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episode4
塁④-1
しおりを挟む◆ 塁 ④-1 ◆
約一ヶ月間のキャンプが中ほどを過ぎる頃には、朝陽にメールや電話をすることを諦めた。あの記事が原因で別れを切り出されたことはわかっている。事務所からなにか言われたのか、あるいはファンの人のことを思って決めたことなのか。
そういうことも含めて一緒に悩みたかった。朝陽ひとりにつらい思いをさせたくなかった。ふたりで相談したかった。そんな思いを抱えて塁は守備につきバッターボックスに立つ。三月下旬には公式戦が始まり、いつもの生活が戻ってきた。
先輩から誘われる飲み会には変わらず行っているけれど、朝陽と別れたからといって女の子と関係を持つつもりはなかった。
つらいから朝陽が出ている番組は見ていない。きっと朝陽は笑っている。プロ魂で。でもきっと無理をしている。「塁さん、好き」と甘えてくる朝陽が今でも隣にいるような気がする。けれど朝陽のにおいはとっくに部屋から消えていた。
「塁、飲みに行こうぜ」
いつものように先輩に誘われ、いつもの店へ向かう。桜も散って春から初夏になろうとしている夜。寒い冬の夜に朝陽とふたりで毛布にくるまった時のぬくもりが忘れられない。
飲んでいる途中で席を立ち洗面所へ向かった。廊下の角を曲がり突き当たりまで歩く。このエリアには特別室が三部屋あり、ひとつには塁たちがいる。残りの二部屋に人がいるかはわからないが、いたとしても芸能関係の人だとかVIP客だ。
洗面所の前に男がひとり立っていた。マスクをしていて、眼鏡と前髪で目元は見えない。壁に寄りかかる姿で、一般人でないことはすぐにわかる。スタイルが良く、きっと芸能人だ。
軽く頭を下げ前を通り過ぎようとしたら「小日向選手ですよね」と声をかけられた。男は眼鏡とマスクを外した。
――え、偶然居合わせたのか?
「朝陽と同じ事務所の碓氷倭といいます。ヴァン・ブラン・カシスというアイドルグループの一員です」
朝陽の先輩、倭だった。丁寧に自己紹介をされて、「日本中が知ってますけどね」とムカッとする。むかついたのは、きっと朝陽が好きだった相手だからだ。
「少しよろしいですか」
倭はそう言うと洗面所の扉を開け塁を中へ引っ張り込む。そしてパタンとドアを閉め鍵までかけた。
「こういう場所にいるのを見られたくないので申し訳ありません」
「え、じゃあ俺に会いに?」
「はい。今はネットになんでも載ってしまうので、調べればみなさんがよく使われる店はわかりました」
ああ、ネットを見ているのか。前に朝陽が言っていた「ネット閲覧OK組」だ。このきれいな顔立ちからは結びつかないが精神がすごく強いのだろう。
「えっと、倭くんがどうして俺に?」
言ってから、しまったと気付く。見た目が少年のようだからついタメ口で話してしまったが、塁より年上のはずだ。けれど、まあいいかと思う。どうにでもなれ、と。
「朝陽のことが好きですか?」
洗面所はそこそこ広い空間だけれど、よく通る倭の声がしっかりと響く。
「どうしてきみにそんなことを訊かれなければいけないんだ」
「朝陽の元気がないからです」
「えっ」
「仕事はちゃんとやっています。でもそれ以外は抜け殻です」
どんな状態なのかと想像して胸が痛む。
「僕があなたの代わりになれたらいいんですけど」
――それは……。
「朝陽く……、朝陽は渡さない」
「あんな写真を撮られてあんな記事を書かれる人が朝陽を守れるとは思えません」
そうだ、自分が悪いのだ。人気アイドルを張り込む記者の執念を理解できていなかった。そのことを塁はずっと悔やんでいる。
「僕たちはファンの人に嫌な思いをさせてはいけないんです」
ああ、この男だったのか。小六で事務所に入った朝陽をあそこまで成長させたのは。その十年あまりを考えると敵わないなと思えてくる。
「朝陽を渡さないと言いましたが、具体的にどうしようと考えているのですか。朝陽が元気になるならとここまで来ましたが、こんなところで合コンしている人になにもできませんよね」
それは上下関係が厳しい世界だから。朝陽もそう言ってくれて。朝陽も倭に呼び出されたら行くと言って。倭に……、か。あの時、他の先輩ではなく倭の名前を出した。朝陽にとって倭は道標で、憧れで、目標で。
「朝陽があなたのどこに惹かれたのか理解できない」
そう言うと倭はマスクと眼鏡で顔を隠し、コートのポケットから出した帽子を深くかぶって出ていった。
朝陽を倭にとられても仕方ないかもしれないと塁は思った。本当はもうこのまま帰りたかったが、「先輩の誘いを断るとか、ふざけんなって怒るよ」という朝陽の言葉が頭の中に聞こえてきて、ちゃんと戻ることにした。
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