【完結】蘭姫と薬花の国

神谷さや

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峡谷の民と薬花師たち

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 岩山の麓の集落から馬とラクダで二日半。族長の集落に辿り着くと、カトレアは馬の歩みを止め初めて目にする光景に見入った。

 峡谷の間に築かれた集落は、住居のほとんどが谷の中に造られたものだった。断面からせり出した露台には洗濯物が干され、谷を削って設けた階段や幅の狭い道を住民が行き来している。谷底を流れる河川には対岸へ移動する手段なのか、数隻の小舟が接岸していた。

「こんな所に集落を築くなんて……不便は感じないのかしら」

 レイと並び、崖の上から集落を眺めるカトレアの隣にラクダを歩ませ、サフランは得意げに鼻を鳴らした。

「ラランジャの民は陽の光に育まれ、峡谷の息吹に包まれ眠る。王宮育ちのあんたには到底理解出来ないだろうね」

 棘を含んだ言い方が気に食わず反発しようとすると、サフランの部下のラクダに乗せられたジャックが口をはさんだ。

「サフラン。そうつっかかるな」

 やんわりとなだめられたサフランは露骨に口を尖らせ、ジャックをひと睨みした。

「何さ。なんでジャックが、蘭姫の肩を持つんだよ」

 サフランには構わず、ジャックは広幅の下り坂に向け顎をしゃくった。

「早く安静に出来る所へ案内しろ。ラクダに揺られていても、傷が痛む」

 サフランはそれ以上何も言わず、先頭になり坂を下っていった。カトレアも馬を横付けし、ジャックを気遣う。サフランの元で世話になってからろくに話せずにいたのだ。

「ジャック、まだ傷が痛むのね……。だけど、おまえやレイのお陰で、やっとここまで来れた。ありがとう」

 精一杯の笑顔を向ける。ジャックは目をしばたたかせ、口の端をつり上げると、何も言わずサフランの後について行った。心なしか、以前より目元が柔らかくなった気がした。

 カトレアをラランジャへは連れていけないと、一度は断ったジャック。結果的には、彼はカトレアの願いを聞き届けてくれた。目指すものを心の中で理解してくれていた。感謝の念と共に、新たな想いが湧き上がる。

 しかしサフランと親しげに言葉を交わす横顔を眺めていると、温かな想いがすぐに吹き消され、心が冷えてしまう。

「カトレア様、私たちも参りましょう。ここは英雄ウィルゆかりの地、みだりに貴女を追い払うような真似はしないはずです」

 レイに微笑みかけられ、カトレアもうなずき返す。

 ようやく、ここまで来たのだ。これからがカトレアの戦いとなる。

 乾いた峡谷を燦々と照らす太陽は、王宮にいた頃よりもずっと間近に感じた。
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