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第二章 岩山の試練
第十九話 十字の教祖
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困惑するエタとミミエル。
「君たち……どうしてこんなところに?」
せめて会話のきっかけになればと発した言葉だったが、むしろ火に油を注ぐことになった。
ミミエルのナイフに怯えていた二人の少年少女は怒りを漲らせ、エタとミミエルに射殺すような視線を向けた。
「お前ら! お前らもウルクの奴らだろ!」
「そうだけど……石を投げたのは君たち? どうしてそんなことを?」
「ウルクの人たちは私たちのお姉ちゃんにひどいことするもん!」
「えっと……お姉ちゃんって誰……?」
少年と少女が興奮しているせいもあってまともに会話が成立していない。どうにか宥めたいところだがエタが何を言っても怒るだけだろう。
助けを求めるようにミミエルを見ると、彼女は真っ青になっていた。
ミミエルの様子も気になるが、二人もまだエタたちを睨みつけている。どうしようもなく時間だけが過ぎていく。
「二人とも! 何をしているの!」
嫌な沈黙を破ったのは横合いから発せられた女性の声だった。稜線の向こうからやってきた彼女は胸元に白が覗く黒い服と黒いベールを被り、胸に十字のペンダントをぶら下げている。
(十字の神印? あんな神印はあったっけ? いや、あれがトラゾスの神印なのか?)
エタの目から見ても美人なのは間違いなく、都市国家群の人間としては珍しく、金色の髪をしていた。
(はるか北方に金色の髪を持つ民族がいると聞いたことがあるけれど……)
ふと、トラゾスはもともと奴隷や囚人だった人で構成されていると聞いたのを思い出した。彼女もそういう人なのだろうか。
思考を巡らせるエタに対して二人の子供は感情的な叫びをあげた。
「お姉ちゃん!」
「来ちゃダメ!」
金髪の女性をかばうように立ち、エタとミミエルを睨みつける。これまでの言動からエタはおおよそ事態を把握しつつあった。
そして金髪の女性はすべてを察していたようだった。
「二人とも。この方々は我々に危害を加えに来たわけではありません。そうですよね?」
「もちろんです。我々はあなた方に対してやましいところはありません」
エタは状況を頭の中で整理した。
まずこの子供たちはエタとミミエルを自分たち、とくに目の前の女性……おそらくトラゾスの教祖を抗議や逮捕しに来たウルク市民だと思ったのだろう。
だからエタたちを追い出そうとした。どうやら彼女は相当慕われているらしい。
「ほら、二人とも。もう村に戻りなさい」
「でも!」
「でもじゃありません。みんな心配していますよ」
不承不承頷いた二人の少年少女はときおりこちらを振り返りながらどこかに向かっていった。
「失礼いたしました。わたくしはトラゾスの教祖、リリーと申します」
(……やっぱり)
「僕はエタリッツと申します。こちらはミミエル」
いまだに沈黙したままのミミエルは軽くうなずいただけだった。
「先ほどの二人が申し訳ありません。村の皆は少し気が立っておりまして……」
「何かありましたか?」
「ええ。ウルクから来た冒険者の方々に……その、少々乱暴な方々がいらっしゃいまして……」
リリーは目を伏し、申し訳なさそうな、こちらの罪悪感を掻き立てる表情だった。
「それは……我々の同胞が申し訳ないことをしました」
「いえ、お気になさらずにウルクの皆様がそのような人ばかりでないことはわかっております」
そこで今までしゃべらなかったミミエルがようやく口を開いた。
「さっきの子供たちは……?」
「あの子たちですか? わたくしどもが育てている孤児です」
「孤児を引き取ってるの……?」
「ええ。すべては神の教えのままに」
腕を組み、祈りを捧げるリリーは一枚の壁画のように見えるほど美しかった。
結局何も収穫なくそのまま冒険者ギルドが設営した野営地まで戻ることになったエタとミミエルは無言で山道を歩いていたが、エタがミミエルに質問した。
「ミミエル。もしかしてあの子供たちに攻撃しちゃったことを気にしてる?」
「は、はあ!? あんなの石を投げてくる方が悪いでしょ!」
これはかなり気にしているな、と察するがそれを指摘しても意固地になるだけだろう。
「それじゃあ、トラゾスについてはどう思った?」
「どうって……孤児を養うのは立派じゃない?」
その意見は賛成する。
弱者を救うことは決して悪ではない。
だが。
「そうだね。でも、あのリリーって人は嘘をついてた」
「嘘?」
「うん。数日前ここをギルドの関係者が訪れたのは事実だよ。交渉するつもりだったらしい。でもその人は何もせずに追い返された。それも軽く怪我をして」
ミミエルの瞳が大きく開かれる。普段なら獰猛な印象を受けるオオカミの瞳は揺れ動いていた。
「どういうこと?」
「わからない。でも、この仕事、簡単には終わりそうにないと思う」
天気は快晴。
しかしなぜか空に雲を探してしまっていた。
目に見えない不安より目に見える凶兆のほうが対策しやすい、そう思っていたのかもしれない。
「君たち……どうしてこんなところに?」
せめて会話のきっかけになればと発した言葉だったが、むしろ火に油を注ぐことになった。
ミミエルのナイフに怯えていた二人の少年少女は怒りを漲らせ、エタとミミエルに射殺すような視線を向けた。
「お前ら! お前らもウルクの奴らだろ!」
「そうだけど……石を投げたのは君たち? どうしてそんなことを?」
「ウルクの人たちは私たちのお姉ちゃんにひどいことするもん!」
「えっと……お姉ちゃんって誰……?」
少年と少女が興奮しているせいもあってまともに会話が成立していない。どうにか宥めたいところだがエタが何を言っても怒るだけだろう。
助けを求めるようにミミエルを見ると、彼女は真っ青になっていた。
ミミエルの様子も気になるが、二人もまだエタたちを睨みつけている。どうしようもなく時間だけが過ぎていく。
「二人とも! 何をしているの!」
嫌な沈黙を破ったのは横合いから発せられた女性の声だった。稜線の向こうからやってきた彼女は胸元に白が覗く黒い服と黒いベールを被り、胸に十字のペンダントをぶら下げている。
(十字の神印? あんな神印はあったっけ? いや、あれがトラゾスの神印なのか?)
