95 / 315
第二章 岩山の試練
第三話 商談
しおりを挟む
ほどほどに上質そうなチュニックとカウナケスをはき、よく言えば利発そう、悪く言えばひ弱そう。
そう評されることも少なくない。
それがエタリッツ、愛称はエタと呼ばれる少年だった。
彼は粘土板の家と呼ばれる学校に通う学生だったが様々な事情で迷宮の攻略を目指す企業を創設した。
それから仲間である社員たちと共に数十日ほど企業を運営し、今のところ順調だった。
そして彼が今回酒の湧く迷宮を訪れた理由は至極単純。
商談だった。
『雨の大牛』は零細ギルドであり、当然ながら拠点とするべきものはなく、そもそも誰かが訪ねてくることなどまずない。
必然的にギルド長の自宅がギルドの本部になり、商談はそこで行われることになる。
企業から商談に来るという話を事前に聞いていたギルド長は何の用だと胡乱に思い、とりあえず話だけを聞くつもりだったが年若いエタが来たことでその不信感は呆れに変わってしまった。
「ち。ガキかよ。遊びに来たんなら帰れ」
「そうおっしゃらずに。決して悪い話ではありません。わざわざ酒を売りに行かなくても安定した金銭を入手できる機会なのですよ。あなたが探索している迷宮はもっと高く評価されるべきです」
エタの追従に気をよくしたのか、それとも単純に金儲けに興味があったのか、少し考え込んだギルド長は短く上がれ、とだけ伝えてエタを家に招きこんだ。
ギルド長の自宅は独り身の男にありがちなように土器が散乱しており、とても人を出迎える態勢が整っているとは言えなかったが、エタはそれをおくびにも出さず笑顔で自分の携帯粘土板を見せて契約内容を示した。
「この迷宮の酒を店に卸します。その店では料理に酒をよく使うそうなので単純に誰かに売るよりも安定した金額が手に入ります」
「御託はいい。いくらで売れるんだ?」
「一日でこのくらいになりますね」
じろじろと欲深い目で携帯粘土板の画面を眺めていたギルド長はうーんと納得いかなそうに唸った。
「ご不満ですか?」
「俺は苦労して迷宮から酒を持ち帰ってるんだぜ? もうちょっと値がついても良くないか?」
エタが提示した金額は一日で売れる酒の値段を上回っているのだが、おいしい話を聞いてしまったせいで欲が出てきてしまったのだ。
それを知ってか知らずかエタは困った顔をしながらも話を進める。
「ですがこれは店側とわたくしどもが話し合って決めた金額ですからこれ以上となりますと……」
「そこを何とかするのがお前さんの腕の見せどころじゃないのか?」
「それは確かにそうですね。では、こうしましょう。実際に迷宮から酒を運ぶ様子を見せていただけませんか? どれほど苦労しているかを訴えれば賃金交渉も行いやすくなるでしょう」
「え? いや、そりゃあ……」
ギルド長は思わず口ごもった。何しろ彼は長い間迷宮に入ったことすらないからだ。そのような雑事はすべてザムグたちに押し付けてきたのだ。
「もちろん迷宮の道などを他人に見せたくない気持ちはわかります。ですが何か説得する材料が必要だとはご了承ください」
「ん、まあそうだな。ちょっとここで待っていてくれ」
エタの誤解をいいことに、妙案を思いついたギルド長は外に出た。
今日の分の酒を売り終わり、へとへとになって休んでいたザムグたちのもとにいきなりギルド長が現れ、叫んだ。
「おい! ザムグ! 酒を取りに行け!」
「え!? なんですかいきなり」
「今ガキが来てる。そいつを案内して酒を取りに行ってこい」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
「お前は俺の部下だろうが! 俺の言ったことを守っていればいい!」
理由を説明せず要望だけまくしたてることが横暴だと自覚すらないまま、まくしたてるギルド長に耐えかねたのか、ザムグは珍しく反論した。
「あんたに何かを教えられたことなんかない! 上司なら上司らしくしてくれ!」
反論してくることを想像していなかったのか、一瞬ひるんだギルド長だったが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴る。
「俺のやることを見て覚えろって言っただろうが! 俺のやり方を見てただろうが! だったら俺は仕事を教えてたことになるんだよ!」
「そんな無茶苦茶なことあるかよ!」
激しい剣幕で怒鳴りあう二人を止めたのはニントルの咳だった。
「ニントル!? ごめんなうるさくして……」
「いいか! ザムグ! お前と妹が暮らしていけるのは俺が仕事を恵んでやっているおかげなんだ! わかったらさっさと行け! 俺の家に案内するべきガキがいる」
もはやしゃべっている時間さえ惜しいと言わんばかりにギルド長は去っていった。
残されたのはザムグと彼を不安そうに見守る三人だけだった。
安心させるように、微笑んで三人に振り返るザムグ。
「みんな。うるさくしてごめんな。俺はもう一度酒を取りに行ってくるよ」
「うん……お兄ちゃん気を付けてね」
「うん。わかってるよ」
別れを告げ、前を向いて歩き出したザムグはもう笑っていなかった。
