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第二章
104 交差点
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トカゲの群れは全部で五十匹ほどだろうか。全て成体のように見える。緑色の巨体は草原を思わせるが、所々が赤黒く染まっている理由を語るまでもないだろう。
あの群れが取り逃した奴らなのかどうかはわからないけど、もしそうならあの村が滅亡した遠因はオレにある。ヒトモドキがいくら死んでもどうでもいいけど、責任があるならちょっと寝覚めが悪い。
それにこれはチャンスでもある。
「泣いた赤鬼作戦PART2するの?」
「おやおや、小春さん。どこでそんな言葉覚えてきたのかな」
「紫水が言ってた」
はははこやつめ。いい加減マッチポンプの仕組みに気付いたかな。薄々そうじゃないかとは思ってたけど。トカゲにヒトモドキを襲わせて交渉の端緒にする。トカゲにはまた悪役になってもらおう。
まずは尾行させて奴らのねぐらやら活動法則を見つけるのが吉。流石にあの群れを全部まともに相手するのはきつい。今の戦力なら対処できなくないとはいえ被害が大きくなるのは避けたい。
しかしやはりタイミングとはなんとも難しい。尾行を開始してから一日経たないうちに雨風が強くなってきた。
「はいはい、台風台風! 前と同じ要領だ! 大事なもんを巣の中にしまうか壁で覆え!」
二度目ともなると慣れてくる。今年は当たり年なのか? こういうのって重なるもんだからなあ。
トカゲを尾行してる奴らはしんどいだろうけど頑張ってもらいたい。少なくとも台風が過ぎるまでは動かないはず。つまり奴らが固まっている場所こそ、トカゲのねぐらだ。
その予想は正しく、天気が大きく崩れるにしたがってうろつきまわっていたトカゲは一つの場所に向かい始めた。
森の中に川からそう遠くない洞穴のようなものがあった。そこを拠点として活動しているようだ。この台風では攻撃を仕掛けるわけにはいかない。トカゲだって逃げられない。どっしり待ち構えればいい。
吹き荒む風と雨も収まったころ。それじゃあ一狩りいくか!
「お腹すいた」
「wwをww」
「前進するしかない」
「ご飯食べようよ~」
「メシヨコセ」
その前に腹ごしらえかよ! 確かにご飯は大事だけどさ、いざ鎌倉って時はもうちょっとビシッとしてほしい。
でもちょうどいいかな。ちょっと試さなければならないことがあるのでもうちょっとだけ我慢してもらおう。
それから蟻と蜘蛛、カマキリと蟻、ドードーと蜘蛛などの二人一組を大量に作って巣の周りを歩いてもらった。全員まだ空腹を我慢できるという了解はとったので歩いている最中は何も食べないように命令した。さてどうなることやら。
蜘蛛は特に問題がなかったが、ドードーと青虫はやっぱり途中で比喩ではなく物理的に道草を食って遅れていた。重要なのはカマキリだ。尾行させていた蟻から今まさにカマキリが蟻を食べているという連絡が入った。うむ。どう見てもルール違反だなこれは。
「外に出てる連中と巣の中にいるリーダー格の連中を全部カマキリのところに連れてこい。あ、それとカマキリは撃っておけ」
次々とカマキリに矢が突き刺さる。念のために辛生姜の毒矢を使った。もう逃げられない。
後は他の連中が到着するのを待つだけだ。それまで暇だな。
「オイ、オマエ」
おや? カマキリが話しかけてきたようだ。
「何だ?」
「タスケテクレ」
「何故?」
「ナンデもイウコトをキク」
「おかしなことを言うな? お前は、今、オレの国の一員である蟻を殺したようだが? オレは無闇に仲間を殺すなって言ったよな?」
「ソ、ソレはオナカがヘッタカラ」
「腹が減ったなら、そう言えよ。別に怒らないぞ? それとも何だ、たった今小腹がすいた程度で蟻を殺したのか?」
