うちの猫は液体です

秋葉夕雲

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第二章

第49話 機内放送

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 葵たちが乗っている飛行機の客室には仕切りがない。エコノミークラスの最後尾から、最前列までぎりぎり視界は確保できる。
 ただし、最前列のプレミアクラスにはモニターのついた壁があるのではっきりと様子を窺うことはできない。
 さらに言えば機長や副機長のコックピットはテロを警戒しているため、乗客が入ることは不可能だ。
 つまり全員を完璧に見張るのは葵と五月、さらにさつまの二人と一匹では不可能だということだ。
 よってこれからやることは取りこぼしがある可能性を考慮している。
(っていうか、これ、上手くいかなかったら怒られるどころじゃすまないわよね)
 この年になって航空会社や客室乗務員に叱られるなどという事態はとてもとても恥ずかしいが、下手をすると罰金なりなんなり取られるのはもっと痛い。
 なるべく堂々とごく普通に前に向かって歩く。目指すのは非常口……付近にあるCAシート。
 客室乗務員が座るその場所には機内アナウンスのためのマイクがある。
 だが。
(ちょうどCAさんいるじゃん!)
 これでは目的は達成できない。
 ちらりと振り返り、もう一つのCAシート近くで待機している五月に目線を送った。顔がなんとか見えるくらいの距離だったが、それで十分通じたらしい。

 五月はすたすたと歩き、心の中で自分に言い聞かせる。
(これは善の神と悪の神の戦いに必要な行為。いたずらとかそういうことではなく、あくまでもオーナーを見つけるために必要なこと)
 ちらりとマイクが目に入る。
 覚悟を決めてそのマイクのスピーカーをオンにした。

『ただいま機内にて殺人事件が発生しました! そのため、緊急着陸を行います! 直ちに手を頭の後ろに回し、前傾姿勢を取ってください!』
 五月の可憐な、しかし焦りに満ちた声が機内に響く。
 五月はすばやく首を巡らし、不審な行動をとっている乗客を探した。

「ええ!?」
 その声を聴いたのは五月ではなく、前方のCAシート付近にいた葵だった。叫んだのは前方のブロックの五列目あたりにいるスーツ姿の女性だった。
 だが驚いて周囲をきょろきょろとしている彼女に対して他の乗客は何も起こっていないかのように平然と空の旅を楽しんでいる。
 そう。彼らには何も聞こえていない。
 原則としてギフテッド同士の戦いは一般人の目には止まらないし、聞こえもしない。だからこの飛行機内で殺人事件など起こっていないことになるし、それに関してどれだけ叫んでも何も聞こえないはずである。
 ギフテッドのオーナーでなければ。
「さつま。行って」
 短く告げると茶トラの猫は閃光のように走り出した。
 ギフテッドの姿を認識できたとしても、反応することは困難だっただろう。
 スーツの女性の首元にとびかかると一瞬で液体に変化し、彼女の口と鼻を覆い、呼吸できない状態にした。
 さつまを引きはがそうと女性はもがくが、液体を掴めるはずもない。彼女は首元の真珠がつけられたネックレスをちぎりそうになり、慌てて手を放した。
 それを見て葵と五月は小走りで彼女に近づく。
 幸いなことに、彼女の周囲は空席だった。
 二人が近づいたことを認識したのか、さつまは元の猫の姿に戻り、葵の足元にすりよる。その頭を軽く撫でてから、仕事にとりかかった。
「さて。今回は上手くあぶりだせたわね。……ねえ。あなたのギフテッドはどこ?」
 スーツの女性はゲホゲホとむせながら、恐怖でひきつった顔を葵と五月に向けた。
「ギ、ギフテッド? どういう意味?」
「才能のある人、という意味ですよ。普通知っていますよ」
 五月の指摘に女性はパクパクと酸欠にあえぐように口を動かした。言い訳しようとして余計に墓穴を掘ってしまったことに気づいてしまったらしい。
「見た限りギフテッドはいないけど……隠れてるのかしら」
「かもしれませんね。持ち物検査でもしてみましょう。何か見つかるかもしれません。あと、今回のようにオーナーが危機に陥っていてもギフテッドが助けない場合、ラプラスからペナルティがあるかもしれません」
「あらそう。それじゃあ気兼ねなく調べられるわね」
 葵は上部の収納棚から女性の鞄を取り出し、一つ一つ中身をあらため始めた。
 書類らしきものや、化粧品などがあった。が、それよりも目を引いたのはこの三つ。
 象牙のハンコ。ワニ革の財布。毛皮らしきマフラー。
 明らかに他とは鞄の中で区別されていた。まるで、それがとても大切なもののように。
 あるいは……ギフトを使うための条件のように。
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