七瀬と秋臣

青江 いるか

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冬の炎

或る少年

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 放課後。ハロウィンシーズンが終わってからそうだったが、十二月に入り、クリスマスムードがますます町や店を彩っている。
 二人は城守神社に向かっていた。その境内の端に七瀬の家があり、彼の父が神社の現神主だった。七瀬の母親は彼が生まれた際に亡くなっていて、父親との二人暮らしだ。日中、父親はほとんど家にはいない。なので、七瀬と秋臣がだべるには都合がよいのだ。秋臣の家は、いつも誰かしら居るし、うるさいので。
 「クリスマスかー、秋臣は何か予定ある?」
 店のショッピングウインドーのクリスマス飾りを見ながら、七瀬は尋ねた。
 「いや。有難いことに、うちはクリスマスを祝う習慣がないから招集はかからない。彼氏のいない従姉妹らに引っ張られるから、いつもどっかに逃げてるけどな。だが、今年のクリスマスイブは妹が生まれてくる日だ。ちょっとは顔を見せないとな」
 「ああ、クリスマスイブが予定日なんだね」
 そっか、と言う七瀬の口調が気にかかって、秋臣はさりげなく隣を見た。
 「……別に、予定があるわけじゃないぞ。イブもクリスマスも」
 すると、七瀬はぱっと顔を上げた。
 「じゃあ、一緒にクリスマスのチキンとケーキを作って食べよう。そして、秋臣の妹が生まれたらお祝いを持っていこう」
 七瀬が料理好き、そして秋臣も苦手ではないので、二人で料理を作り、それを美味しく食べるということが、最近の彼らのブームになっている。
 チキンて、ローストチキンか……? 作れるのか……? と思いつつも、七瀬の腕を信じているので、「ああ、そうしよう」と答えた。
 彼らは長い石畳の階段に足をかけた。神社は周囲より少し高いところにあり、そこまでは階段でのぼる必要があるのだ。
 「親父さんは、クリスマスは?」
 「いないよ。また、〝能力者〟性質の会合でどこかへ行くらしい。妖を視ることのできる人材が減っているから、相談を持ち掛けられることが多いみたいだね」
 〝能力者〟たちは、ゆるいつながりを持っている。それは、~組織という具体的な名称があるわけではなく、昔からある集団だった。今では国際化と共に国外ともつながりを持っているらしい。その集まりは不定期に行われ、参加者もまちまちだが、その会合の目的は情報交換である。また、そこかで、自分の手には負えない、他の世界の干渉による不都合があれば、その世界に詳しい協力者を募る。
 「やっぱり〝能力者〟は減っているんだよな。この間、うちの家族の間でも話題になった。遺伝による能力も、突然変異の能力も、どっちも発生頻度が低くなっているらしいな。急激に減ったというわけではないが」
 「よく言われるように、人間が科学の力を手に入れたことと関係があるのかな」
 「さあ」
 いっそのこと消滅してしまえばいいのに、と秋臣は冗談交じりで呟く。
 「いつかはね、そうなるかも。でも、おれたちが生まれる前にそうならなくてよかったよ。そうじゃなかったら、おれたち、仲良くなってないかも」
 いや、違うかな、と七瀬は自らの言葉を訂正した。
 「互いに能力があるから仲良くなったわけでもないか。そうだね、おれは、能力を抜きにしても、秋臣に興味を持っただろうし、話しかけただろうな。〝能力者〟の久世秋臣ではなく、ただ、おれの後ろの席だった秋臣という人間を、好きになったんだから」
 がくっ、と秋臣は石段を踏み外しかけた。不意に七瀬はこういうことを照れもなく言うので、秋臣の心臓には悪い。
 「お前なぁ……」
 あとで何かこのお返しをしてやろうと心に決め、秋臣はさっさと石段を上った。七瀬に顔を見られないように。
 「秋臣、早いよ」
 七瀬が後ろから声をかけてくるが、秋臣はそのまま石段を登り切った。
 赤い鳥居をくぐり、七瀬を待つため一息つこうとした秋臣は、境内の人影に目を留めた。
 それは、中学生くらいの少年だった。癖のない黒髪をきっちりと切りそろえ、遠目からも制服がぱりっとして皺がないのが感じられる。学生鞄を左手に持ち、たくさん納められている絵馬を見つめている。
 秋臣がぎくっとしたのは、その少年のきつい表情と近づきがたい雰囲気だった。何かに追い詰められている人間が発するものだ。秋臣にも実体験として知っていた。
 「どうしたの、秋臣」
 やっと石段を登り終えた七瀬が隣に立ち、秋臣の見つめる方向に目を向ける。
 「あれは――」
 秋臣たちの視線に気づいたのだろう、その少年の顔がこちらを向いた。彼の目は、真っ直ぐ七瀬を見ていた。
 少年はずんずんとこちらに歩いてくると、七瀬に向かって真剣な目で尋ねた。
 「もしかして、あなたが、こちらの神社の方ですか」
 「うん、そうだけど……」
 君は、と七瀬が訊く前に、少年は相手の両手を取り、懇願した。
 「お願いします。おれを助けてください。あいつらを追い払ってください!」
 七瀬は困惑し、秋臣は隠すことなく顔をしかめた。
 「あいつらというのは……?」
 「それはもう、あの邪悪な奴ら、変な奴らですよ! あなたも視えるんでしょう?」
 ずい、と勢い余って少年が七瀬に近づいたので、秋臣が二人を引き離した。ついでに七瀬の両手をつかんでいた少年の手も。
 「おい、もう少し落ち着いて話したほうがいい。いきなり助けろだの、邪悪な奴らだの言われても、七瀬が困るだろ」
 割って入ってきた秋臣に、少年は気を悪くしたらしい。眉をひそめて問うた。
 「あなたは?」
 「久世秋臣。こいつ、神崎七瀬の友人だ」
 すると、少年は顔全体をしかめた。
 「久世……あの、古い時代の産物の家ですか。いつまでも過去の栄光にしがみついている」
 確かに、久世の家はその権力の大きさから、陰でひそひそいう人間も多い。特に、その権力は、千里眼の能力の助けで得たものなら尚更、能力など知らない人間から見れば、汚い手を使っていると思われても仕方がないことではある。
 だがしかし、ここまで露骨にけなされたことはなかった。久世の家にそれほど愛着がない秋臣でも、相手の不遜な態度には怒りを覚えた。
 「おい、その態度は――」
 しかし、秋臣が最後まで言い終わらないうちに、少年は恐怖の表情を浮かべた。彼の目は秋臣でも七瀬でもなく、彼らの背後を見ていた。秋臣と七瀬は背後を振り返ったが、特別変わったものは見当たらなかった。
 「どうした」
 少年は何かが限界に達したのか、ふいと気を失い、前に倒れこんだ。七瀬が受け止めようとしたが、秋臣がさっと手を出して代わりに少年の身体を受け止める。
 「おい」
 秋臣が声をかけ、軽く額を叩いてみるが、意識は戻らない。
 「家の中に運ぼう」
 「わかった」
 秋臣はひょいと少年を抱え上げる。見た目からして細身の少年だったが、彼はおそらく同年代の少年たちよりも軽かった。a
 秋臣が一人で少年を運べそうなのを見て、七瀬が鍵を開けるため先頭に立って歩きだした。
 少年は客用の部屋に運ばれた。七瀬が布団を敷き、その上に少年を秋臣が寝かせる。
 少年の顔は蒼白だった。幼さの残る顔立ちで、そのためか、どこか痛々しい思いがした。
 「こいつ、七瀬の知り合いじゃないんだよな」
 少年の枕元に陣取って、秋臣が七瀬に尋ねる。
 「うん、見覚えがないな。彼も、おれ自体が目当てで来たというよりも、この神社の誰かしらに会いたかったんだと思う」
 「神社……」
 秋臣は考え込む。
 「ということは、妖関連か。邪悪な奴らというのは、何か妖との面倒事に巻き込まれてるってことかもしれないな」
 困ったな、と少しも困ってなさそうな表情で七瀬が言った。
 「今、父がいないんだ」
 「蛇神とその眷属がいるだろ」
 と、秋臣はこの神社に祀られる神の名を出す。
 「うん。でも、それよりも気になるのは、この子が、その『邪悪な奴ら』が視えていたらしいということなんだ」
 先ほどの少年の言動からして、何かおかしなものが視えているのは確実だった。
 しかし。
 「さっきは、何で俺たちの背後を見て怖がったんだ。おれが妖を七瀬の結界外で視えないのはともかく、七瀬も何も視てないような様子だったよな」
 そうなんだよ、と七瀬は気絶している少年の顔を見下ろした。
 「おれにも何も視えなかったし、感じなかった。だから、もしかすると、この子が視ていたのは――」
 その時、少年がぴくりと身じろぎした。はっとして、二人は少年の様子をうかがう。
 「う……」
 呻き声を上げながら、少年は目をゆっくり開いた。ぱちりぱちり、と二度瞬く。
 「気が付いた?」
 七瀬が声をかけると、少年は声のほうを見て「あ……」と言った。
 「大丈夫か?」
 秋臣も声をかけると、少年ははっとそちらを見て、顔をしかめて七瀬のほうに後退った。
 「あんた……!」
 「おい、その態度はないだろ」
 秋臣は腕組みして言い聞かせる。
 「突然気を失ったお前をここまで運んできたのは、俺なんだぞ」
 そういわれて、少年はやっと、自分がどこにいるかに気づいたらしい。ここは、と誰にともなく尋ねた。
 「おれの家だよ。境内の中にある」
 少年はほっとしたように息をついた。
 「じゃあ、あいつらはここまでやってきませんよね」
 七瀬と秋臣は顔を見合わせた。代表して、七瀬が問う。
 「あいつらって?」
 少年は、何を当然なことを、という表情をした。
 「あいつらって、あの変な奴らのことですよ。あなたも視えるんでしょう? さっき、鳥居の外にもいたじゃないですか」
 再び七瀬と秋臣は顔を見合わせた。慎重に、七瀬が答える。
 「確かに、おれには、変なものたちが視える。でも、さっき、君が怯えたほうを見たけれど、おれには何も視えなかったよ」
 その途端、少年の顔が強張った。それは絶望のようでもある。
 「そんな……」
 再び気を失いそうになる少年の背に手を回して、七瀬は急いで言った。
 「でも、それはただ、おれと君が視る世界が違うだけだと思うよ。おれは、俗にいう妖の類を見るんだ。でも君が視るものは、それではないのだと思う」
 「え……」
 七瀬はゆっくりと噛み下すように、少年に言った。
 「世界は無数にある。それは、この現実のような世界であったり、おれが視る妖の世界であったり。君も現実とは異なる世界の一部を視てしまうのだと思うよ」
 少年は落ち着きを取り戻してきたようだ。
 「おれは、現実でも妖でもないものを視ている……?」
 そう呟いた少年に、もう大丈夫そうだと七瀬は背中から手を放す。
 「それを理解するためにも、君が何を視て、どうしてこの神社に助けを求めに来たか教えてほしいな」
 でもその前に、と七瀬は微笑んだ。
 「君の名前を教えてくれる?」
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