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約束
過去の約束
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「理解したかの」
再び、あの竹林に戻ってきていた。相変わらず、プリンとスプーンが三つずつ、宙に浮いている。
七瀬は秋臣を背にかばったまま、呆然としていった。
「では、あなたの中に、母の魂があると?」
「そういうことじゃな」
蛇神が少女の姿で頷き、続けた。
「じゃが、今は妾の中で眠っておる。それは、七瀬よ、そなたを生かすためじゃ」
「おれを……?」
次は約束の話をしよう、と少女は言った。
「そなたは幼いころ、身体が弱かったじゃろう。それほど長くは生きられぬか、少なくとも今よりもその体は脆かったはずじゃ。それを何とかしようと、葵は自らの魂を削って、そなたの身体を強化した。それゆえ、魂が欠けた葵は、消滅しないために、妾の中でその意識さえ眠らせておる」
妾は葵の友人じゃからのう、と少女はふふふと笑った。
「ちと彼女を不憫に思い、妾の独断で、あるとき、そなたに会いに行ったのじゃ」
再び彼女の袖が大きく振られ、七瀬と秋臣の視界が鮮やかに染まった。
『神崎七瀬』
声の主はその小さな手で相手を招いた。それは少女の姿をした蛇神で、先ほどまで七瀬と秋臣と話していた蛇神と同じ外見をしていた。
しかし、先ほどまで話をしていた蛇神は、今も二人のそばにいる。
「少女の姿になったのは」
その蛇神は二人の間に立って、言った。
「この時の七瀬が幼い子どもだったためじゃ。妾には長く生きていても、少女の姿の引き出しがなくてのう。それゆえ、妾の中ですでに眠りについていた葵の幼いころの記憶の姿を借りたのじゃ」
観劇者三人(二人の人間と一体の妖)の目の前で、昔の蛇神――区別するために、葵が呼んでいた蛇姫という呼称にする――に名を呼ばれた少年は、はっと振り向いた。
『だれ? どうしてぼくの名前を知っているの』
それは、六歳くらいの七瀬だ。声の主の少女は八歳くらい、わずかに少年より年上の外見をしていたので、しかも彼らはとても似ていたので、二人はまるで姉弟のように見えた。
この幼い七瀬も、相手の少女と自分の顔の相似性に気づいたようだ。不思議そうに首を傾げる。
『きみは……』
蛇姫はその返答を避け、微妙に話をずらした。
『妾はそなたの母を知っておる』
『おかあさんを?』
幼い七瀬はさらに不思議そうな顔をした。それもそうだろう。彼の母は、彼を生んだ日に亡くなっている。相手の少女は、どう見ても七瀬より一、二歳上なだけだ。会ったことはあっても、七瀬の母親のことを覚えている可能性は低い。それなのに、少女の口ぶりは、まるで七瀬の母親と親しいようにも聞こえた。
『母に会いたくはないかの』
そう聞かれて、母を知らない少年が、いいえと言うはずがあろうか。
『あいたいな』
蛇姫は一歩、少年に近づいた。
『母とともに居たくはないかの』
『うん……でも、むりだよ』
おかあさんは、しんじゃってるから、と少年は言った。
『肉体は滅びても、魂はある。そなたも魂だけになれば、母親とともに居られる』
『たましい』
蛇姫は少年の心臓のあたりに手を伸ばした。
『その身体を捨てて、心だけになればよいのじゃよ』
少年は自らの胸を見下ろした。少し考えて、彼は言った。
『それって、ぼくはもう大きくはなれないの』
『身体がないのじゃから、大きいも小さいもないじゃろうな』
うーん、と幼い七瀬は蛇姫の指先から逃れた。
『ぼく、おとうさんと約束したんだ。からだを強くして、もっと大きくなるって。寝込むことはあんまりなくなったけれど、ぼくはまだみんなより小さいから。だから、まだ、たましいだけにはなれないよ』
蛇姫は、伸ばした指先を返して自らの顎に当て、ふむ、と言った。
『それでは、そなたが大きくなったらよいのかの』
それは曖昧な言葉だった。大きくなったら――それは、身体か、心か、年齢か。
しかし、幼い七瀬は深く考えるはずもなく。
『うん』
と頷いた。
『大きくなったら、おかあさんにあいたいな』
蛇姫は、その外見に似合わず、妖艶に微笑んだ。
『では、いつか、そなたを迎えに行こう』
そして、もう一度手を伸ばし、彼女は幼い七瀬の頬に優しく触れた。
『そうすれば、そなたは母とともに、ずっと暮らせる』
約束じゃ、と蛇姫は少年の頬を撫でる。
幼い七瀬は、そうされるのが慣れていなかったので、少し恥ずかしく、けれど心地よく、まるで母親にされているかのように嬉しかった。