カマキリはそれきり黙った。こういう時魔物は不便だ。テレパシーでは嘘が吐けないから黙るしかない。こいつは一度も嘘を吐いていない。ちょっと魔が差したか、気が変わったのかもしれない。しかし、何度も何度も魔が差されたらこっちが困る。
ドードーや青虫はまあいい。命令には違反したかもしれないけど、ルールにはまだ違反していない。不合格だ。しかしカマキリは失格だ。生きたいと思うことは間違いではないし、オレ自身も必要ならそうするかもしれないけど、ルールはルール。破った奴には罰が必要だ。
沈黙が続くうちにいつの間にか呼んだ連中が集まってきた。葬式の参列客か、あるいは命を刈り取る死神か。カマキリにはそんな風に見えているだろう。
「さて、このカマキリは蟻を殺した。これは無闇に国民を傷つけてはならないというルールに違反する。そこに異論のある奴はいるか」
全員首を横に振る。
「本来なら裁判なりなんなりしてから罰するけど今は時間もないからな。サクッと殺すぞ」
「マ、マテ。ムヤミにコクミンをキズツケテはイケナイ……」
「無闇に、な。お前は無闇に蟻を傷つけた。知ってるか? ルールに守られるのはルールを守った奴だけだ。反論はもう無いか? じゃあ――――撃て」
矢が一斉にカマキリへと殺到する。抵抗も反論の余地もなくあっさりとことはすんだ。
死体を適切に処理させつつ、小春たち幹部候補と会話する。
「と、いうわけでもしも法律に明らかに違反した奴がいたらこうしろ」
もちろんカマキリの死体を指しての会話だ。
全員首肯してくれた。うんうん。物わかりの良い奴らばっかりで助かるよ。話が終わって解散したところで話しかけられた。
「ねーねー、紫水」
「何だ小春」
「もしかしてこうなるように仕組んだ?」
ははははは。そんなもん、その通りに決まってるじゃないか。ホントは蟻が殺される前に出るつもりだったけど、それ以外は予想通りだ。
「まあな。他の奴らがちゃんと命令を聞くかどうか。そしてあまりにもひどかった場合は見せしめにするつもりだった」
「ドードーと青虫は命令をちゃんと聞いてないけどあれでよかったの?」
「あいつらはあれくらいなら許容範囲だ。道草(物理)食ったけど腹が膨れたらまた歩き出したしな」
「蜘蛛たちは予想通りだったの?」
「蜘蛛は案外千尋以外も命令を聞いてくれると思ってたよ。ていうか蜘蛛はドードーやカマキリと違って悪事を働くと罰があるって理解できる生き物だと思ってたからな。何故かわかるか?」
「うーん? わからない」
「ヒントはシレーナだ。ドードーの先祖自慢とは何が違う?」
小春はしばし黙考していたが、やがて答えを口にした。
「悪いことをしたら食べられたりする……ことがあるんだっけ。風子ちゃんはただ自慢しているだけだった気がする」
「はいその通り」
以前に言ったかもしれないけど、集団を維持する場合、原始的な社会では宗教が重要な働きを担う。
例えば何らかのルールのだったり、群れのリーダーを決めることなどだ。
恐らくドードーの先祖自慢はどこに食料があるかを物語として記憶するための手段だ。しかし、それはルールにはなりえない。
蜘蛛は違う。宗教をルール、つまり集団の結束する手段として活用している。もちろんその自覚はないだろうけど。
この違いは大きい。この事実に気付いたのはオレもつい最近だ。
「つまり、蜘蛛は自分の本能よりもルールを上位に置くことができる。そういう生き物なんだよ」
だからこそ腹が減っていても蟻やドードーを襲わなかった。飼い主が見ていなくてもおあずけができる犬程度とはいえ、それすらできないカマキリとは雲泥の差だ。
もちろんもっと徹底的に空腹に追い込んだり、長時間誰からも監視されていない状況ならどうなるかはわからない。まあ、そこまでしたら人間だってルールを破る可能性は出てくるはずだ。この辺で満足しておくべきだな。
