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第四章
318 転生
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「ええと、じゃあお前は自分が何で転生させられたか知っているか? 転生って言うのはそうだな……お前の家からここに送られてきたことだ」
「わからない」
「じゃあ、もしかしてお前バスに乗ってた……てことはないから、バスに関わっていたりしないか?」
バスの画像をテレパシーに込める。伝わるかどうかはわからないけど……少しでも情報が欲しい。オレの記憶が正しければバスに犬を連れていた乗客はいなかった。もしもあのバスが何らかの形で転生に関与しているなら何か反応があるはずだった。
「バス……? う、ううう!?」
何か手掛かりがあればと思ってした質問にベルは予想よりも狼狽していた。
「どうかしたのか?」
「僕は、バスの事故に巻き込まれて、ケガをした。ケガはちゃんと治らなくて時間がたってから、どんどん苦しくなっていった」
ベルがここにいるということはバスの事故によって負ったケガが遠因で亡くなったということか? オレもバスに乗っている最中に何らかの要因によって転生した。これが偶然……待てよ? そうだ、そうだ!
「オレ、お前を見てる! バスに乗ってた時、外にいた子供よりもでかい犬!」
ふと外を見ると大きな犬を散歩させていた子供がいたはずだ。
間違いない。ということは何かがあったんだ。あの時、あの場所で、何かが。
「ベル。頑張って思い出してくれ! お前がケガをしたとき何があった!」
オレの懇願に思うところがあったのか、必死で何かを掴もうとしている。そして、絞り出すようにぽつりと。
「具合の悪そうな、ヒト……がいた」
あまりにも瞼に焼き付いた光景なのか、テレパシーによってその時にベルが見た人物がオレにも流れ込む。
モノクロのような、恐らく犬の視界だから人とは見ている色の違う世界が脳裏に映し出される。確かにそこに顔色の悪い男がいた。
知っている。オレはこの男を知っている。こいつは確かに転生前に見た顔の青白い通行人だ。子供と犬と少し離れたところにいたはずだ。
だが。
(何故だ!? オレはこの男を他にもどこかで見たことがある! それも、そう遠くない! いつ、どこで!?)
脳内の辞書をばらばらとめくる。しかしわからない。今頃オレの中の警察官は迷子の捜索で大忙しだろう。いっそのことモンタージュでもできればな。ああでもモンタージュより人が描いた似顔絵の方が犯人逮捕には効果的らし―――――その時、オレの脳内でけたたましいアラームが鳴った。
「そうだ! 絵だ! あの砦で見つかった絵!」
間違いない。この青白い顔の男はこの世界で見つけた誰かの絵に似ている。
大急ぎでその絵を探させる。そして眺めると、間違いない。見れば見るほど特徴がよく似ている。
「紫水。絵の裏にこの人物の来歴が書かれています」
「読んでくれ」
話によるとこの男は男の身でありながら戦で活躍した人物らしい。ただカンガルー、つまりバッタの魔物と戦ってすでに死亡しているらしい。
まさかただのそっくりさんということはあるまい。
別の世界に同じ顔の生命体がいる。恐らくは、この顔の青白い男は転生者だ。
地球からこの世界に転生した転生者ではない。この世界から地球に転生した転生者。この二つの世界が確かにつながっているという証明。
ここからは想像、いや妄想だ。
オレもベルもこの男を見ている。そしてこの世界に来た。この世界が地球と同じ宇宙にあって、何百万光年も離れているのか、それとも純粋に別次元の世界なのか、それはこの際どうでもいい。
重要なのはこの男が何らかのカギを握っているという事実。
当たり前といえば当たり前なのだけど、転生するためには絶対に必要な前提条件がある。あまりにも当然すぎて忘れてしまいそうになるけれど、転生するためにはまず元の世界で死亡しなければならない。死ぬ必要があるのだ。絶対に。そうでなければ転生ではない。
死。
青白い男を目撃したこと。
転生。
それらを繋げれば何があったのか推測できる。つまりこの男がバスの事故を引き起こし、オレはこの男に殺され、ベルの死の遠因を作ったのがこの男なのではないだろうか。つまり――――。
異世界に転生する条件とは、転生者に殺害されることではないだろうか。
頭の中を北極の嵐と灼熱の溶岩が同時に通り抜ける。凍えているのに頭が沸騰しそうだ。
「ふざけんな馬鹿野郎! ふざけるなこの野郎! 望みをかなえるだと!? お前たちが転生させたんだろうが! もともとはお前たちの撒いた種だろうが!」
この推測が正しいとすれば転生管理局とは詐欺師の集団に他ならない。
どの面さげて望みをかなえるなどと言うのか。よっぽど面の皮が厚いのだろうか。
もしもこんなことが日常的に行われていたとしたら? 自分たちが転生させた転生者によって殺害された人間、いや全ての生物に、『あなたは死んでしまいました。でも私が助けてあげます』、などとのたまうのだろうか。
もはやマッチポンプという言葉すら生ぬるい。一つの世界しか知らないオレたちには決して理解できない詐欺を延々と繰り返しているのだろうか。
地球上のありとあらゆる犯罪行為よりも悪辣だ。決して捕まえようがない、ということにおいて。
もしかしてこれか!? この事実をオレに勘づかせたくなかったのか? ベルではきっと気付かない。仮に顔の青白い男の絵を見たところでそいつを自分がケガを負った瞬間に見た人物だとは気づかないだろう。犬は視覚よりも嗅覚で他者を識別する傾向が強いから。
転生管理局、というのだから、転生、を、管理、するための組織だ。それが自分たちの悪辣さ、卑劣さを隠すために管理するのだとしたら、なるほど、オレをつけ狙う理由もわからんでもない。
もしかしたら本来転生する際に、記憶を無くしたり、操作したりするかもしれない。そうでなければ管理なんかできないはずだ。
なにしろこのルールが正しいなら、オレはいくらでも転生者を量産できる。というかこの戦いでかなりの数が転生したはずだ。もしもそいつらに――――いや、あの寧々にこの事実を伝えることができれば。
さらにいくつかこの世界についての仮説もある。この転生管理局という力があるのかないのかよくわからん連中が、地球やこの世界を「管理」しているというのなら、いくつかのおかしな事実……例えば金属資源が妙に見つかりづらかったり、化石資源が妙に少ない謎なども仮説くらいは思いつく。
それらが転生管理局による管理という城塞に穴を開けられるかもしれない。
「なるほど、そりゃ隠すはずだ。反撃のチャンスなんて残すわけがない」
転生管理局という組織にとってオレのような転生者は本来物語のキャラクターのようなものだろう。そもそも逆らうという発想を思いつくことができない。でもオレは知った。それに、転生管理局という組織は完全でも何でもない。
たかが蟻一匹殺すのに苦戦するような連中なのだから。あるいはカワセミというのは転生管理局では中間管理職のような微妙なポジションで上には上があるのか? そうだとすると全力でこっちを潰しにかかれないのかもしれない。
何もかも推測。しかしそれでもこのイカサマだらけのゲームで見つけた数少ない突破口。それを有効活用するためには何をするべきだろうか。
少なくともオレ自身が転生するのはなし。敵だってそれを警戒しているはずだから、そんなことは虎口に自ら飛び込むようなもの。なら……。
一人でも多くの転生者を、地球に送ること。そして、鵺のようにカワセミに会ってその情報をできるだけ聞き出す。
転生の仕組みがオレの仮説通りなら、殺された生物の転生先は転生者が元居た世界になるはず。なら、鵺に殺された奴らは地球に転生し、同時にこの世界の転生者に殺されればこの世界に戻ってくるはず。
もしも……。
あの寧々に、これらの情報を伝えることができれば……管理局とやらに反撃する機会を作ることができるかもしれない。
普通に考えて大海に落ちた針を探すような難行だ。地球の誰に、どころかどんな生物に転生するのかもわからない。というか監理局がそうやすやすとめぐり合えるように転生させるとは思えない。
でも、あの寧々なら、奇跡に等しい難行をやってのけるかもしれない。ただそれは、寧々という存在を何度も殺すことを意味する。
罪深いな。殺されたり、殺したり、そんなことばっかりだよこの世界は。
でも、オレは死にたくない。それだけだ。だからやる。罪深かろうと、ろくでなしだろうと。
「鵺。提案がある」
「何……?」
鵺の声はか細い。今にも命の灯が消えそうだ。
「お前を元の世界に返すことはできない」
オレが鵺を殺せば地球に帰るのかもしれないけど、どう考えても間に合わない。
「でも、オレの言うことを聞いてくれたらお前の言葉をソウタに伝えることはできる。どうする?」
鵺はゆっくりと頷いた。
「ありが……とう」
「礼を言われることじゃない。これは契約だからな」
それから大急ぎで負傷して手遅れになりそうな奴らを集める。そいつらに対して日本のこと、転生者のこと、転生管理局について、ありとあらゆることを教え、鵺の口元に導いていく。
オレの仮説が正しい確証はない。それでももしも正しいなら、確実に鵺に殺してもらい、地球に転生させる。もちろん手遅れの奴だけだ。生き延びる望みがあるなら治療する。
それでも決して少なくない兵たちが鵺の牙にかかって死んでいった。
この決断が正しかったかどうかわかるのはいつになるのだろうか。
「わからない」
「じゃあ、もしかしてお前バスに乗ってた……てことはないから、バスに関わっていたりしないか?」
バスの画像をテレパシーに込める。伝わるかどうかはわからないけど……少しでも情報が欲しい。オレの記憶が正しければバスに犬を連れていた乗客はいなかった。もしもあのバスが何らかの形で転生に関与しているなら何か反応があるはずだった。
「バス……? う、ううう!?」
何か手掛かりがあればと思ってした質問にベルは予想よりも狼狽していた。
「どうかしたのか?」
「僕は、バスの事故に巻き込まれて、ケガをした。ケガはちゃんと治らなくて時間がたってから、どんどん苦しくなっていった」
ベルがここにいるということはバスの事故によって負ったケガが遠因で亡くなったということか? オレもバスに乗っている最中に何らかの要因によって転生した。これが偶然……待てよ? そうだ、そうだ!
「オレ、お前を見てる! バスに乗ってた時、外にいた子供よりもでかい犬!」
ふと外を見ると大きな犬を散歩させていた子供がいたはずだ。
間違いない。ということは何かがあったんだ。あの時、あの場所で、何かが。
「ベル。頑張って思い出してくれ! お前がケガをしたとき何があった!」
オレの懇願に思うところがあったのか、必死で何かを掴もうとしている。そして、絞り出すようにぽつりと。
「具合の悪そうな、ヒト……がいた」
あまりにも瞼に焼き付いた光景なのか、テレパシーによってその時にベルが見た人物がオレにも流れ込む。
モノクロのような、恐らく犬の視界だから人とは見ている色の違う世界が脳裏に映し出される。確かにそこに顔色の悪い男がいた。
知っている。オレはこの男を知っている。こいつは確かに転生前に見た顔の青白い通行人だ。子供と犬と少し離れたところにいたはずだ。
だが。
(何故だ!? オレはこの男を他にもどこかで見たことがある! それも、そう遠くない! いつ、どこで!?)
脳内の辞書をばらばらとめくる。しかしわからない。今頃オレの中の警察官は迷子の捜索で大忙しだろう。いっそのことモンタージュでもできればな。ああでもモンタージュより人が描いた似顔絵の方が犯人逮捕には効果的らし―――――その時、オレの脳内でけたたましいアラームが鳴った。
「そうだ! 絵だ! あの砦で見つかった絵!」
間違いない。この青白い顔の男はこの世界で見つけた誰かの絵に似ている。
大急ぎでその絵を探させる。そして眺めると、間違いない。見れば見るほど特徴がよく似ている。
「紫水。絵の裏にこの人物の来歴が書かれています」
「読んでくれ」
話によるとこの男は男の身でありながら戦で活躍した人物らしい。ただカンガルー、つまりバッタの魔物と戦ってすでに死亡しているらしい。
まさかただのそっくりさんということはあるまい。
別の世界に同じ顔の生命体がいる。恐らくは、この顔の青白い男は転生者だ。
地球からこの世界に転生した転生者ではない。この世界から地球に転生した転生者。この二つの世界が確かにつながっているという証明。
ここからは想像、いや妄想だ。
オレもベルもこの男を見ている。そしてこの世界に来た。この世界が地球と同じ宇宙にあって、何百万光年も離れているのか、それとも純粋に別次元の世界なのか、それはこの際どうでもいい。
重要なのはこの男が何らかのカギを握っているという事実。
当たり前といえば当たり前なのだけど、転生するためには絶対に必要な前提条件がある。あまりにも当然すぎて忘れてしまいそうになるけれど、転生するためにはまず元の世界で死亡しなければならない。死ぬ必要があるのだ。絶対に。そうでなければ転生ではない。
死。
青白い男を目撃したこと。
転生。
それらを繋げれば何があったのか推測できる。つまりこの男がバスの事故を引き起こし、オレはこの男に殺され、ベルの死の遠因を作ったのがこの男なのではないだろうか。つまり――――。
異世界に転生する条件とは、転生者に殺害されることではないだろうか。
頭の中を北極の嵐と灼熱の溶岩が同時に通り抜ける。凍えているのに頭が沸騰しそうだ。
「ふざけんな馬鹿野郎! ふざけるなこの野郎! 望みをかなえるだと!? お前たちが転生させたんだろうが! もともとはお前たちの撒いた種だろうが!」
この推測が正しいとすれば転生管理局とは詐欺師の集団に他ならない。
どの面さげて望みをかなえるなどと言うのか。よっぽど面の皮が厚いのだろうか。
もしもこんなことが日常的に行われていたとしたら? 自分たちが転生させた転生者によって殺害された人間、いや全ての生物に、『あなたは死んでしまいました。でも私が助けてあげます』、などとのたまうのだろうか。
もはやマッチポンプという言葉すら生ぬるい。一つの世界しか知らないオレたちには決して理解できない詐欺を延々と繰り返しているのだろうか。
地球上のありとあらゆる犯罪行為よりも悪辣だ。決して捕まえようがない、ということにおいて。
もしかしてこれか!? この事実をオレに勘づかせたくなかったのか? ベルではきっと気付かない。仮に顔の青白い男の絵を見たところでそいつを自分がケガを負った瞬間に見た人物だとは気づかないだろう。犬は視覚よりも嗅覚で他者を識別する傾向が強いから。
