七瀬と秋臣

青江 いるか

文字の大きさ
12 / 27
約束

過去の約束

しおりを挟む
「理解したかの」
 再び、あの竹林に戻ってきていた。相変わらず、プリンとスプーンが三つずつ、宙に浮いている。
 七瀬は秋臣を背にかばったまま、呆然としていった。
 「では、あなたの中に、母の魂があると?」
 「そういうことじゃな」
 蛇神が少女の姿で頷き、続けた。
 「じゃが、今は妾の中で眠っておる。それは、七瀬よ、そなたを生かすためじゃ」
 「おれを……?」
 次は約束の話をしよう、と少女は言った。
 「そなたは幼いころ、身体が弱かったじゃろう。それほど長くは生きられぬか、少なくとも今よりもその体は脆かったはずじゃ。それを何とかしようと、葵は自らの魂を削って、そなたの身体を強化した。それゆえ、魂が欠けた葵は、消滅しないために、妾の中でその意識さえ眠らせておる」
 妾は葵の友人じゃからのう、と少女はふふふと笑った。
 「ちと彼女を不憫に思い、妾の独断で、あるとき、そなたに会いに行ったのじゃ」
 再び彼女の袖が大きく振られ、七瀬と秋臣の視界が鮮やかに染まった。



 『神崎七瀬』
 声の主はその小さな手で相手を招いた。それは少女の姿をした蛇神で、先ほどまで七瀬と秋臣と話していた蛇神と同じ外見をしていた。
 しかし、先ほどまで話をしていた蛇神は、今も二人のそばにいる。
 「少女の姿になったのは」
 その蛇神は二人の間に立って、言った。
 「この時の七瀬が幼い子どもだったためじゃ。妾には長く生きていても、少女の姿の引き出しがなくてのう。それゆえ、妾の中ですでに眠りについていた葵の幼いころの記憶の姿を借りたのじゃ」
 観劇者三人(二人の人間と一体の妖)の目の前で、昔の蛇神――区別するために、葵が呼んでいた蛇姫という呼称にする――に名を呼ばれた少年は、はっと振り向いた。
 『だれ? どうしてぼくの名前を知っているの』
 それは、六歳くらいの七瀬だ。声の主の少女は八歳くらい、わずかに少年より年上の外見をしていたので、しかも彼らはとても似ていたので、二人はまるで姉弟のように見えた。
 この幼い七瀬も、相手の少女と自分の顔の相似性に気づいたようだ。不思議そうに首を傾げる。
 『きみは……』
 蛇姫はその返答を避け、微妙に話をずらした。
 『妾はそなたの母を知っておる』
 『おかあさんを?』
 幼い七瀬はさらに不思議そうな顔をした。それもそうだろう。彼の母は、彼を生んだ日に亡くなっている。相手の少女は、どう見ても七瀬より一、二歳上なだけだ。会ったことはあっても、七瀬の母親のことを覚えている可能性は低い。それなのに、少女の口ぶりは、まるで七瀬の母親と親しいようにも聞こえた。
 『母に会いたくはないかの』
 そう聞かれて、母を知らない少年が、いいえと言うはずがあろうか。
 『あいたいな』
 蛇姫は一歩、少年に近づいた。
 『母とともに居たくはないかの』
 『うん……でも、むりだよ』
 おかあさんは、しんじゃってるから、と少年は言った。
 『肉体は滅びても、魂はある。そなたも魂だけになれば、母親とともに居られる』
 『たましい』
 蛇姫は少年の心臓のあたりに手を伸ばした。
 『その身体を捨てて、心だけになればよいのじゃよ』
 少年は自らの胸を見下ろした。少し考えて、彼は言った。
 『それって、ぼくはもう大きくはなれないの』
 『身体がないのじゃから、大きいも小さいもないじゃろうな』
 うーん、と幼い七瀬は蛇姫の指先から逃れた。
 『ぼく、おとうさんと約束したんだ。からだを強くして、もっと大きくなるって。寝込むことはあんまりなくなったけれど、ぼくはまだみんなより小さいから。だから、まだ、たましいだけにはなれないよ』
 蛇姫は、伸ばした指先を返して自らの顎に当て、ふむ、と言った。
 『それでは、そなたが大きくなったらよいのかの』
 それは曖昧な言葉だった。大きくなったら――それは、身体か、心か、年齢か。
 しかし、幼い七瀬は深く考えるはずもなく。
 『うん』
 と頷いた。
 『大きくなったら、おかあさんにあいたいな』
 蛇姫は、その外見に似合わず、妖艶に微笑んだ。
 『では、いつか、そなたを迎えに行こう』
 そして、もう一度手を伸ばし、彼女は幼い七瀬の頬に優しく触れた。
 『そうすれば、そなたは母とともに、ずっと暮らせる』
 約束じゃ、と蛇姫は少年の頬を撫でる。
 幼い七瀬は、そうされるのが慣れていなかったので、少し恥ずかしく、けれど心地よく、まるで母親にされているかのように嬉しかった。
 『うん、約束』
 彼はそう答えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...