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ロケット
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言葉一つ出ない三人に代わり、アルベール王が重い口を開いた。
「このロケットは、今は亡きセルレア妃と、身分は違えどその親友であった奥方が、それぞれの子供に贈った品。将来のコルデホーザを担う子たちを加護するための品だった」
ところが、その内一つを譲り受けた子はその身もろとも、転落事故により命を落とした。
「コルデホーザではそう記録されておろう。しかし、それはコルデホーザの現騎士団長、ローランドの隠蔽工作であった」
目を剥いたままのレイが、唇を震わせた。
「代々、我らコールソン家は、長子が騎士団長となる決まり。いくら叔父上が前騎士団長だった父の実弟でも、本来跡を継ぐのは事故死した私の兄のはずでした」
カトレアは茫然と、ジャックを見つめる。正確には、アルベール王に本当の名を捧げ、ジャックという名を与えられた男を。彼は暗い瞳で、床に目を落としたまま語った。
「そうだ。ローランドは騎士団長の座が欲しいがために、俺が峡谷の集落でエリゼオ様に保護されたと知っても、取り合おうとしなかった。どのみち親父は死んでいた。あの王宮に帰っても、立場を悪くした身分の低いお袋と、ろくに自分の思いも伝えられない幼い弟がいるだけだ。帰ろうにも、帰れなかった。そうだろ? レイ」
視線がかち合い、ジャックは疲れ切った笑みを見せた。レイは両手で頭を抱え、細い金の髪をかきむしる。
「貴様は……最初から私が弟だと知って、あのように振る舞っていたのか」
「そうだ。だがお袋も死に、一人遺されたお前の境遇を思うと、兄としての俺は死んだままの方がいいと思ったんだ」
カトレアは身を強張らせるレイの肩に手を添え、必死に言葉を連ねる。
「ジャックがレイの兄であるならば、尚のこと彼を解放したいのです。ローランドの許し難い行いを白日の下に晒し、彼をコールソン家の長子として、コルデホーザに迎えるべきです」
カトレアの懇願を受け、アルベール王はジャックに矛先を向ける。
「お前はどうだ? 儂がお前の名とこのロケットを握っている以上、容易に解き放つことは出来ぬが、儂のもとに残るという意思表示はすぐに受け入れよう」
ジャックは頭を抱えたままのレイとカトレアを交互に見て、深いため息を漏らした。
「……少し、お時間をいただけますか」
アルベール王がうなずくと、ジャックは扉に向かい、カトレアを一瞥した。
「陛下。王女と話があるのですが」
「良かろう。積もる話もあるだろう、一緒に行くが良い。それと、カトレア王女よ」
向けられた眼差しが、挑発的に底光りする。
「この男を取り戻したくば、そなた自身が武勲を立てよ」
それは亡命した王女ではなく、祖国を乗っ取られようとしている君主への条件提示だった。老獪な国王に射すくめられ、カトレアは喉を鳴らした。
ひとまず席を立つと、不安げに顔を上げたレイに声をかける。
「あなたは、もうしばらく陛下の話を聞いた方がいいわ。大丈夫、すぐ戻るから」
心細げなレイを残し、カトレアはジャックの後をついて彼の自室へと向かった。
(わたしには、わたしの戦い方がある。だけど、自分の国の民を殺してまで得る武勲で、取り戻せるというの?)
「このロケットは、今は亡きセルレア妃と、身分は違えどその親友であった奥方が、それぞれの子供に贈った品。将来のコルデホーザを担う子たちを加護するための品だった」
ところが、その内一つを譲り受けた子はその身もろとも、転落事故により命を落とした。
「コルデホーザではそう記録されておろう。しかし、それはコルデホーザの現騎士団長、ローランドの隠蔽工作であった」
目を剥いたままのレイが、唇を震わせた。
「代々、我らコールソン家は、長子が騎士団長となる決まり。いくら叔父上が前騎士団長だった父の実弟でも、本来跡を継ぐのは事故死した私の兄のはずでした」
カトレアは茫然と、ジャックを見つめる。正確には、アルベール王に本当の名を捧げ、ジャックという名を与えられた男を。彼は暗い瞳で、床に目を落としたまま語った。
「そうだ。ローランドは騎士団長の座が欲しいがために、俺が峡谷の集落でエリゼオ様に保護されたと知っても、取り合おうとしなかった。どのみち親父は死んでいた。あの王宮に帰っても、立場を悪くした身分の低いお袋と、ろくに自分の思いも伝えられない幼い弟がいるだけだ。帰ろうにも、帰れなかった。そうだろ? レイ」
視線がかち合い、ジャックは疲れ切った笑みを見せた。レイは両手で頭を抱え、細い金の髪をかきむしる。
「貴様は……最初から私が弟だと知って、あのように振る舞っていたのか」
「そうだ。だがお袋も死に、一人遺されたお前の境遇を思うと、兄としての俺は死んだままの方がいいと思ったんだ」
カトレアは身を強張らせるレイの肩に手を添え、必死に言葉を連ねる。
「ジャックがレイの兄であるならば、尚のこと彼を解放したいのです。ローランドの許し難い行いを白日の下に晒し、彼をコールソン家の長子として、コルデホーザに迎えるべきです」
カトレアの懇願を受け、アルベール王はジャックに矛先を向ける。
「お前はどうだ? 儂がお前の名とこのロケットを握っている以上、容易に解き放つことは出来ぬが、儂のもとに残るという意思表示はすぐに受け入れよう」
ジャックは頭を抱えたままのレイとカトレアを交互に見て、深いため息を漏らした。
「……少し、お時間をいただけますか」
アルベール王がうなずくと、ジャックは扉に向かい、カトレアを一瞥した。
「陛下。王女と話があるのですが」
「良かろう。積もる話もあるだろう、一緒に行くが良い。それと、カトレア王女よ」
向けられた眼差しが、挑発的に底光りする。
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それは亡命した王女ではなく、祖国を乗っ取られようとしている君主への条件提示だった。老獪な国王に射すくめられ、カトレアは喉を鳴らした。
ひとまず席を立つと、不安げに顔を上げたレイに声をかける。
「あなたは、もうしばらく陛下の話を聞いた方がいいわ。大丈夫、すぐ戻るから」
心細げなレイを残し、カトレアはジャックの後をついて彼の自室へと向かった。
(わたしには、わたしの戦い方がある。だけど、自分の国の民を殺してまで得る武勲で、取り戻せるというの?)
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