七瀬と秋臣

青江 いるか

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約束

出会い

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  では、いつか、そなたを迎えにゆこう。
  そうすれば、そなたは母とともに、ずっと暮らせる。


 世界が一つではないことを、物心つく前から、七瀬は知っていた。
 そして、自分が見ている二重の世界は、多くの人々の目には映っていないことも。
 数ある世界の中でも、七瀬が触れることができるのは、視えることができるのは、彼が生まれたこの世界と、もう一つ、俗にいう、神・妖・妖怪・化け物・精霊……そのようなものが棲む世界だ。
 七瀬のその体質は、遺伝である。七瀬の家は代々神職を務め、この地と重なる別世界に棲む神――それは蛇に似ていた――を祀ってきた。
 それから、七瀬の一族は大体、結界を張ることができる。その結界は、時々混じり合ってしまう二つの世界を区切ることができる。その力を使って、別世界の妖の類をこの世界に入れないようにすることもある。
 ただ、結界の効果がある範囲は限られ、長い間保つことは難しい。神社内は別世界の〝神〟の力も借りて、別世界からは神の許した妖――大抵はその神の眷属――以外は入れない結界を張っている。おそらく、大抵の神域でもそのようなものだろう。
 七瀬の父は神主であった。母は父の遠縁にあたるらしく、彼女も七瀬たちと同じく、二重の世界を見ていたようだ。断定ではないのは、彼女は七瀬を生んですぐ亡くなったので、「そういう人だった」という人づての話でしか、七瀬は知らなかった。
 神崎家が代々祀ってきた蛇神に、七瀬が対面したことはない。少なくとも、彼の記憶の範囲では。
 しかし、時折、何か大きな力を持つものに見られているという感覚はある。また、蛇神の眷属とは幼いころから顔見知りである。
 ただ、七瀬は自分の体質を、異質ではあるが特異ではないと知っていた。
 世界は無数にある。七瀬の知る世界は、彼が生まれた世界――便宜上、〝現実〟と呼んでいるが――と、妖が棲む世界の二つだけ。しかし、それとは別の世界に触れ、それを視ることができる人もいる。大抵は七瀬のように、現実ともう一つ別の世界、という二重の世界だが、稀に、それ以上の世界に接することができる人もいると聞く。七瀬はまだ、噂では聞いたことがあっても、そういう特異な人に会ったことはなかった。
 七瀬のような体質の人間は、数は少ないながらも昔から一定数いる。ならば、そのような人々――彼らは自分たちをただ単に〝能力者〟と呼んでいた――が仲間たちで集まり、グループができるのも自然な流れだ。
 その集団は強固なものでも、具体的な組織でもないが、緩く横のつながりができていた。昔は規模が小さかったが、国際化とともに、国を超えてつながってもいるらしい。
 しかし、つながりは広くなっても、〝能力者〟の全体数は昔より少なくなっているという話だった。特に、七瀬のような人間――昔から伝えられてきた妖の類の世界を視る人間は。一方、今までは聞いたことのなかったような世界を視ることができる人間も新たに生まれているらしい。
 七瀬はその辺の事情は知らなかった。〝能力者〟のグループに彼の父親は参加しているので、父はその辺の話をよく知っているのかもしれないが、七瀬自身はまだそのグループに名を連ねていなかったし、会合にも出席したことはなかった。
 しかし、その会合のメンバーを全く知らないわけではない。そこで交わされる噂――会合の主な目的は、情報交換である――が耳に入らないわけでもない。妖たちはお喋りなものも多いので、七瀬が訪ねなくても、そういう噂は耳に入ってくるし、そこからさまざまに類推もできるというものである。
 だから――高校に入って初めてのクラスで、後ろの席になった久世秋臣が、この辺りで未だに力を持つ地主の家の息子であり、自分と同じく〝能力者〟で、しかも、現実を除いて二つ以上の世界とつながることができる人間だということにすぐさま気づいた。
 そしてそれは、相手も同じだったようだ。
 七瀬が帰り道、久世秋臣を見かけて声をかけた時、彼は真っ先に「〝能力者〟の神崎七瀬か」といったからだ。
 「先に言っておくが、能力関係では力にはなれない。久世の家にしても、俺は三男だから力もない」
 その言葉は淡々と事実を述べている調子で、何の感情も読み取れない。残念そうにも見えなかった。何度も言い慣れている言葉なのだろう、と七瀬は思った。そしてその様子に、似ているものを感じ、好感を抱いた。
 「そうだよ。久世秋臣君。でも、俺が話しかけたのは、能力や久世家には関係ない。ただ君と話してみたかっただけだよ」
 ふうん、と、あまり七瀬の言葉を信じていなそうな表情で、久世秋臣は言った。
 「でも、俺の素性は知ってるだろ」
 もちろん、と七瀬は肯定した。
 「久世秋臣。十月三十一日生まれ。O型。俗にいう千里眼を持つ元地主の一族、久世家の三男。〝能力者〟。現実を除いても二つ以上の世界とつながれる人間。一つは一族の千里眼、もう一つは――」
 「もういい」
 相手は露骨に嫌な顔をした。
 「知識をひけらかせとは言ってないだろ。大体、なんで俺の誕生日や血液型まで知ってるんだ。やっぱり能力か家の力目当てだろ」
 七瀬は苦笑した。
 「君もおれの能力を知ってるでしょう。俗にいう妖を視る。妖はどこでもいるし、人間があちらを見聞きできなくても、彼らはしっかり見て聞いているんだよ。そして噂好きなものも多い。知りたいと思わなくても妖の噂は耳に入ってくるんだ。君は有名でもあるし」
 久世秋臣が有名なのは、本当だった。なにせ、元地主の家の息子で、その家に伝わる千里眼以外に、もう一つ能力を持つ、とても希少な人間なのだから。
 「だからって、その噂で知った情報を明け透けに言うなよ。警戒するだろ」
 「でも、俺に少しは興味を持ったんじゃない?」
 七瀬は苦い笑いから人好きのする微笑に変え、相手の顔を覗き込んだ。二人は大体同じくらいの背丈ではあるが、やや七瀬のほうが小さいので、ほんの少し見上げるような形になる。
 「本当は、すぐに俺を適当にあしらって、立ち去ろうとしてたでしょう」
 相手はやや身を引いて、片眉を上げ、口の端を歪めた。
 「……お前」
 なに、と七瀬はまるで悪気のない無邪気さで、にこっとした。
 「……嫌な奴だな」
 そういう彼の口調はけれど、言葉ほど嫌な含みはなく。
 「でも、面白い奴だ」
 と、七瀬に向かって、肩をすくめてみせた。
 「面白味のある奴は嫌いじゃない」
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