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秋葉夕雲

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第四章

249 真の敗北、真の勝利

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 現在オレたちは輸送方法を手押し車などから虫車に転換している。
 そのため大幅に輸送力が上がっているのだけれど虫車には割と欠点が多い。特にまずいのは車輪が一度壊れてしまうと走り出せないということ。
 魔法の効果を発揮している物体が壊れるとスカラベの魔法<ロール>が解けてしまうからだ。そして運悪く魔法が解けてしまった虫車が走り出すにはまたスカラベに触ってもらわないといけない。
 というわけで脱輪してしまった虫車はえっちらおっちら働き蟻が巣まで運ぶことになる。
 遊牧民に見つかってしまったのはそんな一隊だった。

 逃げきれないことを悟った働き蟻たちはあらかじめ知らせておいたマニュアルに従って虫車を破壊した。これは情報漏洩を防ぐために考えた措置で、万が一にも構造や仕組みを解析されて対策を練られることを防ぐためだ。草が生い茂る高原では火を使えないので力技で破壊し、遊牧民たちが到着するよりも先に破壊に成功した。
 当然ながら遊牧民にフルボッコにされる働き蟻たち。まあそれはしょうがない。
 しかし一人だけ傷つけられたけどわざと逃がされた働き蟻がいる。尾行して蟻の巣を見つけるためだろう。これは一般的な手法らしく、腹立たしいけど有効だ。うんまあよろしい。いやよろしくはないけど戦術として理解できる。
 しかし、なあ。

「運んでた食料をぶちまけるってのはどういう了見だ! オレの嫌いなことを一つ教えてやる! 食い物を粗末にすることだ! ああもう腹立つなあ!」
 虫車の残骸の周りには働き蟻の腹の中に収まるはずだった食料がゴミみたいにばらまかれている。ご丁寧に魔法で刻んでいるとは驚きだよオイ!
 食えばいいだろうが食えば! な・ん・で! わざわざ微に入り細を穿つようにぐちゃぐちゃにしてんだよ! せめて埋めんか! 不衛生だろうが! まあこの高原は乾燥してるからな! 魔物でも腐るより先に乾燥するんですけどね。 って関係ないわあ! あれか!? 穢れてるってやつか!? 食い物に貴賤はないっつーの!

「王。そろそろ落ち着きましょう」
「ん、そうだな。よし落ち着いた」
 いつまでも愚痴を言ってられない。これからどうしようか。
「まずは遊牧民を明後日の方向へ誘導しようか。今ならあっさりついてくるはずだし。少なくとも打って出るのはなしだな。相手の思うつぼだろうし」
 遊牧民の一隊はせいぜい百人くらいの小部隊。多分偵察か何かだろう。偵察を倒すのは簡単だけど、それで余計に状況が悪化する方がまずい。遊牧民の戦闘力は過小評価しない方がいい。気の毒だけど泳がされている働き蟻は見捨てるべきかな。
 しかし翼は意外な言葉を口にした。
「いえ、ここは出撃するべきかと」
「翼? 何か勝算でもあるのか?」
 まさか翼が自分の復讐心を満たすために戦いたがっているとは思わない。しかし翼の意図がわからない。わからないならとりあえず聞いておいた方がいい。知ったかぶりなんかかっこ悪いしね。
「いえ、恐らく働き蟻だけで遊牧民と戦っても勝ち目は薄いでしょう。ですが負けても問題はない……それどころか負けた方がいいかもしれません」
「? どういうこと?」
 戦いとは基本的に勝利を目指すはずだ。負けた方がいいとはこれ如何に。
「まず一つとして我々は一度も遊牧民と戦っていません。それゆえに一度戦ってみた方が良いかと思われます」
「それはわかる」
 こっちの実力を隠しつつ敵の実力を把握できれば言うことはない。
「次に……いえこちらが本題ですが、戦時の心理として一度勝利した敵は勢いづくはずです。故にここで一度負けておけば敵は砦を無視せずに無理をしてでも陥とそうとするのではないでしょうか」
 翼の推察にこっそりと瞠目する。この意見は無視できない鋭さがある。この作戦は遊牧民がオレたちの砦を攻略しようとするという前提に基づいている。しかし城攻めの常套手段として城を無視する作戦がある。いやそれ城攻めじゃないじゃんとは言ってはいけない。
 大要塞を無視して敵の本拠地を突くという戦略は結構歴史にあるのだ。
 ただセイノス教の関係で砦を無視しないという予測をたててはいたけど世の中に絶対はない。
「大事なのは相手に攻めさせるという意識だな。相手の心理や戦意を利用するわけか」
 ギャンブルにはまる人の特徴として勝利の快感が忘れられないという心理がある。もっとわかりやすく言うと対戦系のゲームで、「後一回だけ! 次やれば勝てる!」、と思ったことはないだろうか。
 これも同じような心理だ。
「はい。あるいは我らの策を見破る賢者もいるかもしれません。しかし我らが騙せばよいのは奴らの群れそのもの。我らの籠城を怯懦と誤解する愚者もいるでしょう。一人が手柄を挙げたことを妬み功名心に逸る粗忽者そこつものもいるはずです」
 言われてみればその通りだ。オレたちの役目は耐えることじゃなくて敵の目を引き付けておくことだ。その役目を最大限に果たすためには一度負けておく必要があるかもしれない。
「よく思いついたな」
「実体験を基にしたまでのことですよ」
 ……? そんなことあった――――あ、あったな。
「オレたちと戦った時か?」
 翼たちはオレたちと一度戦っており、その際にオレたちに勝っている。もちろんその時のラプトルたちの内情は知らない。
「ご存じないでしょうがあの時我々も揉めていたのですよ」
 敗北の経験を活かして敵にやり返すか。なかなかたくましいじゃないか。
「確かにいい案だな。ならやってみるか」
「ありがとうございます。提案しておいて言うべきではないかもしれませんが、作戦とはいえ王の軍に敗北をもたらすこと、将として心苦しく思います」
「そんなこと気にしなくてもいいよ。作戦によって負けるのはしょうがない。そもそも一度や二度負けたくらいでへそを曲げていたらきりがない。オレなんかしょっちゅう負けてるぞ」
 小さな戦術的勝利で満足するよりも肝心な戦いで確実な勝利を手にする方が大事だ。
「王の寛大さに感謝します。小心者ほど一度の敗北に目くじらを立てますから」
 確かにな。前世でバイトしていた時でもちょっとした失敗でぐちゃぐちゃ文句を言って怒鳴り散らす奴がいたなあ。あんな大人にはなりたくないもんだ。オレが大人か子供かどうかはともかくとして。
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