「どうして蜘蛛はそれができるのかな?」
「社会性を持つ、つまり、群れてなおかつ誰かの命令を聞くってことができる生物なんだろうな」
例えば蟻は群れる。バッタだって群れる。
しかし両者の群れは根本的に違う。整然と行動できるのは蟻で、バッタは例え群れたとしても秩序だった集団行動はせいぜいが同じ方向に向かって進むくらいだ。それと変わらない。
しかもどうしたってドードーやカマキリは本能に逆らうことが難しい。もっとも万物の霊長を名乗っている方々の中にも本能よりも理性を重んじたことなんかない人がいるけどね。おっと話題が逸れた。
もちろん徹底的に教育を施せばどうにかなる可能性はゼロじゃないけど難しいだろう。これはもはや遺伝子レベルの問題だ。小麦をパンにすることはできても、小麦をリンゴに変えることはできない。それくらいの難行だろう。
総括すると蜘蛛はルールを守ってくれるけど、ドードーやカマキリ、青虫はそれができない。
しかもありがたいことに蜘蛛は魔物で、同族間ではテレパシーによる会話を行える。これもルールを守らせるには大きく寄与する。
例えばここに入ると危ない、というルールを設けたとしよう。さらに蜘蛛がそれを破った結果痛い目にあったとしよう。
これが人間ならどんなに言葉を尽くしても別人が同じことをする可能性は高い。他人の言葉を十全に信じないのが人間だ。それはそれで悪いことじゃないけど。
でも魔物なら、痛い目にあったという経験を、実際に感じた痛みや感情をも伝えることができる。群れ全体で情報を共有する能力が地球の人間とは全く違う。
言葉や文字ではどんなに頑張っても実際の感覚として痛みを共有できるわけじゃない。
しかし、蜘蛛などの魔物なら一人だけ十分にルールを守る意識があれば、なおかつその一人が群れ全体に影響を及ぼす立場なら、時間さえあればそのルールが共有される。しかもそれをテレパシーによって次代に継承させるのも容易い。
上手くいきさえすれば社会性のある魔物にルールを守らせるのは地球人類よりも遥かに楽だろう。だからこそ新しく何かを作るのが苦手なのかもしれないけどな。
「でもそれって千尋ちゃん死んだらどうなるの?」
小春め。痛いところを。
まったくもってその通り。もしも千尋が死ぬか意思を翻せばオセロみたいに一瞬で黒と白がひっくり返るだろう。あくまでも千尋がオレに従っているからこそ、蜘蛛はオレに従っている。こればっかりは組織の宿命だ。やくざ蟻のように権力を移行させるのは多分簡単じゃない。
「そこは努力するしかないな。お前も千尋とはなるべく仲良くしておいてくれ」
「わかったー」
返事はのんびりしていたけど、小春は成長著しい。このままうまくいけばオレの片腕になる日も近いか?
有意義な会話だけど同時にこの先の問題点も突き付けられたかな。
ドードーや青虫みたいに命令を聞かない魔物、あるいは自国民を捕食対象としかみなさない魔物をどう扱うか。カマキリの戦闘能力は高かったけど、文明に必須とは言い難い魔法だったからよかった。排除できないほど有益な魔法なんかを持っていたら、話が一気にややこしくなる。
徹底的に監視するか、それとも大量の飴で手なずけるか……いずれ直面する問題かもしれないけど、今は目の前の出来事に集中しよう。
トカゲにゴー。
トカゲたちはがつがつと狩りにいそしむかと思えば意外にも動きはなかった。
それでも時折、偵察らしきトカゲが何匹か巣を離れているし、近くの木の樹液を吸っている。つーかトカゲって樹液なんか吸うんだな。
ミネラルとか水分を一緒に捕食できるからちょうどいいのかもな。トカゲが樹液を吸ってる木あれは……楓か? サトウカエデかな? 葉の形からそう考えて……ん? 葉の形? あれは……カナダの国旗?
カナダでサトウカエデと言ったら……メープルシロップじゃん! もしかしてメープルシロップ取れるんじゃね!?