エタの目から見ても美人なのは間違いなく、都市国家群の人間としては珍しく、金色の髪をしていた。
(はるか北方に金色の髪を持つ民族がいると聞いたことがあるけれど……)
ふと、トラゾスはもともと奴隷や囚人だった人で構成されていると聞いたのを思い出した。彼女もそういう人なのだろうか。
思考を巡らせるエタに対して二人の子供は感情的な叫びをあげた。
「お姉ちゃん!」
「来ちゃダメ!」
金髪の女性をかばうように立ち、エタとミミエルを睨みつける。これまでの言動からエタはおおよそ事態を把握しつつあった。
そして金髪の女性はすべてを察していたようだった。
「二人とも。この方々は我々に危害を加えに来たわけではありません。そうですよね?」
「もちろんです。我々はあなた方に対してやましいところはありません」
エタは状況を頭の中で整理した。
まずこの子供たちはエタとミミエルを自分たち、とくに目の前の女性……おそらくトラゾスの教祖を抗議や逮捕しに来たウルク市民だと思ったのだろう。
だからエタたちを追い出そうとした。どうやら彼女は相当慕われているらしい。
「ほら、二人とも。もう村に戻りなさい」
「でも!」
「でもじゃありません。みんな心配していますよ」
不承不承頷いた二人の少年少女はときおりこちらを振り返りながらどこかに向かっていった。
「失礼いたしました。わたくしはトラゾスの教祖、リリーと申します」
(……やっぱり)
「僕はエタリッツと申します。こちらはミミエル」
いまだに沈黙したままのミミエルは軽くうなずいただけだった。
「先ほどの二人が申し訳ありません。村の皆は少し気が立っておりまして……」
「何かありましたか?」
「ええ。ウルクから来た冒険者の方々に……その、少々乱暴な方々がいらっしゃいまして……」
リリーは目を伏し、申し訳なさそうな、こちらの罪悪感を掻き立てる表情だった。
「それは……我々の同胞が申し訳ないことをしました」
「いえ、お気になさらずにウルクの皆様がそのような人ばかりでないことはわかっております」
そこで今までしゃべらなかったミミエルがようやく口を開いた。
「さっきの子供たちは……?」
「あの子たちですか? わたくしどもが育てている孤児です」
「孤児を引き取ってるの……?」
「ええ。すべては神の教えのままに」
腕を組み、祈りを捧げるリリーは一枚の壁画のように見えるほど美しかった。
結局何も収穫なくそのまま冒険者ギルドが設営した野営地まで戻ることになったエタとミミエルは無言で山道を歩いていたが、エタがミミエルに質問した。
「ミミエル。もしかしてあの子供たちに攻撃しちゃったことを気にしてる?」
「は、はあ!? あんなの石を投げてくる方が悪いでしょ!」
これはかなり気にしているな、と察するがそれを指摘しても意固地になるだけだろう。
「それじゃあ、トラゾスについてはどう思った?」
「どうって……孤児を養うのは立派じゃない?」
その意見は賛成する。
弱者を救うことは決して悪ではない。
だが。
「そうだね。でも、あのリリーって人は嘘をついてた」
「嘘?」
「うん。数日前ここをギルドの関係者が訪れたのは事実だよ。交渉するつもりだったらしい。でもその人は何もせずに追い返された。それも軽く怪我をして」
ミミエルの瞳が大きく開かれる。普段なら獰猛な印象を受けるオオカミの瞳は揺れ動いていた。
「どういうこと?」
「わからない。でも、この仕事、簡単には終わりそうにないと思う」
天気は快晴。
しかしなぜか空に雲を探してしまっていた。
目に見えない不安より目に見える凶兆のほうが対策しやすい、そう思っていたのかもしれない。
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