転生管理局、というのだから、転生、を、管理、するための組織だ。それが自分たちの悪辣さ、卑劣さを隠すために管理するのだとしたら、なるほど、オレをつけ狙う理由もわからんでもない。
もしかしたら本来転生する際に、記憶を無くしたり、操作したりするかもしれない。そうでなければ管理なんかできないはずだ。
なにしろこのルールが正しいなら、オレはいくらでも転生者を量産できる。というかこの戦いでかなりの数が転生したはずだ。もしもそいつらに――――いや、あの寧々にこの事実を伝えることができれば。
さらにいくつかこの世界についての仮説もある。この転生管理局という力があるのかないのかよくわからん連中が、地球やこの世界を「管理」しているというのなら、いくつかのおかしな事実……例えば金属資源が妙に見つかりづらかったり、化石資源が妙に少ない謎なども仮説くらいは思いつく。
それらが転生管理局による管理という城塞に穴を開けられるかもしれない。
「なるほど、そりゃ隠すはずだ。反撃のチャンスなんて残すわけがない」
転生管理局という組織にとってオレのような転生者は本来物語のキャラクターのようなものだろう。そもそも逆らうという発想を思いつくことができない。でもオレは知った。それに、転生管理局という組織は完全でも何でもない。
たかが蟻一匹殺すのに苦戦するような連中なのだから。あるいはカワセミというのは転生管理局では中間管理職のような微妙なポジションで上には上があるのか? そうだとすると全力でこっちを潰しにかかれないのかもしれない。
何もかも推測。しかしそれでもこのイカサマだらけのゲームで見つけた数少ない突破口。それを有効活用するためには何をするべきだろうか。
少なくともオレ自身が転生するのはなし。敵だってそれを警戒しているはずだから、そんなことは虎口に自ら飛び込むようなもの。なら……。
一人でも多くの転生者を、地球に送ること。そして、鵺のようにカワセミに会ってその情報をできるだけ聞き出す。
転生の仕組みがオレの仮説通りなら、殺された生物の転生先は転生者が元居た世界になるはず。なら、鵺に殺された奴らは地球に転生し、同時にこの世界の転生者に殺されればこの世界に戻ってくるはず。
もしも……。
あの寧々に、これらの情報を伝えることができれば……管理局とやらに反撃する機会を作ることができるかもしれない。
普通に考えて大海に落ちた針を探すような難行だ。地球の誰に、どころかどんな生物に転生するのかもわからない。というか監理局がそうやすやすとめぐり合えるように転生させるとは思えない。
でも、あの寧々なら、奇跡に等しい難行をやってのけるかもしれない。ただそれは、寧々という存在を何度も殺すことを意味する。
罪深いな。殺されたり、殺したり、そんなことばっかりだよこの世界は。
でも、オレは死にたくない。それだけだ。だからやる。罪深かろうと、ろくでなしだろうと。
「鵺。提案がある」
「何……?」
鵺の声はか細い。今にも命の灯が消えそうだ。
「お前を元の世界に返すことはできない」
オレが鵺を殺せば地球に帰るのかもしれないけど、どう考えても間に合わない。
「でも、オレの言うことを聞いてくれたらお前の言葉をソウタに伝えることはできる。どうする?」
鵺はゆっくりと頷いた。
「ありが……とう」
「礼を言われることじゃない。これは契約だからな」
それから大急ぎで負傷して手遅れになりそうな奴らを集める。そいつらに対して日本のこと、転生者のこと、転生管理局について、ありとあらゆることを教え、鵺の口元に導いていく。
オレの仮説が正しい確証はない。それでももしも正しいなら、確実に鵺に殺してもらい、地球に転生させる。もちろん手遅れの奴だけだ。生き延びる望みがあるなら治療する。
それでも決して少なくない兵たちが鵺の牙にかかって死んでいった。
この決断が正しかったかどうかわかるのはいつになるのだろうか。
応援ありがとうございます!
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