『うん、約束』
彼はそう答えた。
再び、あの竹林に戻ってきていた。相変わらず、プリンとスプーンが三つずつ、宙に浮いている。
七瀬は秋臣を背にかばったまま、呆然としていった。
「では、あなたの中に、母の魂があると?」
「そういうことじゃな」
蛇神が少女の姿で頷き、続けた。
「じゃが、今は妾の中で眠っておる。それは、七瀬よ、そなたを生かすためじゃ」
「おれを……?」
次は約束の話をしよう、と少女は言った。
「そなたは幼いころ、身体が弱かったじゃろう。それほど長くは生きられぬか、少なくとも今よりもその体は脆かったはずじゃ。それを何とかしようと、葵は自らの魂を削って、そなたの身体を強化した。それゆえ、魂が欠けた葵は、消滅しないために、妾の中でその意識さえ眠らせておる」
妾は葵の友人じゃからのう、と少女はふふふと笑った。
「ちと彼女を不憫に思い、妾の独断で、あるとき、そなたに会いに行ったのじゃ」
再び彼女の袖が大きく振られ、七瀬と秋臣の視界が鮮やかに染まった。
『神崎七瀬』
声の主はその小さな手で相手を招いた。それは少女の姿をした蛇神で、先ほどまで七瀬と秋臣と話していた蛇神と同じ外見をしていた。
しかし、先ほどまで話をしていた蛇神は、今も二人のそばにいる。
「少女の姿になったのは」
その蛇神は二人の間に立って、言った。
「この時の七瀬が幼い子どもだったためじゃ。妾には長く生きていても、少女の姿の引き出しがなくてのう。それゆえ、妾の中ですでに眠りについていた葵の幼いころの記憶の姿を借りたのじゃ」
観劇者三人(二人の人間と一体の妖)の目の前で、昔の蛇神――区別するために、葵が呼んでいた蛇姫という呼称にする――に名を呼ばれた少年は、はっと振り向いた。
『だれ? どうしてぼくの名前を知っているの』
それは、六歳くらいの七瀬だ。声の主の少女は八歳くらい、わずかに少年より年上の外見をしていたので、しかも彼らはとても似ていたので、二人はまるで姉弟のように見えた。
この幼い七瀬も、相手の少女と自分の顔の相似性に気づいたようだ。不思議そうに首を傾げる。
『きみは……』
蛇姫はその返答を避け、微妙に話をずらした。
『妾はそなたの母を知っておる』
『おかあさんを?』
幼い七瀬はさらに不思議そうな顔をした。それもそうだろう。彼の母は、彼を生んだ日に亡くなっている。相手の少女は、どう見ても七瀬より一、二歳上なだけだ。会ったことはあっても、七瀬の母親のことを覚えている可能性は低い。それなのに、少女の口ぶりは、まるで七瀬の母親と親しいようにも聞こえた。
『母に会いたくはないかの』
そう聞かれて、母を知らない少年が、いいえと言うはずがあろうか。
『あいたいな』
蛇姫は一歩、少年に近づいた。
『母とともに居たくはないかの』
『うん……でも、むりだよ』
おかあさんは、しんじゃってるから、と少年は言った。
『肉体は滅びても、魂はある。そなたも魂だけになれば、母親とともに居られる』
『たましい』
蛇姫は少年の心臓のあたりに手を伸ばした。
『その身体を捨てて、心だけになればよいのじゃよ』
少年は自らの胸を見下ろした。少し考えて、彼は言った。
『それって、ぼくはもう大きくはなれないの』
『身体がないのじゃから、大きいも小さいもないじゃろうな』
うーん、と幼い七瀬は蛇姫の指先から逃れた。
『ぼく、おとうさんと約束したんだ。からだを強くして、もっと大きくなるって。寝込むことはあんまりなくなったけれど、ぼくはまだみんなより小さいから。だから、まだ、たましいだけにはなれないよ』
蛇姫は、伸ばした指先を返して自らの顎に当て、ふむ、と言った。
『それでは、そなたが大きくなったらよいのかの』
それは曖昧な言葉だった。大きくなったら――それは、身体か、心か、年齢か。
しかし、幼い七瀬は深く考えるはずもなく。
『うん』
と頷いた。
『大きくなったら、おかあさんにあいたいな』
蛇姫は、その外見に似合わず、妖艶に微笑んだ。
『では、いつか、そなたを迎えに行こう』
そして、もう一度手を伸ばし、彼女は幼い七瀬の頬に優しく触れた。
『そうすれば、そなたは母とともに、ずっと暮らせる』
約束じゃ、と蛇姫は少年の頬を撫でる。
幼い七瀬は、そうされるのが慣れていなかったので、少し恥ずかしく、けれど心地よく、まるで母親にされているかのように嬉しかった。
『うん、約束』
彼はそう答えた。
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