あ、駄目だそれ。メープルシロップは気温や季節など、かなり好条件がそろってないと取ることができない。さらに成長した樹からじゃないとメープルシロップが取れないので栽培に時間がかかる。
もしも渋リンと接ぎ木して成長加速させたとしても、冬から春にかけての季節しか取れないんじゃあまり意味ない。魔物は寒さに弱いからな。
成長していない、若木からメープルシロップを採る方法もあるらしいけど、水を吸い出す装置が必要らしいから現状じゃあ不可能だ。一言でいうと、絵に描いた餅。
まあ実験として渋リンとサトウカエデの接ぎ木だけはやっておくかな。
それから数日、トカゲたちに動きらしい動きはなかった。偵察兵を殺してもよかったけど少しでも警戒されるのを避けたかったし、人里を襲ってからでないと行動する意味があまりない。
しかし、あれだけの数のトカゲだ。食い物も大量に必要になる。ちょくちょく夏眠してコスト削減に努めていたようだけど、にわかに群れ全体が慌ただしくなっていた。
手ごろな村を見つけたようだ。特徴としてサクランボを栽培しているらしい。
ではこちらも戦闘準備を始めるとしよう。
あの群れが取り逃した奴らなのかどうかはわからないけど、もしそうならあの村が滅亡した遠因はオレにある。ヒトモドキがいくら死んでもどうでもいいけど、責任があるならちょっと寝覚めが悪い。
それにこれはチャンスでもある。
「泣いた赤鬼作戦PART2するの?」
「おやおや、小春さん。どこでそんな言葉覚えてきたのかな」
「紫水が言ってた」
はははこやつめ。いい加減マッチポンプの仕組みに気付いたかな。薄々そうじゃないかとは思ってたけど。トカゲにヒトモドキを襲わせて交渉の端緒にする。トカゲにはまた悪役になってもらおう。
まずは尾行させて奴らのねぐらやら活動法則を見つけるのが吉。流石にあの群れを全部まともに相手するのはきつい。今の戦力なら対処できなくないとはいえ被害が大きくなるのは避けたい。
しかしやはりタイミングとはなんとも難しい。尾行を開始してから一日経たないうちに雨風が強くなってきた。
「はいはい、台風台風! 前と同じ要領だ! 大事なもんを巣の中にしまうか壁で覆え!」
二度目ともなると慣れてくる。今年は当たり年なのか? こういうのって重なるもんだからなあ。
トカゲを尾行してる奴らはしんどいだろうけど頑張ってもらいたい。少なくとも台風が過ぎるまでは動かないはず。つまり奴らが固まっている場所こそ、トカゲのねぐらだ。
その予想は正しく、天気が大きく崩れるにしたがってうろつきまわっていたトカゲは一つの場所に向かい始めた。
森の中に川からそう遠くない洞穴のようなものがあった。そこを拠点として活動しているようだ。この台風では攻撃を仕掛けるわけにはいかない。トカゲだって逃げられない。どっしり待ち構えればいい。
吹き荒む風と雨も収まったころ。それじゃあ一狩りいくか!
「お腹すいた」
「wwをww」
「前進するしかない」
「ご飯食べようよ~」
「メシヨコセ」
その前に腹ごしらえかよ! 確かにご飯は大事だけどさ、いざ鎌倉って時はもうちょっとビシッとしてほしい。
でもちょうどいいかな。ちょっと試さなければならないことがあるのでもうちょっとだけ我慢してもらおう。
それから蟻と蜘蛛、カマキリと蟻、ドードーと蜘蛛などの二人一組を大量に作って巣の周りを歩いてもらった。全員まだ空腹を我慢できるという了解はとったので歩いている最中は何も食べないように命令した。さてどうなることやら。
蜘蛛は特に問題がなかったが、ドードーと青虫はやっぱり途中で比喩ではなく物理的に道草を食って遅れていた。重要なのはカマキリだ。尾行させていた蟻から今まさにカマキリが蟻を食べているという連絡が入った。うむ。どう見てもルール違反だなこれは。
「外に出てる連中と巣の中にいるリーダー格の連中を全部カマキリのところに連れてこい。あ、それとカマキリは撃っておけ」
次々とカマキリに矢が突き刺さる。念のために辛生姜の毒矢を使った。もう逃げられない。
後は他の連中が到着するのを待つだけだ。それまで暇だな。
「オイ、オマエ」
おや? カマキリが話しかけてきたようだ。
「何だ?」
「タスケテクレ」
「何故?」
「ナンデもイウコトをキク」
「おかしなことを言うな? お前は、今、オレの国の一員である蟻を殺したようだが? オレは無闇に仲間を殺すなって言ったよな?」
「ソ、ソレはオナカがヘッタカラ」
