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第一章 迷宮へと挑む
第五十七話 王者の末路
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再び重い体を引きずり、ニスキツルの社務所でリムズと相対する。ことの顛末を報告するためだ。開口一番エタは頭を下げた。
「契約を全うしていただいたことに感謝します。そしてシャルラを傷つけたこと、誠に申し訳ございません」
「気にしなくていい。あれが望んでやったことだ。それに、わが社としては木材を安定供給できることになった利益は計り知れない。だが、そうだな。少し世間話をしようか」
今から世間話をするとは思えないほど重苦しい空気に満ちた部屋で、リムズは立ち上がり、エタの反対側、窓の外に視線を向けながら話した。
「ギルドという体制はもう腐敗しきっている。それはもう君も理解できるだろう?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるが、ここに至るまでさんざん実感したことだ。困窮した人間をこき使い、隙あらば誰かを陥れようとして、一部の人間だけが利権を貪る。こんな組織が健全であるはずはない。
「こうなった原因は監視体制の不備だと私は考えている」
「監視体制?」
「そうだ。誰かが、あるいは組織が犯罪などを行った場合、あるいは力量が足りない場合、それを咎める組織が必ず必要なのだ。そうだな、例えば冒険王エアンナトゥムは知っているかね?」
「はい。ウルクの王子にして稀代の冒険者ですよね」
「そうだ。では、その晩年は?」
「いえ、知りません」
その名はエドゥッパの教材に載るほど高名で、数々の武勇伝を残している。例えば第二王子であったために王位は継がず、冒険者になったという逸話である。
しかし冒険者を引退したその後は知らない。
「彼はギルドを経営し始めたが、うまくいかなかった。良い生徒が必ず良い教師になるわけではないように、優れた冒険者が経営者として一流であるとは限らない。彼のギルドは数年持たず、借金まみれになったらしい」
エタは絶句した。英雄と呼ばれた男の末路とは思えないほど悲惨だった。
「困窮した彼は冒険者として復帰することに決めたが、誰も彼を迎え入れなかった。なぜかわかるかね?」
「! まさか、等級による最低賃金の保証ですか?」
「実に素晴らしい。最低賃金の保証は悪くない制度だが、等級が上がりすぎ、しかも衰えた冒険者が敬遠される一因にもなっている。エアンナトゥム王の階級は当然一級。弱小ギルドなら彼一人の給料で財政が逼迫してしまうだろう」
「それに、昇級制度はあっても降級はない。だからもう一度雇われたければ階級をすべて返上するしかない……そういうことですか?」
「冒険王にとってそれは屈辱でしかなかったのだろう。最後には北方に行き、行方が分からない。もしもここで冒険者の力量を判断し、適職を見極める、あるいは給料を査定する制度があれば結果は変わっていたはずだ」
「それを、組織単位で行う必要があると?」
「エタリッツ君。組織が腐敗する原因の一つは役割の固定だと思っている。日があたらなければ植物は枯れ、水が滞れば濁る。それは組織にも言える。ギルドは長く君臨しすぎたのだ。神がそう望まれているから。それを理由に人々を盲目的に冒険にかり立てすぎた」
エタは初めて公然とギルドを非難する人間を見た。
最初の賢人にして、王、アトラハシスがこの国を治めはじめ、ギルドという組織を運営し始めてどれくらいの時がたったのだろうか。正確な年代は誰にもわからないが、大昔から続いているということだけは確かだ。
こんなことを考える人間はそういないだろう。
あるいは、リムズもギルドに辛酸をなめさせられた経験があるのかもしれない。
だが、エタとしてはそこまでの覚悟を決められない。正しくなくとも叛逆できるほどの気概が自分にはない。
「お言葉は理解しました。ですが僕は一介の学生にすぎません」
「そうか。ならばエドゥッパを卒業したのちに改めて伺おう。それとこれは依頼のおまけのつもりだが、君の姉の行方が判明した」
「ほ、本当ですか!?」
それこそエタがもっとも知りたかった情報だった。リムズには申し訳ないとも思ったが、彼の主義主張よりもよほど重要だった。
「ああ。ここから南のウルとの間にある迷宮、惑わしの湿原にいるらしい。とても複雑な迷宮で、長らく踏破されていない。借金を返済するために危険な迷宮に向かったのだろう。早くいってあげることを勧めよう」
少しだけほっとする。やはり姉は自分たちを見捨てるつもりなどなかったのだ。
「あ、ありがとうございます! 何から何まで……」
「十分な利益は得た。気にする必要はない」
「はい、それでも……」
「もう行きたまえ。夜馬車に乗れば朝方にはつくだろう」
「はい。失礼します」
慌ただしく退出するエタを、リムズはうっすら笑いながら見守っていた。
「契約を全うしていただいたことに感謝します。そしてシャルラを傷つけたこと、誠に申し訳ございません」
「気にしなくていい。あれが望んでやったことだ。それに、わが社としては木材を安定供給できることになった利益は計り知れない。だが、そうだな。少し世間話をしようか」
今から世間話をするとは思えないほど重苦しい空気に満ちた部屋で、リムズは立ち上がり、エタの反対側、窓の外に視線を向けながら話した。
「ギルドという体制はもう腐敗しきっている。それはもう君も理解できるだろう?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるが、ここに至るまでさんざん実感したことだ。困窮した人間をこき使い、隙あらば誰かを陥れようとして、一部の人間だけが利権を貪る。こんな組織が健全であるはずはない。
「こうなった原因は監視体制の不備だと私は考えている」
「監視体制?」
「そうだ。誰かが、あるいは組織が犯罪などを行った場合、あるいは力量が足りない場合、それを咎める組織が必ず必要なのだ。そうだな、例えば冒険王エアンナトゥムは知っているかね?」
「はい。ウルクの王子にして稀代の冒険者ですよね」
「そうだ。では、その晩年は?」
「いえ、知りません」
その名はエドゥッパの教材に載るほど高名で、数々の武勇伝を残している。例えば第二王子であったために王位は継がず、冒険者になったという逸話である。
しかし冒険者を引退したその後は知らない。
「彼はギルドを経営し始めたが、うまくいかなかった。良い生徒が必ず良い教師になるわけではないように、優れた冒険者が経営者として一流であるとは限らない。彼のギルドは数年持たず、借金まみれになったらしい」
エタは絶句した。英雄と呼ばれた男の末路とは思えないほど悲惨だった。
「困窮した彼は冒険者として復帰することに決めたが、誰も彼を迎え入れなかった。なぜかわかるかね?」
「! まさか、等級による最低賃金の保証ですか?」
「実に素晴らしい。最低賃金の保証は悪くない制度だが、等級が上がりすぎ、しかも衰えた冒険者が敬遠される一因にもなっている。エアンナトゥム王の階級は当然一級。弱小ギルドなら彼一人の給料で財政が逼迫してしまうだろう」
「それに、昇級制度はあっても降級はない。だからもう一度雇われたければ階級をすべて返上するしかない……そういうことですか?」
「冒険王にとってそれは屈辱でしかなかったのだろう。最後には北方に行き、行方が分からない。もしもここで冒険者の力量を判断し、適職を見極める、あるいは給料を査定する制度があれば結果は変わっていたはずだ」
「それを、組織単位で行う必要があると?」
「エタリッツ君。組織が腐敗する原因の一つは役割の固定だと思っている。日があたらなければ植物は枯れ、水が滞れば濁る。それは組織にも言える。ギルドは長く君臨しすぎたのだ。神がそう望まれているから。それを理由に人々を盲目的に冒険にかり立てすぎた」
エタは初めて公然とギルドを非難する人間を見た。
最初の賢人にして、王、アトラハシスがこの国を治めはじめ、ギルドという組織を運営し始めてどれくらいの時がたったのだろうか。正確な年代は誰にもわからないが、大昔から続いているということだけは確かだ。
こんなことを考える人間はそういないだろう。
あるいは、リムズもギルドに辛酸をなめさせられた経験があるのかもしれない。
だが、エタとしてはそこまでの覚悟を決められない。正しくなくとも叛逆できるほどの気概が自分にはない。
「お言葉は理解しました。ですが僕は一介の学生にすぎません」
「そうか。ならばエドゥッパを卒業したのちに改めて伺おう。それとこれは依頼のおまけのつもりだが、君の姉の行方が判明した」
「ほ、本当ですか!?」
それこそエタがもっとも知りたかった情報だった。リムズには申し訳ないとも思ったが、彼の主義主張よりもよほど重要だった。
「ああ。ここから南のウルとの間にある迷宮、惑わしの湿原にいるらしい。とても複雑な迷宮で、長らく踏破されていない。借金を返済するために危険な迷宮に向かったのだろう。早くいってあげることを勧めよう」
少しだけほっとする。やはり姉は自分たちを見捨てるつもりなどなかったのだ。
「あ、ありがとうございます! 何から何まで……」
「十分な利益は得た。気にする必要はない」
「はい、それでも……」
「もう行きたまえ。夜馬車に乗れば朝方にはつくだろう」
「はい。失礼します」
慌ただしく退出するエタを、リムズはうっすら笑いながら見守っていた。
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