった程、その時の俺は視野が狭くなっていた。

 四畳半のボロアパートの中、机代わりに使っている段ボールの上で、曇った頭を何とか空回りさせて思案する。いきなり別れを告げるのだから、色々と事情を説明した方がいいかも知れないと思って筆を取ると、思いの他、おびただしい程の後悔と懺悔を綴ってしまい遺書のようになった。
 いけない。あまりにも重すぎる。書き直しだ。殴り書きのように荒い下書きをゴミ箱に捨て、白紙の紙にもう一度向き合う。
 
 手紙の内容は、まずはメイウェイへの感謝が良い。そして嘘は書きたくないので、自分を苛む過去の出来事はあくまで簡潔に。それによって抱える精神的な苦痛は自分語り過ぎるので綴らない。

「はあ、はあ…、やっと書けた。ひさしぶりにこんなに長い文章書いた。あたま、しんど…っ!」

 こんな状態になってからというもの全く使いものにならなくなった脳みそで何とか清書まで終わらせると、風呂に入る気力もなくそのまま布団に倒れ込んだ。
 明日は平日だから、俺が帰る頃にはメイウェイとは会わない。
 退勤後にそっとテーブルの上に置いておこう。

 そこまで計画を立て終えて、俺は白く靄のかかった頭を抱え、ようやく意識を手放し枕にダイブした。
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