「腹が減ったなら、そう言えよ。別に怒らないぞ? それとも何だ、たった今小腹がすいた程度で蟻を殺したのか?」
カマキリはそれきり黙った。こういう時魔物は不便だ。テレパシーでは嘘が吐けないから黙るしかない。こいつは一度も嘘を吐いていない。ちょっと魔が差したか、気が変わったのかもしれない。しかし、何度も何度も魔が差されたらこっちが困る。
ドードーや青虫はまあいい。命令には違反したかもしれないけど、ルールにはまだ違反していない。不合格だ。しかしカマキリは失格だ。生きたいと思うことは間違いではないし、オレ自身も必要ならそうするかもしれないけど、ルールはルール。破った奴には罰が必要だ。
沈黙が続くうちにいつの間にか呼んだ連中が集まってきた。葬式の参列客か、あるいは命を刈り取る死神か。カマキリにはそんな風に見えているだろう。
「さて、このカマキリは蟻を殺した。これは無闇に国民を傷つけてはならないというルールに違反する。そこに異論のある奴はいるか」
全員首を横に振る。
「本来なら裁判なりなんなりしてから罰するけど今は時間もないからな。サクッと殺すぞ」
「マ、マテ。ムヤミにコクミンをキズツケテはイケナイ……」
「無闇に、な。お前は無闇に蟻を傷つけた。知ってるか? ルールに守られるのはルールを守った奴だけだ。反論はもう無いか? じゃあ――――撃て」
矢が一斉にカマキリへと殺到する。抵抗も反論の余地もなくあっさりとことはすんだ。
死体を適切に処理させつつ、小春たち幹部候補と会話する。
「と、いうわけでもしも法律に明らかに違反した奴がいたらこうしろ」
もちろんカマキリの死体を指しての会話だ。
全員首肯してくれた。うんうん。物わかりの良い奴らばっかりで助かるよ。話が終わって解散したところで話しかけられた。
「ねーねー、紫水」
「何だ小春」
「もしかしてこうなるように仕組んだ?」
ははははは。そんなもん、その通りに決まってるじゃないか。ホントは蟻が殺される前に出るつもりだったけど、それ以外は予想通りだ。
「まあな。他の奴らがちゃんと命令を聞くかどうか。そしてあまりにもひどかった場合は見せしめにするつもりだった」
「ドードーと青虫は命令をちゃんと聞いてないけどあれでよかったの?」
「あいつらはあれくらいなら許容範囲だ。道草(物理)食ったけど腹が膨れたらまた歩き出したしな」
「蜘蛛たちは予想通りだったの?」
「蜘蛛は案外千尋以外も命令を聞いてくれると思ってたよ。ていうか蜘蛛はドードーやカマキリと違って悪事を働くと罰があるって理解できる生き物だと思ってたからな。何故かわかるか?」
「うーん? わからない」
「ヒントはシレーナだ。ドードーの先祖自慢とは何が違う?」
小春はしばし黙考していたが、やがて答えを口にした。
「悪いことをしたら食べられたりする……ことがあるんだっけ。風子ちゃんはただ自慢しているだけだった気がする」
「はいその通り」
以前に言ったかもしれないけど、集団を維持する場合、原始的な社会では宗教が重要な働きを担う。
例えば何らかのルールのだったり、群れのリーダーを決めることなどだ。
恐らくドードーの先祖自慢はどこに食料があるかを物語として記憶するための手段だ。しかし、それはルールにはなりえない。
蜘蛛は違う。宗教をルール、つまり集団の結束する手段として活用している。もちろんその自覚はないだろうけど。
この違いは大きい。この事実に気付いたのはオレもつい最近だ。
「つまり、蜘蛛は自分の本能よりもルールを上位に置くことができる。そういう生き物なんだよ」
だからこそ腹が減っていても蟻やドードーを襲わなかった。飼い主が見ていなくてもおあずけができる犬程度とはいえ、それすらできないカマキリとは雲泥の差だ。
もちろんもっと徹底的に空腹に追い込んだり、長時間誰からも監視されていない状況ならどうなるかはわからない。まあ、そこまでしたら人間だってルールを破る可能性は出てくるはずだ。この辺で満足しておくべきだな。
「どうして蜘蛛はそれができるのかな?」
「社会性を持つ、つまり、群れてなおかつ誰かの命令を聞くってことができる生物なんだろうな」
例えば蟻は群れる。バッタだって群れる。
しかし両者の群れは根本的に違う。整然と行動できるのは蟻で、バッタは例え群れたとしても秩序だった集団行動はせいぜいが同じ方向に向かって進むくらいだ。それと変わらない。
しかもどうしたってドードーやカマキリは本能に逆らうことが難しい。もっとも万物の霊長を名乗っている方々の中にも本能よりも理性を重んじたことなんかない人がいるけどね。おっと話題が逸れた。
