【完結】蘭姫と薬花の国

神谷さや

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初陣

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 イーデン率いるコルデホーザ軍との戦を控え、ヴェルダの王城では連日軍事会議が行われた。カトレアはレイと共に会議に参加し、敵軍の兵力や戦法にどう対抗するか論議を交わした。

 イーデンの補佐を勤めていたレイは、積極的に情報を提供した。

「イーデンは、今度の戦で決着をつけるつもりです。南北両側から攻め込み、特にこの王城が近い北西部に兵力を費やすでしょう。王城の陥落、さらには陛下とカトレア様の命を狙うはずです。北軍の指揮は、おそらく……騎士団長のローランドです」

 長机を囲む一同は、中央に置かれている大陸の地図に注目する。レイは地図上に指を滑らせた。

「対し、南軍は公爵たちが指揮を取るでしょう。ラランジャと、ヴェルダ南部の制圧が目的ですが、こちらにはさほど兵力を裂かないはずです」
「となると、こちらも北西部へ主力部隊を向かわせねば……。ラランジャの方からは返答があったのか?」

 アルベール王が臣下の一人に確認を取ると、ラランジャからも援軍を送るとの返事が既にあったらしい。他の臣下が頭を抱えた。

「しかし、我が国とラランジャの援軍を合わせても、兵力はコルデホーザの方が一・五倍勝っております。イーデンは北の大国とも繋がりがある、そちらからの増援もあり得ます」

 皆揃って頭を悩ませていた時だった。会議室の扉が開き、カトレアに来客があるとの伝言があった。待ちかねていた報せに、カトレアは中座し応接間へと向かった。

 応接間には旅装のサフランと、薬花師のクライドの顔があった。サフランが目で合図すると、クライドは一抱えの荷袋を目の前まで運び、口を開けた。

 中身は、乾燥させた大量の薬花だった。同一のものが他に五袋ほど置かれている。

 ラランジャの栽培場で育てられているという、麻痺症状を起こす薬花の話を思い出したカトレアは、すぐさまサフラン宛に伝書を送った。意図を知ったサフランは迅速な対応をしてくれた。クライドが同行してきたのは薬花の説明のためだろうか。

「これを一晩くらい煮沸させると、半固形の液体になる。それを人体に注入すると、一時的に強い麻痺効果を及ぼす毒薬になる。とはいえ前にも言った通り、致死量には至らない」

 手短に説明すると、サフランは袋の中身を見つめたままのカトレアに歩み寄った。

「伝書を読んだ時は驚いたよ。薬花は人を救うためのものだって頑なに信じていたあんたが、戦の道具として使いたいだなんてさ」

 以前のような刺々しさが薄れていた。クライドもしゃがみ込み、袋の中身を一掴みする。

「我々が毒性のある品種の栽培をあえて続けていたのは、いずれこういった形で薬花が必要とされるのを望んでいたからかもしれません。蘭姫様、貴女が期せずして提案したことに、皆驚嘆しておりました」

 栽培場に生きる、かつてのコルデホーザの民の顔が次々とよぎる。あの時彼らの目に映っていたカトレアは、さぞかし頼りない、子供じみた王女だっただろう。

「我々は貴女に不満ばかりをぶつけました。しかし、セルレア妃の事故死を無下にするまいと、亡命してからもあの地で真相の解明は行っておりました」

 予期せぬ告白に、カトレアはクライドを凝視する。

「コウジアの花茎に宿る汁は、湿潤な気候かつ、長期間に渡る日照時間により薬効を得るのです。それが、セルレア妃が研究を行っていた期間は天候に恵まれず、それでも尽力したのでしょうが、わずかな生育の違いであのような結果となったのです」

 無念そうにクライドはうなだれた。

 ほんのわずかな差異により、全てが狂ってしまった。しかし過ぎてしまったことを悔やむ暇はもうない。カトレアはつとめて明るく声をかけた。

「真実を教えてくれてありがとう。そのために、わざわざ来てくれたのね?」

 はっとして、クライドはカトレアを見つめると、退き頭を垂れた。様子を見守っていたサフランが勢いをつけて立ち上がった。

「カトレア。コウジアの種を分けてもらう見通しはついているのか?」
「いいえ。そのためにはイーデンの軍勢に勝ち、わたしがコルデホーザに戻らねばならない。全てはそれからよ」

 サフランはそうだな、とうなずき、腕組みをして薬花の詰まった袋に目をやった。

「毒をもって毒を制す。それがひいては、『薬花は人を救うためのもの』になる。あたしたちも、北の大国から来た奴なんかに故郷を支配されるなんてごめんだからね」

 歯に衣着せぬ物言いは相変わらずだが、向けられた強気な笑みは、共に戦おうとするサフランの強い意志がにじみ出ていた。

 カトレアも深くうなずき返し、まだ伝えていないことを打ち明けた。

「この戦で、わたし自身が武勲を立てられたら、ジャックを解放してもらうと約束しているの」

 サフランは目の色を変えるかと思いきや、不敵な笑顔を浮かべた。

「そんなことお見通しだよ。だけど甘いね。この薬花を提供した以上、あたしにも同様の権利がある。ここに居座って、毒薬への加工をみっちり指導してやるよ」

 途端に強張ったカトレアの表情を見て、サフランは天井を仰ぎ大笑いした。クライドがしきりに目を瞬かせている。

「嘘だよ。あたしは族長として、義勇軍を率いることになってるんだ。指導はクライドに任せてあるから、頼んだよ」
「でも……あなたは」

 言い淀むと、サフランは挑戦的な瞳で告げた。

「あいつを故郷に連れ帰るくらいで、自分のものになると思うなよ。あたしはただ、イーデンの治める均された世界より、あんたが必死こいて耕していくコルデホーザの方が見てみたいだけ」

 手厳しい女族長は、最初に出会った時よりもずっと、カトレアを真っ直ぐ見てくれた。
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