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冬の炎
幽霊
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少年は、秋臣の前では名乗りたくないようだったが、彼が梃子でも動かないのを見て、諦めたらしい。浅沼律、と名乗った。秋臣は、その名前のどこかが、記憶に引っかかった。しかし、思い出せないまま、少年が町内の中学校に通う二年生だと話すのを聞いた。
「変な奴らを視るようになったのは、ここ最近のことなんです」
落ち着きを取り戻したようなので、三人は居間に移動し、卓袱台を囲んで座っていた。彼らの目の前には緑茶とわらび餅がある。
「特にきっかけがあったというわけでもなく、本当に突然です。気づいたら、なんだか変なものがいる、という感じで。しかも、それらは他の人たちには見えていないみたいで」
秋臣は話に加わると少年が嫌な顔をすることがわかっていたので、空気のように静かに、緑茶を飲んでいる。
「おれが視えるのは、大抵が人の形か、それを模したようなものです。模したような、というのは……人の影みたいなもの、人だけど輪郭がぼやけているもの、身体の一部が不自然に消えているというような。人以外だと、動物とか。あとは、なんだか嫌な空気を感じることが増えて。そのときは大体、悪いことが起こるんですけど」
「その人や動物に、見覚えがあったりする?」
いいえ、と少年――浅沼律は答えた。
「大抵、彼らはおれに興味を持たないようなので、おれも無視してるんですけど。たまに、こっちに話しかけてくる奴とかがいて……その中の数体が、この数日、おれに付きまとって、どこまでも追いかけてくるんです」
律は身震いした。
「おれは――こんなこと、神社の人の前でいうことじゃないかもしれないですけど、特に神や仏の力を信じているわけではないんです。だけど、神社仏閣は、神聖な場所だとかいうじゃないですか。だから、もしかしたらそこへ行けば、奴らは追ってこないだろうと思って」
「気にしないで。それで、追ってこなかった?」
七瀬の問いに律は頷いた。
「はい。神社だったら、鳥居の中には奴らは入れないみたいでした。だから、神社の人に助けを求めようと思ったんですけど」
彼は俯いた。
「だけど、こんな話、ふつう、信じてもらえないじゃないですか。だから、せめて、おれと同じようなものを視ている人に相談しようと思って」
いろいろ調べたんです、と彼は言った。
「ネットとか、噂とか。それで、この城守神社の人は、そういう変なものに対処してくれるという噂を聞いて。あと、おれの通ってる中学、神崎さんの母校なんです。おれは今まで知らなかったんですけど、神崎さん、神社の息子というだけじゃなくて、なにか変なものが視えているらしい、という噂があったんですね。それを知って、相談するには城守神社しかない、と思って。誰か、おれと同じものを視える人に会いたいと思って、ここへ来たんです」
城守神社の人は、奇妙なものに対処してくれる――それは、七瀬の父が〝能力者〟の会合で受けた相談を解決しに、頻繁に出かけているせいで流れた噂だろう。人の口に戸は立てられない。秋臣は七瀬と同じ中学ではなかったので知らなかったが、七瀬の中学校時代の噂も、不可抗力というものだろう。
ではやはり、少年は、七瀬に会いに来たのではなく、正確に言えば、この城守神社の人間に会いに来たのだ。それが神主でもその息子でもよいから、自分の視ているものを確認し、対処してもらうために。
秋臣に冷たい態度をとったとはいえ、少年の事情を知れば、不憫に思われてならなかった。秋臣は〝能力者〟が身近にいる家庭で生まれたため、千里眼の能力も、もう一つの能力も、初めて出現したときは、戸惑いはしても理解できる出来事として処理してきた。もし自分が、無数の世界と〝能力者〟の存在を知らぬままだったら、二つの力を持て余していただろう。今でさえ、戸惑いは消えていないというのに。
しかし、少年の視る世界は、秋臣のとも、七瀬のものとも違う。
彼の視る世界はおそらく。
「君は、幽霊を視ているんだね」
七瀬が告げた。
律は驚かなかった。予想していた答えではあったのだろう。まさか、七瀬はそれを視ていないとは思いもしなかったようだが。
「幽霊……そうですね、そうかもしれません。でも、幽霊は神崎さんの視るものと違うんですか?」
うん、と七瀬は湯呑を手のひらで包んだ。
「おれが言う妖というのは、人が死んで変化するものじゃない。もともと人とは違う生き物、違う世界の生き物なんだ。人や動物の姿を取るものもあるけれど、多くのものは、よく理解できない姿をしていたりするよ」
一方、と七瀬は言った。
「君の視る幽霊は、一般に理解されている通り、人が死んでから変化するものだ。もともとは人間などの、現実で生きたものなんだよ。生き物が死んだら肉体は現実にとどまり、魂だけが他の世界に行く。その世界がどんなものかはおれも知らないけれど……時々、自分が死んだことを認められなかったり、思い残したことがある場合には、その死後の世界に行く前に、また別の世界に捕まってしまうといわれている。それが、君の視る世界だと思うよ」
君が視ているのは、現世に未練のある魂なんだね、きっと。
七瀬はそう最後に言葉をこぼした。
律は湯呑に手をかけたまま動かない。
「……神崎さんは、妖と呼ばれるものは視えるのに、幽霊は視えないんですか」
その声には隠し切れない落胆があった。
「そうだね、現実とは別の世界を視る、そこに触れることができる人間を、おれたちは〝能力者〟と呼んでいるよ。大抵、〝能力者〟は現実を含めて二つの世界にしか触れられない。例外もあるけれどね。君が噂を聞いた、城守神社の人――多分おれの父だと思うけれど、父もおれと同じく、触れることができるのは、妖の棲む世界だけなんだ。父は、妖関連の奇妙な出来事に対処しているんだよ」
律はさらにがっくりと肩を落とした。
「じゃあ……おれの問題は、対処できないんですね」
「残念ながら」
でも、と七瀬は身を乗り出した。
「君と同じ世界に触れられる人は必ずいるよ。おれは〝能力者〟の会合に出たことはないけれど、そこでは君のような相談事を受けてくれる人もいる。おれも探すから」
律は顔を上げた。
「〝能力者〟の会合なんてものがあるんですか」
「うん、次は……」
七瀬は、はっとした。
「クリスマスイブだ」
「変な奴らを視るようになったのは、ここ最近のことなんです」
落ち着きを取り戻したようなので、三人は居間に移動し、卓袱台を囲んで座っていた。彼らの目の前には緑茶とわらび餅がある。
「特にきっかけがあったというわけでもなく、本当に突然です。気づいたら、なんだか変なものがいる、という感じで。しかも、それらは他の人たちには見えていないみたいで」
秋臣は話に加わると少年が嫌な顔をすることがわかっていたので、空気のように静かに、緑茶を飲んでいる。
「おれが視えるのは、大抵が人の形か、それを模したようなものです。模したような、というのは……人の影みたいなもの、人だけど輪郭がぼやけているもの、身体の一部が不自然に消えているというような。人以外だと、動物とか。あとは、なんだか嫌な空気を感じることが増えて。そのときは大体、悪いことが起こるんですけど」
「その人や動物に、見覚えがあったりする?」
いいえ、と少年――浅沼律は答えた。
「大抵、彼らはおれに興味を持たないようなので、おれも無視してるんですけど。たまに、こっちに話しかけてくる奴とかがいて……その中の数体が、この数日、おれに付きまとって、どこまでも追いかけてくるんです」
律は身震いした。
「おれは――こんなこと、神社の人の前でいうことじゃないかもしれないですけど、特に神や仏の力を信じているわけではないんです。だけど、神社仏閣は、神聖な場所だとかいうじゃないですか。だから、もしかしたらそこへ行けば、奴らは追ってこないだろうと思って」
「気にしないで。それで、追ってこなかった?」
七瀬の問いに律は頷いた。
「はい。神社だったら、鳥居の中には奴らは入れないみたいでした。だから、神社の人に助けを求めようと思ったんですけど」
彼は俯いた。
「だけど、こんな話、ふつう、信じてもらえないじゃないですか。だから、せめて、おれと同じようなものを視ている人に相談しようと思って」