そう評されることも少なくない。
それがエタリッツ、愛称はエタと呼ばれる少年だった。
彼は粘土板の家と呼ばれる学校に通う学生だったが様々な事情で迷宮の攻略を目指す企業を創設した。
それから仲間である社員たちと共に数十日ほど企業を運営し、今のところ順調だった。
そして彼が今回酒の湧く迷宮を訪れた理由は至極単純。
商談だった。
『雨の大牛』は零細ギルドであり、当然ながら拠点とするべきものはなく、そもそも誰かが訪ねてくることなどまずない。
必然的にギルド長の自宅がギルドの本部になり、商談はそこで行われることになる。
企業から商談に来るという話を事前に聞いていたギルド長は何の用だと胡乱に思い、とりあえず話だけを聞くつもりだったが年若いエタが来たことでその不信感は呆れに変わってしまった。
「ち。ガキかよ。遊びに来たんなら帰れ」
「そうおっしゃらずに。決して悪い話ではありません。わざわざ酒を売りに行かなくても安定した金銭を入手できる機会なのですよ。あなたが探索している迷宮はもっと高く評価されるべきです」
エタの追従に気をよくしたのか、それとも単純に金儲けに興味があったのか、少し考え込んだギルド長は短く上がれ、とだけ伝えてエタを家に招きこんだ。
ギルド長の自宅は独り身の男にありがちなように土器が散乱しており、とても人を出迎える態勢が整っているとは言えなかったが、エタはそれをおくびにも出さず笑顔で自分の携帯粘土板を見せて契約内容を示した。
「この迷宮の酒を店に卸します。その店では料理に酒をよく使うそうなので単純に誰かに売るよりも安定した金額が手に入ります」
「御託はいい。いくらで売れるんだ?」
「一日でこのくらいになりますね」
じろじろと欲深い目で携帯粘土板の画面を眺めていたギルド長はうーんと納得いかなそうに唸った。
「ご不満ですか?」
「俺は苦労して迷宮から酒を持ち帰ってるんだぜ? もうちょっと値がついても良くないか?」
エタが提示した金額は一日で売れる酒の値段を上回っているのだが、おいしい話を聞いてしまったせいで欲が出てきてしまったのだ。
それを知ってか知らずかエタは困った顔をしながらも話を進める。
「ですがこれは店側とわたくしどもが話し合って決めた金額ですからこれ以上となりますと……」
「そこを何とかするのがお前さんの腕の見せどころじゃないのか?」
「それは確かにそうですね。では、こうしましょう。実際に迷宮から酒を運ぶ様子を見せていただけませんか? どれほど苦労しているかを訴えれば賃金交渉も行いやすくなるでしょう」
「え? いや、そりゃあ……」
ギルド長は思わず口ごもった。何しろ彼は長い間迷宮に入ったことすらないからだ。そのような雑事はすべてザムグたちに押し付けてきたのだ。
「もちろん迷宮の道などを他人に見せたくない気持ちはわかります。ですが何か説得する材料が必要だとはご了承ください」
「ん、まあそうだな。ちょっとここで待っていてくれ」
エタの誤解をいいことに、妙案を思いついたギルド長は外に出た。
今日の分の酒を売り終わり、へとへとになって休んでいたザムグたちのもとにいきなりギルド長が現れ、叫んだ。
「おい! ザムグ! 酒を取りに行け!」
「え!? なんですかいきなり」
「今ガキが来てる。そいつを案内して酒を取りに行ってこい」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
「お前は俺の部下だろうが! 俺の言ったことを守っていればいい!」
理由を説明せず要望だけまくしたてることが横暴だと自覚すらないまま、まくしたてるギルド長に耐えかねたのか、ザムグは珍しく反論した。
「あんたに何かを教えられたことなんかない! 上司なら上司らしくしてくれ!」
反論してくることを想像していなかったのか、一瞬ひるんだギルド長だったが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴る。
「俺のやることを見て覚えろって言っただろうが! 俺のやり方を見てただろうが! だったら俺は仕事を教えてたことになるんだよ!」
「そんな無茶苦茶なことあるかよ!」
激しい剣幕で怒鳴りあう二人を止めたのはニントルの咳だった。
「ニントル!? ごめんなうるさくして……」
「いいか! ザムグ! お前と妹が暮らしていけるのは俺が仕事を恵んでやっているおかげなんだ! わかったらさっさと行け! 俺の家に案内するべきガキがいる」
もはやしゃべっている時間さえ惜しいと言わんばかりにギルド長は去っていった。
残されたのはザムグと彼を不安そうに見守る三人だけだった。
安心させるように、微笑んで三人に振り返るザムグ。
「みんな。うるさくしてごめんな。俺はもう一度酒を取りに行ってくるよ」
「うん……お兄ちゃん気を付けてね」
「うん。わかってるよ」
別れを告げ、前を向いて歩き出したザムグはもう笑っていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる