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秋葉夕雲

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第四章

202 空と海と大地とそこにいる生き物

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 国名をエミシに決定して、本格的に本拠地を樹海に移し、道などを整備し、場合によっては田畑を作った。樹海を切り開きすぎると環境が壊れそうだからほどほどにしておいたけれど、それでも総合的な国としての生産力はかなり向上した。
 オレたちの巣はその中にいる女王蟻一人が代表としてその周囲を治める方式を取っている。その下に何人かの蟻がいて、そこから他の種族に指示を出すという完全に蟻が支配、統治する郡県制、あるいは官僚国家に近い形式だ。
 ようするにガッチガチの中央集権国家。さらに付け加えるなら通貨制度がない共産主義。
 この支配はテレパシーによる高度な連絡手段と、そもそも個人が何かを所有するという概念がない魔物でなければ実現できなかっただろう。
 やる気を出せと言えばそれだけで勤勉に働けるのも魔物だからだし、そして同時に欲望に際限があるのだ。地球人類なら一定のライフラインが保証されればその先が欲しくなるけれど、こいつらにそれはない。何よりも種族の為に働き、個人は二の次。逆を言えばその思考は停滞や環境の画一化をもたらしやすいという欠点も持つ。
 多様化や革新は競争がないとなかなか育たない。これは恐らくオレが死んでからこの国、エミシが数十年、あるいは数百年続けば表面化する欠点で、オレにとってはどうでもいいことだ。
 喫緊の課題を解決することを優先しよう。

 次の目標を高原に定めたオレたちはできる限りの冬が来るまで情報収集を行い、冬眠期間をぎりぎりまで削ってその情報の整理に努めた。
「というわけで高原の情報を今この場で発表しよう」
 ずらりと並んだ我が国の幹部たち。
 その部屋は立場にふさわしい重厚感のある空気に包まれて……いなかった。
 ごろ寝しながら草を食べる奴。
 干し肉をくちゃくちゃ噛む奴。
 部下から水を飲ませてもらっている奴。
 ……オレ何で国を作ろうと思ったんだっけ。いやまあ変に堅苦しい視線を向けられるよりはいいけどさ。

「おーい。そろそろ集中してくれ」
 そう言うとピタッと静かになる。まとまりがあるんだかないんだか。
「まず大まかな地形の確認だ。今いる樹海を東に通っていくつか山を抜けると高原がある。そこからさらに北東に進むと目的の山だ。山のあたりは針葉樹林が多くて気温も低いみたいだな。で、高原から南に下ると砂漠。東に行くとヒトモドキの生息地だ。高原はかなり広くて横断するのに数十日はかかるだろう」
 多分面積だけなら日本を三つくらい入れてもまだ余裕があるはずだ。
「は~い。質問がありま~す」
「はい何だ千尋」
 間食を食べてご満悦の千尋が糸を挙げて質問する。千尋は基本的にオレの親衛隊長みたいな役職についてもらっている。蜘蛛はオレたちの本拠地である樹海を中心にパトロールや狩りを行っている。実際問題として樹海の魔物全てを完全に支配に置くのは無理だ。
 オレたちの支配下に無い魔物の動向などを監視するのは蜘蛛という種族の仕事になっている。
「砂漠って何~?」
 そういえばこいつらって砂漠を見たことがないのか。
 ここで説明をさぼるわけにはいかないな。砂漠に直接行くことは多分ないと思うけど損をするわけでもない。知識は荷物にならないし、そもそも草原と砂漠は共通点がある。
「定義は色々あるけど全く植物が育たずに降雨量が少ない地域かな。ここの砂漠は小石が多い礫砂漠に分類されるはずだ」
「雨が少ないからそのような地形になるのですか?」
 寧々が興味を持ったようだ。
「基本はな。降水量だけで決まるわけでもないけど」
「ではなぜそれほど雨が少ないのかしら」
 おや、意外にも瑞江が質問するのは珍しい。水関連だからかな?
 海老の女王である瑞江は当然ながら海老の取締役。海老の仕事は掃除、農作物の水の管理など、多岐にわたる。
「雨が少ない理由は色々だな。大きい山脈の陰になっていたり単純に海から遠かったりして雨雲が届かないんよ」
 説明してみたもののどうにも反応が芳しくない。ってそっか。よく考えたら雨が降る原理そのものがよくわからないのか。
 日本なら小学生レベルの授業内容だけどまあしゃあない。
「雨、というか雨雲は海や川の水が日光によって温められて水蒸気になって上空に昇り、それが冷えて固まって雲になって最終的に雨として地上に降って来るんだ」
 そう説明したもののやはりまだまだ?マークが増殖中。
 しかし例外はいる。
「なるほど。確かに海辺の空気は他とは違いますからね」
 瑞江だ。こいつ自身に水を操ることはできないけど部下の海老と感覚共有することで水に対して鋭敏な感覚を実感できるらしい。
 人間だと知識としてしか雨が降る原理を実感できないけど魔物なら感覚として水蒸気を認識できる。ある意味生物とは誰よりも偉大な科学者なのかもしれないな。
 とりあえずちゃちゃちゃっと図を描いて説明する。水が雲になって雨が降って……教科書に載っている図のようだ。
「これでわかったか?」
「う~ん、わかりやすいけど……」
「けど? なんだ? 言ってみろ」
「画、下手だね」
「ぐはあ!」
 千尋の攻撃!
 オレは大ダメージを受けた!
「そ、そんなに下手か?」
「そうだよ~」
「下手ですわ」
「ww」
「まあ、独創的かと」
 ぼろっくそ言われてるんですけど。寧々はそれ、フォローのつもりか? むしろ皮肉に聞こえるんですけど! や、魔物はそういうオブラートに包むのが苦手なんだろうからこれでも進歩してるのかもしれないけど!