いろいろ調べたんです、と彼は言った。
「ネットとか、噂とか。それで、この城守神社の人は、そういう変なものに対処してくれるという噂を聞いて。あと、おれの通ってる中学、神崎さんの母校なんです。おれは今まで知らなかったんですけど、神崎さん、神社の息子というだけじゃなくて、なにか変なものが視えているらしい、という噂があったんですね。それを知って、相談するには城守神社しかない、と思って。誰か、おれと同じものを視える人に会いたいと思って、ここへ来たんです」
城守神社の人は、奇妙なものに対処してくれる――それは、七瀬の父が〝能力者〟の会合で受けた相談を解決しに、頻繁に出かけているせいで流れた噂だろう。人の口に戸は立てられない。秋臣は七瀬と同じ中学ではなかったので知らなかったが、七瀬の中学校時代の噂も、不可抗力というものだろう。
ではやはり、少年は、七瀬に会いに来たのではなく、正確に言えば、この城守神社の人間に会いに来たのだ。それが神主でもその息子でもよいから、自分の視ているものを確認し、対処してもらうために。
秋臣に冷たい態度をとったとはいえ、少年の事情を知れば、不憫に思われてならなかった。秋臣は〝能力者〟が身近にいる家庭で生まれたため、千里眼の能力も、もう一つの能力も、初めて出現したときは、戸惑いはしても理解できる出来事として処理してきた。もし自分が、無数の世界と〝能力者〟の存在を知らぬままだったら、二つの力を持て余していただろう。今でさえ、戸惑いは消えていないというのに。
しかし、少年の視る世界は、秋臣のとも、七瀬のものとも違う。
彼の視る世界はおそらく。
「君は、幽霊を視ているんだね」
七瀬が告げた。
律は驚かなかった。予想していた答えではあったのだろう。まさか、七瀬はそれを視ていないとは思いもしなかったようだが。
「幽霊……そうですね、そうかもしれません。でも、幽霊は神崎さんの視るものと違うんですか?」
うん、と七瀬は湯呑を手のひらで包んだ。
「おれが言う妖というのは、人が死んで変化するものじゃない。もともと人とは違う生き物、違う世界の生き物なんだ。人や動物の姿を取るものもあるけれど、多くのものは、よく理解できない姿をしていたりするよ」
一方、と七瀬は言った。
「君の視る幽霊は、一般に理解されている通り、人が死んでから変化するものだ。もともとは人間などの、現実で生きたものなんだよ。生き物が死んだら肉体は現実にとどまり、魂だけが他の世界に行く。その世界がどんなものかはおれも知らないけれど……時々、自分が死んだことを認められなかったり、思い残したことがある場合には、その死後の世界に行く前に、また別の世界に捕まってしまうといわれている。それが、君の視る世界だと思うよ」
君が視ているのは、現世に未練のある魂なんだね、きっと。
七瀬はそう最後に言葉をこぼした。
律は湯呑に手をかけたまま動かない。
「……神崎さんは、妖と呼ばれるものは視えるのに、幽霊は視えないんですか」
その声には隠し切れない落胆があった。
「そうだね、現実とは別の世界を視る、そこに触れることができる人間を、おれたちは〝能力者〟と呼んでいるよ。大抵、〝能力者〟は現実を含めて二つの世界にしか触れられない。例外もあるけれどね。君が噂を聞いた、城守神社の人――多分おれの父だと思うけれど、父もおれと同じく、触れることができるのは、妖の棲む世界だけなんだ。父は、妖関連の奇妙な出来事に対処しているんだよ」
律はさらにがっくりと肩を落とした。
「じゃあ……おれの問題は、対処できないんですね」
「残念ながら」
でも、と七瀬は身を乗り出した。
「君と同じ世界に触れられる人は必ずいるよ。おれは〝能力者〟の会合に出たことはないけれど、そこでは君のような相談事を受けてくれる人もいる。おれも探すから」
律は顔を上げた。
「〝能力者〟の会合なんてものがあるんですか」
「うん、次は……」
七瀬は、はっとした。
「クリスマスイブだ」
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