七瀬と秋臣

青江 いるか

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冬の炎

夕食

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 神崎家に秋臣も泊まることを、意外にもすんなり、浅沼律は受け入れた。「そうですか」と言ったっきり、手土産を七瀬に渡して、あてがわれた客用の寝室――気絶した律が寝ていたところでもある――に引き下がった。
 浅沼律という人間がよくわからなくて、秋臣は若干、戸惑う。
 この少年については、彼が戻ってくるまでに、あらかた調べはついていた。
 浅沼律という名はもちろん偽名ではなく、ちゃんと存在していた。所属する中学校も、学年もちゃんと確認が取れた。また、連絡先の住所も現実に存在していた。アパートで両親と三人暮らし。現在の住所には八年ほど前に越してきたらしい。父親は出版社勤務の会社員、母親は教師。その一人息子は品行方正、成績優秀で、周りからの評判も良い。これらは妖が集めた情報だ。
 そして、秋臣の記憶に引っかかった名前だが、久世家の誰にも連絡が取れなかった。まあ、何故記憶に引っかかったのかは、そんなに重要なことでもないだろう、そのうち思い出すだろう、と思って、秋臣は電話を置いた。
 「今日の夕飯は何にしようか」
 七瀬はエプロンを手にして秋臣に声をかける。秋臣はそちらを向いて、答えた。
 「ん――、鍋がいいんじゃないか」
 食材はあるか、と秋臣が問うと、ある、と七瀬は答えた。
 「白菜と長ネギは、今朝、ご近所さんから貰った。人参もあるし、豆腐ともやしは買ってあるし……あとは、今日までの鶏の挽肉があるから、つくねを作ろう。なに鍋がいいかな、和風かなあ」
 「よし、浅沼に訊いてこよう」
 秋臣は、浅沼律のことが苦手だったが(嫌われているようだし、彼のことがよくわからないので)、苦手だからといって無視する神経はしていない。仲良くなれなくても、短い期間、同じ屋根の下で暮らすのだから、少しでも気持ちよく過ごしたいと思う。
 「夕食の準備を手伝う気はないか」
 律の部屋の障子戸の前で、秋臣は声をかける。すると、すぐさま戸がガラッと開いた。
 「もちろん手伝いますよ」
 と言って、律はさっさと歩きだした。
 「嫌な顔をされるよりはマシか……」と呟き、秋臣は律の背中に声をかけた。
 「おい、台所はそっちじゃないぞ」
 ぴた、と律は足を止め、振り返った。秋臣はにやりと笑い、「こっちだぞ」と背を向ける。
 台所では、鍋の準備が進んでいた。
 「あ、律くん、食べられないものとかある?」
 いえ、と律は七瀬に答え、台所を見渡した。
 「作るんですか……?」
 「そうだよ」
 当然のように七瀬は答えたが、律は物珍しそうに台所を見た。
 「おれの家、誰もほとんど料理しないから、なんだか不思議です」
 冷蔵庫から挽肉を取り出しながら、「飯はどうしてるんだ?」と秋臣は尋ねた。
 「それぞれ、適当に。あるものを食べたり、なかったら別に」
 「腹空かないか」
 「おれは給食があるのでもちます」
 と、成長期に耳を疑うような発言をした律を、秋臣はある意味で納得の表情で見た。おそらく、律はとことん食に興味のない人間なのだろう。だから細身であんなに軽いのだ。本人は平気でも、秋臣のほうが心配になる。
 「無理にとは言わねえが、食えるならもっと食ったほうがいいと思うぞ。お前、ちょっと軽すぎる。運ぶのには助かったが」
 「無理して運ばなくてもよかったのに」
 「別に無理してねえよ。放っておけねえだろ」
 考え込む律に、秋臣はボウルと食材を渡した。
 「お前に包丁を持たせるのはなんだか不安になったから、つくねを作るのに、この材料を混ぜてくれ。一緒にやるから」
 「はあ」
 秋臣は律の隣に立って、挽肉やネギをボウルに投入する。律はぼそりと言った。
 「なんで、あなたはおれに構うんですか。教えてくれるのなら、神崎さんのほうがいいです。おれは神崎さんを訪ねてきたんですから」
 秋臣はすぐには答えなかった。突然やってきた律に軽い嫉妬を覚えたのは事実だが、この少年を放っておけないというのも一部の真実だった。
 だがやはり、七瀬にあまり近づけたくないというのも事実で。
 「少しでも七瀬の負担を減らすためだ」
 という回答で、秋臣は律に返した。
 「……はあ」
 と、律は溜息とも相槌ともとれる声を出し、黙って秋臣の指示に従った。
 律はあまり料理経験がないにもかかわらず、そう大きな失敗もせず――秋臣が彼に包丁を持たせなかったせいもある――鍋と具材はきちんとセットされ(結局、和風のだし風味のスープになった)、夕食の準備は整った。
 「――そういえば、神崎さんの御家族は、まだ帰っていらっしゃらないんですか」
 夕食の席で、周りを見回しながら律は尋ねた。
 「ああ、父は今、妖がらみのことで出てるよ。いつ帰ってくるかは分からないな。関西のほうに行ったみたいだから、長引けば、もしかしたらクリスマスイブの会合まで帰ってこないかもしれないね。母は亡くなってる」
 律は「……すみません」と言った。それから、すぐに別の問いに移った。
 「会合というのは、この辺りで行われるんですか」
 秋臣が代わって答える。
 「〝能力者〟のグループは、地域ごとにある。会合も地域ごとで行われることが多いな。時々、国際的な会合があるらしいが、俺は知らない。七瀬が言っていた、クリスマスイブにある会合は、この辺りの地域の集まりだ。今回の場所は境寺だったかな」
 「境寺?」
 律の知らない場所らしい。七瀬は周辺の地図を持ってきて、赤ペンで印をつけた。
 「ここだよ。律くんの通う中学校からそう遠くないね。境寺の住職さんは〝能力者〟じゃないけれど、おれたちのような人を理解して支援してくれているんだ。おれもあったことあるけど、気さくでいい人だよ」
 「〝能力者〟じゃなくても、そういう能力を信じる人っているんですね」
 意外そうに律は言った。
 秋臣が鍋をよそる用のお玉を持ってきて、言う。
 「境寺の住職は、俺も知ってる。確か、弟が〝能力者〟だったんだよ。身近にいたから信じやすかったのかもしれないな。それで思い出したんだが、もしかすると、住職の弟は幽霊を視る〝能力者〟だったかもしれない」
 え、と律は顔を上げた。
 「明日にでも、境寺に行って確認してくるよ。あの人は人脈も広いから、もしかすると、お前の問題を解決する適当な人材を知っているかもしれないし」
 「会合に出るかもしれないから、一応、律くんのことも言っておかないとね」
 律は、少し怯えのようなものを見せた。
 「……会合というのは、そんな簡単に出られるものなんですか」
 秋臣は少し考えて答えた。
 「出られると思うが。会合と言っても、不定期の気ままで緩いものらしいぞ。まあ、一人で最初に飛び込んでいくには勇気がいるかもしれないが……」
 秋臣はそこで、はたと気づいた。
 「こいつがもし、会合に出ることになったら、俺たちが付き添っていったほうがいいのか」
 「おれはそのつもりだったけど」
 七瀬は付け加えた。
 「でも、秋臣は無理しなくても。家族のこととか、いろいろあるでしょう」
 秋臣はこつん、と七瀬の額に拳を当てた。
 「それはお前も同じだろ。行くさ、七瀬が行くならな」
 その二人のやり取りを、律は半ば不思議そうに見ていた。
 「……あの、自分から助けを求めておいてなんですけど、なんでおれのためにいろいろ我慢してやってくれるんですか」
 七瀬は一瞬ぽかんとして、それから笑った。
 「助けを求めてもらったら、それに応えたいから」
 秋臣は取り皿を分けながら言った。
 「俺は別にお前のためじゃないが」
 「おれも別にあなたに訊いていませんが」
 は、と秋臣は笑い、「まあ、とにかく食えよ」とお玉を律に差し出した。

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