「ま、まあこれで雨の降る原理はわかったか?」
 とりあえず全員首肯。
「紫水、質問しても?」
「何だ翼」
 ラプトルの翼が挙手(珍しく本当に手)する。ちなみにラーテルとの戦いで負傷した翼はどうも片目の視力が低下してしまったので今は眼帯をつけている。中途半端に見えるとやりにくいんだとか。
 翼の役職は将軍。やはりこいつより優秀な前線指揮官はいない。普段は練兵などを行っているけど、最近は高原の探索などにも顔を出している。
 ラプトルの役目は兵隊……というよりはむしろ狩人だ。外に出かけて魔物を相手に狩りを行ったりしている。翼曰く、隊列などを組む訓練よりも程よく弱い敵と戦う訓練の方がやりやすいとか。そういう意味では純粋な職業軍人のようなものは存在しないのかもしれない。
「話を聞く限りだと高原と砂漠の気候はそれほど変わらないはずだと思うのですが何故砂漠と高原に分かれているのでしょうか」
「一つは多分気温と降水量の差だな。ここが北半球で南にいくほど気温が上がるのは理解しているよな?」
 この辺はもうあらかじめ教育済み。マジで小学生の授業だなあ。
 しかしそれでも中世の人間に勉強を教えるよりよっぽど楽だよ。頭いいし、こっちの言うことちゃんと聞いてくれるし。
「それはもちろん」
「他には動物が植物を食べつくしたり……まあ究極的には……」
「的には?」
「わかんない」
 正直何故砂漠になったのか、ということに関してはタイムマシンでもない限り確実にこうと言える根拠はない。
「ひとまず今の気候に焦点を絞るぞ。断片的な情報を考察するに大陸性気候、あるいはステップ気候に属するかもしれない」
 確かステップ気候はケッペンの気候区分に含まれていてなんか計算式かなんかがあったはずだけど、流石にそこまで細かくは覚えてない。
「この気候の特徴は降雨量が少なくて、天気が安定しないことだ。一日の寒暖差が激しく、年間を通しても安定しない。一日の間に季節がいくつもめぐるような感じだ。雨も降るときには一気に降るけど降らないときは全く降らない。では質問だ」
 ぐるりとこの場に集まった幹部連中を見渡す。
「高原で暮らす、あるいは進出する場合何に気をつければいいと思う?」
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