73 / 315
第一章 迷宮へと挑む
第五十五話 希う
しおりを挟む
エタは痛む体を動かし仲間たちの無事を確認したが、ミミエルでその視線は止まった。彼女は無表情で立ちすくみ、肩で息をするミミエルに誰も言葉がなかった。
しかし。
『あ……とう』
誰のものでもないとぎれとぎれの声が響く。ぎょっとしてあたりを見回すと、薄もやのような、あるいはぼろ布をまとった存在感の無い、小さな子供が、老人が、女性がいた。
『で……れでさよ……なら』
『き……また会……よ』
『元……ね』
それらは皆溶けるように空気に、地に吸い込まれていく。ばらばらに、砂のように、チリのように。
やがて、誰もいなくなり、静寂だけが満ちる。
誰もが今見た光景を信じられずにいた。
それとも迷宮が見せた幻なのだろうか。
あるいは、搾取の掟に囚われた人間の苦悶の声が現世に焼き付いたのだろうか。
もしも、仮に、あれこそが真実、この森で死んだ者たちの魂だとするのならば。
地の底におわす冥界の女主人のもとに向かうのだろうか。
数々の疑問があるが、人の身でそれらの答えをすべて知ることなどできはしないことだけはわかっていた。
(それでも。それでも……何か、言わなければいけないことがあるはずだ)
死者に哀悼の意を表し、感謝の念を伝える。
それを死者が受け取っているのかどうかはわからないが、それこそが生きているものの責務だろう。
ぽつりとエタが呟いた。
「我が神、タンムズに希う。死者に暖かな食事と寝床を」
それに続いてシャルラが祈る。
「我が神、エレシュキガルに希います。死者に冥界で安らかな暮らしを」
さらにラバサルが続く。
「我が神エンリルに希おう。死者に秩序を」
穏やかにターハが告げる。
「我が神ニンフルサグに希う。死者に慈愛を」
皆の視線がミミエルに集中する。
大粒の涙を流しながらも彼女は祈った。
「私の、神、様。イシュタル様。少しでも、あの子たちが美しい世界に、いますように、どうか、お願い、します」
後はずっと小さな嗚咽がずっと続いていた。
ふと、外から鷹の鳴き声が聞こえた。
ハマームが捕えていた鷹の鳴き声だった。彼がいなくなったことで鷹を捕える掟も消失したのだ。
自由に舞う鷹の行く先を知るものは誰もいない。
すぐに荒野の片隅に埋まるか、大空を舞い続けるのか。もう、鷹を捕えていた掟はないのだから、その末路も定まってはいないのだ。
しかし。
『あ……とう』
誰のものでもないとぎれとぎれの声が響く。ぎょっとしてあたりを見回すと、薄もやのような、あるいはぼろ布をまとった存在感の無い、小さな子供が、老人が、女性がいた。
『で……れでさよ……なら』
『き……また会……よ』
『元……ね』
それらは皆溶けるように空気に、地に吸い込まれていく。ばらばらに、砂のように、チリのように。
やがて、誰もいなくなり、静寂だけが満ちる。
誰もが今見た光景を信じられずにいた。
それとも迷宮が見せた幻なのだろうか。
あるいは、搾取の掟に囚われた人間の苦悶の声が現世に焼き付いたのだろうか。
もしも、仮に、あれこそが真実、この森で死んだ者たちの魂だとするのならば。
地の底におわす冥界の女主人のもとに向かうのだろうか。
数々の疑問があるが、人の身でそれらの答えをすべて知ることなどできはしないことだけはわかっていた。
(それでも。それでも……何か、言わなければいけないことがあるはずだ)
死者に哀悼の意を表し、感謝の念を伝える。
それを死者が受け取っているのかどうかはわからないが、それこそが生きているものの責務だろう。
ぽつりとエタが呟いた。
「我が神、タンムズに希う。死者に暖かな食事と寝床を」
それに続いてシャルラが祈る。
「我が神、エレシュキガルに希います。死者に冥界で安らかな暮らしを」
さらにラバサルが続く。
「我が神エンリルに希おう。死者に秩序を」
穏やかにターハが告げる。
「我が神ニンフルサグに希う。死者に慈愛を」
皆の視線がミミエルに集中する。
大粒の涙を流しながらも彼女は祈った。
「私の、神、様。イシュタル様。少しでも、あの子たちが美しい世界に、いますように、どうか、お願い、します」
後はずっと小さな嗚咽がずっと続いていた。
ふと、外から鷹の鳴き声が聞こえた。
ハマームが捕えていた鷹の鳴き声だった。彼がいなくなったことで鷹を捕える掟も消失したのだ。
自由に舞う鷹の行く先を知るものは誰もいない。
すぐに荒野の片隅に埋まるか、大空を舞い続けるのか。もう、鷹を捕えていた掟はないのだから、その末路も定まってはいないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
奪う人たちは放っておいて私はお菓子を焼きます
タマ マコト
ファンタジー
伯爵家の次女クラリス・フォン・ブランディエは、姉ヴィオレッタと常に比較され、「控えめでいなさい」と言われ続けて育った。やがて姉の縁談を機に、母ベアトリスの価値観の中では自分が永遠に“引き立て役”でしかないと悟ったクラリスは、父が遺した領都の家を頼りに自ら家を出る。
領都の端でひとり焼き菓子を焼き始めた彼女は、午後の光が差す小さな店『午後の窓』を開く。そこへ、紅茶の香りに異様に敏感な謎の青年が現れる。名も素性も明かさぬまま、ただ菓子の味を静かに言い当てる彼との出会いが、クラリスの新しい人生をゆっくりと動かし始める。
奪い合う世界から離れ、比較されない場所で生きると決めた少女の、静かな再出発の物語。
ベテラン精霊王、虐げられ皇子の子育てに励みます
はんね
ファンタジー
大陸で最も広大な領土と栄華を誇るアストラニア帝国。
その歴史は、初代皇帝ニコラスと精霊王バーティミアスが“疫病王ヴォラク”を討ち倒したことから始まった。ニコラスとバーティミアスは深い友情を結び、その魂を受け継ぐ皇子たちを永遠に見守り、守護する盟約を交わした。
バーティミアスは幾代もの皇帝を支え、帝国は長き繁栄を享受してきた。しかし、150年の眠りから目覚めた彼の前に現れた“次の皇帝候補”は、生まれたばかりの赤ん坊。しかもよりにもよって、十三番目の“虐げられ皇子”だった!
皮肉屋で老獪なベテラン精霊王と、世話焼きで過保護な月の精霊による、皇帝育成(?)奮闘記が、いま始まる——!
人物紹介
◼︎バーティミアス
疫病王ヴォラクを倒し初代皇帝ニコラスと建国初期からアストラニア帝国に使える精霊。牡鹿の角をもつ。初代皇帝ニコラスの魂を受け継ぐ皇子を守護する契約をしている。
◼︎ユミル
月の精霊。苦労人。バーティミアスとの勝負に負け、1000年間従属する契約を結びこき使われている。普段は使用人の姿に化けている。
◼︎アルテミス
アストラニア帝国の第13皇子。北方の辺境男爵家の娘と皇帝の息子。離宮に幽閉されている。
◼︎ウィリアム・グレイ
第3皇子直属の白鷲騎士団で問題をおこし左遷されてきた騎士。堅物で真面目な性格。代々騎士を輩出するグレイ家の次男。
◼︎アリス
平民出身の侍女。控えめで心優しいが、アルテミスのためなら大胆な行動に出る一面も持つ。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます
黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。
だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ!
捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……?
無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる