うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第45話 金色の矢

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 葵の疑問に対して五月は冷静に答えた。
「馬のギフテッドならどんなギフトの可能性があるか、という話題だったと思いますが」
 二人がいるのは航空機の普通席、中央ブロックの最後尾。
 時間が早いこともあり、空席が少なくなかった。さらに平日の女子高生二人ともなれば若干目立っていたが、長い時間目に留まるようなものでもなかった。
 はー、といかにも幸せが逃げそうなため息をこぼす葵。
「どうして飛行機はペット持ち込み禁止なのかしら」
「騒いだりしたら危ない。アレルギーの危険、などですね」
「わかってるわよそれくらい」
 そんなことは葵も承知しているのだが、それでもあふれるからこそ愚痴というのだ。ギフテッドである以上、飛行機に密航してもばれないのだが、それはオーナーであることを喧伝するようなものなのでできれば避けたいのだ。
「飛行機って暇よね。慣れればそうでもないのかもしれないけど」
「人によっては眠りやすいから深夜便をよく使うこともあるそうです」
「あんたはどうなの? 昔は世界各地を転々としてたんでしょ?」
「半年に一度は飛行機に乗っていましたね。昔の話で思い出しましたが……」
「何よ」
「あなたは私の過去をどれくらい見たんですか?」
 その話題ね、そうぽつりとつぶやいた。
 窓際だった葵は白い雲海を眺める。幻想的な風景ではあったが、地面を見たい気もしていた。
「あんたが美人だって褒められてるところ。それと、母親と口論してるところかしら。こっちが言ったんだからあんたも話しなさいよ」
「私が見たのはあなたのご両親が相貌失認について話しているところ、友達が相貌失認について理解してくれなかったところ。三度目の過去は私の過去でしたから、それだけです」
 五月は三度過去を見ている。一度目は夢の中に入った直後。二度目は水たまりを踏んだ時。三度目が真子との戦闘中に水をかけられた時のことだ。
「あー、あれね。懐かしいわ」
 葵は再び窓の外を眺めた。
 白い海のどこかに、過去が浮いてあるような気がしたのだろうか。
「それでその……」
「何よ。言いたいことがあるのならはっきり言いなさい」
「……あなたは。自分が相貌失認であることについてどう思っているのですか?」
「どうって……そりゃまあ、病気なんだから治したいとは思うけど……」
 薄々わかっていたことだが、五月はその言葉で深く理解できた。
 葵はどちらかというと相貌失認を体質の一種だと考えていた。なぜなら生まれつきそうなのであって、何かが傷ついたり損なわれたりして起こったものではない。常人とは違うだけだ。
 だから、そもそも治療の方法がない。
 そんなことは葵自身が誰よりも理解しているだろう。
 だがそれでも葵は普通になりたいのかもしれない。そうでなければ病気などとは言わない。
 それはある種、仲間外れを嫌う人間としての本能かもしれないし、今までの経験がそうさせているかもしれない。
 当たり前だ。
 誰だってそうしたい。もしも五月が同じ立場なら似たようなことを想うかもしれない。
 だが。
 五月は葵に顔がわからないままであってほしいと願っている。そうであれば、少なくともこの戦いの間なら。
「五月? どうしたの?」
 はっと五月は顔を上げた。ずっと黙り込んでいたことをいぶかしんだのだろう。
「皆本さん。あの、聞きたいことが……」
 目線を合わせづらかった五月は前を向きながら……それを見た。
 宙に浮かぶ金色の弓矢。
 非現実的なそれは五月より七つほど前の席にいる男性の頭の斜め前あたりに出現していた。
 五月は慌てて自分の口を押さえた。
 それを見た葵もただならぬ気配を察知し、前方に目を向けて同じものを見る。
 葵は覚悟していたためか驚きは少なかったが、それでも平静を保つよう努力が必要だった。
 そして二人に目撃されるのを待っていたかのように、金色の矢は放たれた。
 何事が起っているのか理解すらできない男性へと。
 壊れた楽器を無理矢理鳴らしたような、悲鳴なのか衝撃音なのか判断しかねる音が飛行機の中に木霊する。
 凶行の証のような、金色の矢とは対照的な、赤い色の液体が天井まで飛び散っていた。
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