七瀬と秋臣

青江 いるか

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冬の炎

保護

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 どうやら平穏なクリスマスにはなりそうもないぞ、と秋臣は予感めいたものを受けた。そして、いい加減、黙っているのも退屈になってきたので、そろそろ口を挟む。
 「じゃあ、俺たちがやることは決まりだな」
 秋臣はわらび餅を口に放り込んで、告げた。
 「まずは、俺と七瀬の情報網を使って、幽霊を視る人間を探すこと。そこで見つかれば良し。もし会合までに見つからなかったら、その会合に浅沼が出席して、相談を持ち掛ける。それでこの件は解決するだろ。同じ幽霊を視る人間からなら、上手い対処法も聞けるだろうし」
 律は秋臣にあまり良い表情をしなかったが、完全に拒否するわけではないようだ。秋臣としては、彼に何かした覚えもないので、拒否される理由も思い当たらないのだが。
 律は改めて秋臣を見て、今更ながらに尋ねた。
 「そういえば……あなたも、その、〝能力者〟なんですか」
 そうだ、と無視されなかったことにほっとしつつ、秋臣は答えた。
 「俺は、七瀬ともお前とも違う世界を視る。俺はお前たちのようにいつも何かが視えているわけじゃないが」
 お前呼ばわりされたことが気に喰わなかったのか、律は眉をひそめたが、好奇心のほうが勝ったらしい。秋臣にさらに尋ねた。
 「あなたはどんな世界を視るんですか」
 秋臣は言葉に詰まった。千里眼のことを簡単に言えばいい。そう思うのだが、そもそも今日、七瀬の家に来たのは、友人にもう一つの能力を改めて打ち明けるためだった。だから、その友人のいる前で、千里眼だけ簡単に紹介するのもなにか違う気がする。かといって、知り合ったばかりの、しかも何故だか秋臣を目の敵にしている少年に、もう一つの能力も教えるつもりはなかった。
 秋臣の沈黙で彼の迷いを汲み取ったらしく、七瀬が助け舟を出した。
 「秋臣のはね、いわゆる千里眼というものだよ。自分のいない場所、遠くの時間に起きた出来事を視るんだ」
 七瀬は律にそう説明しながら、卓袱台の下で軽く秋臣の膝を叩いた。大丈夫、わかっている、というように。
 秋臣はほっとして、七瀬の説明に加わった。
 「といっても、視たい場所、時間を指定できるわけじゃない。何年間もそれが起こらないことだってある。コントロールはできないものだ」
 ふうん、と律は呟いた。「なんだか、あまり大層なものではありませんね」
 そんなことは秋臣自身も分かっていたので、ふん、と鼻で笑った。
 「まあ、能力なんてそんなものさ。付属物でしかない」
 付属物。そうだ。まず最初に久世秋臣という人間があって、そこに組み込まれた能力でしかない。それは、七瀬も、律の場合も、同じだった。
 しかし、その付属物に振り回されていたのでは、たまったものではない。
 「で、俺の話はいいから、この三人がやることは、さっき言ったことで異論はないよな」
 七瀬は頷いたが、律は異論の声を上げた。
 「おれはそんなに悠長には待てません。クリスマスイブまで、あと何日あると思ってるんですか。おれはもう限界だから、ここへ来たんですよ」
 あんなのに追いかけられるのは、もうごめんです、と律は切羽詰まった調子で言った。
 確かに、彼の言うことにも一理ある。秋臣は幽霊を視ることはできないが、死んだ人間の魂に追いかけられては、精神が参ってしまうだろう。
 じゃあ、と七瀬が提案した。
 「律くんの周りに結界を張ればいいんじゃないかな」
 律くんと呼ばれたことに対してか、結界という言葉に対してか、律は虚を突かれたように目を見開いた。
 七瀬はにこにこと言う。
 「おれは幽霊のことは知らないけれど、律くんを追いかける幽霊が鳥居の中に入ってこられなかったということは、神社の結界が幽霊にも効いているということだと思う。神社の結界は、祀る神以外の妖をはじくためのものだけれど、この結界は現実世界に張られているものだから、もしかすると、現実に干渉している幽霊にも効いているのかもしれない。無数の世界は層のように重なっていると考えられていて、おれたちが他の世界を視られるのは、その世界との親和性が高いということもあるけれど、その世界自体が現実に干渉しているときだから、という理由もあるんだ。だから、現実に干渉している妖用の結界に、同じく干渉している幽霊が影響を受けるのかもしれない」
 なるほど、と律は頷いた。
 「結界……それは、簡単に張れるものなんですか」
 「ものによるね。短時間、狭い範囲ならそう難しくはないよ。ただ、律くんに結界を張るとなると、狭い範囲ではあるけれど、クリスマスイブまでの長期間だよね。幽霊は律くんの家の中とかにも入ってくる?」
 七瀬の問いに、律は頷いた。
 「はい、何度か入ってきました。おちおち寝てもいられなくなってるんです」
 なるほど、と七瀬は考え込む。
 「家用の結界と別にして、個人の結界の時間を少なくする……そのほうが、力の消耗が軽いかな」
 こういう時、秋臣は歯がゆくなる。秋臣自身の能力は、役に立たない。コントロールできない。コントロールできれば、秋臣の千里眼で、律の問題を解決してくれる人物を探し出せるかもしれないのに。そうすれば、七瀬が無理をせずに済む。知り合ったばかりの人間に、そこまでする必要はない、と七瀬に言いたかったが、彼は律を見捨てられないだろうことはわかっていたし、秋臣自身、そう簡単にむざむざと他人を見捨てられるような人間ではなかった。
 結界がかなり力を消耗することを理解したらしく、律も考え込んでいた。
 「あの……じゃあ、神社の結界って、ものすごく力を使いますよね。誰がこの結界を張っているんですか」
 「ああ、それは、おれの父の力が少しと、あとはこの神社の祭神様の力だね。ここに祀られているのは、蛇神なんだけれど、神としても、自分の縄張りに他の妖が入ってきてほしくないからね」
 「ということは、この神社の結界は絶対消えないし、神崎さんの力の負担にもならないということですね」
 そうだね、と七瀬は肯定したが、話がどこに向かっているのかあまり釈然としていないようだった。
 だが、秋臣にはこの話の流れが読めてきていた。確かに律が考えていることは、七瀬にとっても力を最小限に使うだけなので、良いことではあるが……
 「それなら」
 と、律は両手を卓袱台の上につき、身を乗り出して七瀬に頼み込んだ。
 「おれと同じものを視る人が見つかり、問題が解決するまで、ここに住まわせてくれませんか」
 え、と七瀬は驚いた顔をしたが、予想のついていた秋臣は内心で頭を抱えた。やはり、こういう展開になったか、と。
 七瀬は戸惑いつつ、律に確認する。
 「でも、律くんの御家族が心配するんじゃない?」
 大丈夫です、と彼は強く言い切った。
 「うちは放任主義なので。基本、成績が良ければ何も言われません。冬季の勉強合宿だとでも言っておけば気にしません」
 どうしてもこの提案を逃したくないのか、律はさらに身を乗り出して言葉を重ねた。
 「もちろん、宿泊のお金は払います。迷惑はかけません、ただこの結界内に居させてもらうだけでいいんです。そうすれば、神崎さんの力の負担は減ります。おれのことはいない存在だとでも思っていただければ」
 七瀬は両手で律の勢いを抑える身振りをしつつ、言った。
 「お金は大丈夫だけれど……念のため、律くんの御家族には連絡しておこう。ここで勉強合宿といってもいいから、連絡先を伝えないとね」
 「それじゃあ、いいんですね」
 うん、と七瀬は言った。これを予想していた秋臣は、隠れてそっと溜息をついた。
 「じゃあ、おれ、今から荷物を持ってきます」
 「うん、なら、律くんの周りに結界を張ろう。こういう場合は、お守りを持ってもらうといいかもしれないね」
 そういって七瀬は少し席を外すと、白いお守り袋を持って帰ってきた。
 「これを持って行って。たぶん、律くんの半径五メートル以内には、幽霊は入れないと思うよ」
 律は怪訝そうにお守りを受け取った。
 「お守りって、結界になるんですか」
 「まあ、ある意味ね。家内安全は、家の中に結界を張る。健康や勉学のお守りは、それを持つ人の身体にだね。妖が干渉することで起こる弊害を防ぐ。すごい効果があるわけじゃないけれど、そのお守りには俺の力も注いできたから、普通のお守りよりは強い効果を発揮すると思う。幽霊が視えなくなるわけじゃないけれど、少なくとも、律くんに近づくことはできない」
 ありがとうございます、と大事そうにそのお守りを制服の胸ポケットにしまい、律は家の住所と連絡先を紙に書き、おもむろに立ち上がった。
 「荷物を取ってきます」
 律が出て行った後、茶器を片付けながら、七瀬は躊躇いがちに秋臣に声をかけた。
 「あの、秋臣」
 七瀬の手にある、茶器の載った盆を代わりに持ち、秋臣は背を向けていった。
 「まあ、別に、これが一番いい方法だとは思うが」
 肩越しに振り返り、ポーズとして睨んだ。
 「簡単に他人を泊めてるんじゃねえぞ」
 七瀬はそっと秋臣の腕に手を置いた。
 「秋臣、もしよかったら……」
 「もちろん、俺も泊まり込むよ、あいつが出ていくまでな」
 秋臣は相好を崩した。
 「こういう時のために、荷物を七瀬の家に置いておいてよかった」
 七瀬もふっと笑った。
 「あの荷物、こういう時のためだったの?」
 「念のため。また蛇神みたいなこととかあったら、困ると思ってだけどな」
 「秋臣、簡単に他人を泊めるなと言いつつ、君は蛇神の時、律くんみたいに泊りに押し掛けてきたよね」
 秋臣は流し台に茶器を置き、顔をしかめた。
 「あれは、七瀬が心配だったんだよ」
 「うん、ありがとう。しかも、客用の寝室が遠いという理由で、俺の隣に移ってきて」
 あの時は内心、いろいろ複雑だったよ、と七瀬は茶器を洗いながら言った。
 秋臣は顔を赤くし、額に手をやった。
 「あれは……必死だったんだよ。別に他意はなく」
 「そうだったろうね」
 その声にどことなく寂しさを感じて、秋臣は黙って七瀬の首に腕を回した。しばらくそうしていると、七瀬の喉が震える。
 「……秋臣」
 「なんだよ」
 「……苦しい」
 「だろうな、首を絞めてる」
 と冗談が冗談と聞こえない口調で言い、秋臣は七瀬を解放した。
 「それにしても、あいつが帰ってくる前に、浅沼律という人間を調べておかないとな。あいつの家の住所と連絡先も貰ったし」
 「一応、妖たちの噂にのぼっていないか聞いてみる」
 秋臣は律の連絡先の紙をひらひらとさせながら、首をひねった。
 「……なんか、この名前が引っかかるんだよなあ」
 「どこかで知り合いだった? 律くん、秋臣の名前に反応してたよね――名前というより、久世という苗字か」
 「まあ、久世というだけでいろいろ言われるのは慣れてるんだがな……俺がしたことじゃないのに敵意を持たれても困る」
 秋臣は溜息をついた。
 「……まあ、ちょっと誰かに問い合わせてみるか……あんまり気は進まないが」
 けれど秋臣には、それよりも憂鬱で気になることがあるのだった。
 「なあ」
 と秋臣は七瀬の背中に向かって打ち明けた。
 「あいつ、やけにお前との距離感、近くないか」
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