もちろん徹底的に教育を施せばどうにかなる可能性はゼロじゃないけど難しいだろう。これはもはや遺伝子レベルの問題だ。小麦をパンにすることはできても、小麦をリンゴに変えることはできない。それくらいの難行だろう。
総括すると蜘蛛はルールを守ってくれるけど、ドードーやカマキリ、青虫はそれができない。
しかもありがたいことに蜘蛛は魔物で、同族間ではテレパシーによる会話を行える。これもルールを守らせるには大きく寄与する。
例えばここに入ると危ない、というルールを設けたとしよう。さらに蜘蛛がそれを破った結果痛い目にあったとしよう。
これが人間ならどんなに言葉を尽くしても別人が同じことをする可能性は高い。他人の言葉を十全に信じないのが人間だ。それはそれで悪いことじゃないけど。
でも魔物なら、痛い目にあったという経験を、実際に感じた痛みや感情をも伝えることができる。群れ全体で情報を共有する能力が地球の人間とは全く違う。
言葉や文字ではどんなに頑張っても実際の感覚として痛みを共有できるわけじゃない。
しかし、蜘蛛などの魔物なら一人だけ十分にルールを守る意識があれば、なおかつその一人が群れ全体に影響を及ぼす立場なら、時間さえあればそのルールが共有される。しかもそれをテレパシーによって次代に継承させるのも容易い。
上手くいきさえすれば社会性のある魔物にルールを守らせるのは地球人類よりも遥かに楽だろう。だからこそ新しく何かを作るのが苦手なのかもしれないけどな。
「でもそれって千尋ちゃん死んだらどうなるの?」
小春め。痛いところを。
まったくもってその通り。もしも千尋が死ぬか意思を翻せばオセロみたいに一瞬で黒と白がひっくり返るだろう。あくまでも千尋がオレに従っているからこそ、蜘蛛はオレに従っている。こればっかりは組織の宿命だ。やくざ蟻のように権力を移行させるのは多分簡単じゃない。
「そこは努力するしかないな。お前も千尋とはなるべく仲良くしておいてくれ」
「わかったー」
返事はのんびりしていたけど、小春は成長著しい。このままうまくいけばオレの片腕になる日も近いか?
有意義な会話だけど同時にこの先の問題点も突き付けられたかな。
ドードーや青虫みたいに命令を聞かない魔物、あるいは自国民を捕食対象としかみなさない魔物をどう扱うか。カマキリの戦闘能力は高かったけど、文明に必須とは言い難い魔法だったからよかった。排除できないほど有益な魔法なんかを持っていたら、話が一気にややこしくなる。
徹底的に監視するか、それとも大量の飴で手なずけるか……いずれ直面する問題かもしれないけど、今は目の前の出来事に集中しよう。
トカゲにゴー。
トカゲたちはがつがつと狩りにいそしむかと思えば意外にも動きはなかった。
それでも時折、偵察らしきトカゲが何匹か巣を離れているし、近くの木の樹液を吸っている。つーかトカゲって樹液なんか吸うんだな。
ミネラルとか水分を一緒に捕食できるからちょうどいいのかもな。トカゲが樹液を吸ってる木あれは……楓か? サトウカエデかな? 葉の形からそう考えて……ん? 葉の形? あれは……カナダの国旗?
カナダでサトウカエデと言ったら……メープルシロップじゃん! もしかしてメープルシロップ取れるんじゃね!?
あ、駄目だそれ。メープルシロップは気温や季節など、かなり好条件がそろってないと取ることができない。さらに成長した樹からじゃないとメープルシロップが取れないので栽培に時間がかかる。
もしも渋リンと接ぎ木して成長加速させたとしても、冬から春にかけての季節しか取れないんじゃあまり意味ない。魔物は寒さに弱いからな。
成長していない、若木からメープルシロップを採る方法もあるらしいけど、水を吸い出す装置が必要らしいから現状じゃあ不可能だ。一言でいうと、絵に描いた餅。
まあ実験として渋リンとサトウカエデの接ぎ木だけはやっておくかな。
それから数日、トカゲたちに動きらしい動きはなかった。偵察兵を殺してもよかったけど少しでも警戒されるのを避けたかったし、人里を襲ってからでないと行動する意味があまりない。
しかし、あれだけの数のトカゲだ。食い物も大量に必要になる。ちょくちょく夏眠してコスト削減に努めていたようだけど、にわかに群れ全体が慌ただしくなっていた。
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