七瀬と秋臣

青江 いるか

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冬の炎

冬の炎

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 俺には昔から見る夢がある。悪夢ともいえるものだ。それは、ある家が火事になってそれをただ茫然と見つめているというものだ。それで終わりじゃないんだが――今は、それだけを言っておく。
 その夢は、幼いころの俺の記憶なんだ。俺が八歳だか九歳だかくらいの頃、本当に経験したことだ。
 俺はその当時、千里眼の能力はすでに経験していた。世界が一つではなく無数にあること、〝能力者〟のことも、家族から聞かされて知っていた。〝能力者〟の中には現実以外に二つ以上の世界に触れる人間もいるということも。
 だが、自分がそういう人間だったとは、思いもしなかった。
 そのころ、久世家の雰囲気はあまりよくなかった。父が県議員選を控えていたせいもあったし、久世家を嗅ぎまわる記者がいたりしたらしい。俺は幼かったから、よく覚えていないが。
 ただ、そのころ覚えているのは、俺はよく、家から少し離れた公園に通っていたことだ。なんとなく、家には居づらかった。そして、できるだけ家から離れたかった。同級生と遊ぶのもあまりしたくなかった。
 その公園では、よく、俺と同じく一人で来ている子どもがいた。俺よりも幾つか年下のようだった。だが、互いに話したりはしていなかった。
 そんなある日、俺は具合がよくないのに外に出ていた。家は殺伐としていて、具合が悪いからといって、気楽に休める状態じゃなかった。
 そんな状態で真冬の公園のベンチで座っていたら、そりゃあ、具合は悪化するよな。だんだん意識がもうろうとしてきた。
 そのときに俺の様子に気づいて声をかけてきたのが、その子どもだったんだ。
 名前は忘れてしまった。だが、家が近いからと言って、その子は自分の家に連れて行ってくれた。住宅街にある、一軒家の立派な家だったな。
 それがきっかけだった。
 それ以来、公園で合うと言葉を交わすようになった。そいつの家族は留守にしがちで、だからよく、公園に出てきていたらしい。
 仲たがいした理由は、よく覚えていない。きっと他愛もないことだったんだろう。
 だが俺は、そいつに怒りを覚えた。ちょうどそのころ、隣町で不審火が相次いでいた。俺はそれが頭にあって、思わず、そいつの家も燃えてしまえ、なんていうようなことを言った。
 そしてその夜、千里眼でそいつの家が火事になるのを視た。
 千里眼の能力が現れたのは、それが二度目だった。これは現在か未来のことだと思った。
 だから確認したくて、夜中にこっそり抜け出して、そいつの家の近くまで行ったんだ。
 遠くからでも、火の手が上がっているのが分かった。焦げ臭い匂いも。
 千里眼で視た光景は、現在のことだったんだ。
 俺は呆然とした。
 炎を見つめているうちに、だんだんと自分の身体も熱く、燃えているような気がした。そしてなぜだか、痛みが体を貫いていた。
 熱くて痛くて、俺は両手で顔を覆った。そして両手を顔から離した時、手のひらに違和感を覚えた。
 俺の手のひらから、赤く小さな炎が燃え上がったんだ。
 両手は確かに熱いが、燃えているような感じではなかった。だが、その炎は本物だった。
 俺は目の前の火事と手のひらの炎を見比べた。
 見比べれば見比べるほど、その炎は同じもので、俺はなんだか怖くなった。
 それから後のことは、あまり覚えてはいない。おそらく家に帰ったんだろう。それから数日間は熱を出して寝込んだ。
 最初にこのことを打ち明けたのは、叔父にだ。叔父と婚約者の事故が起こるのはまだ数年先で、その婚約者と出会ってさえない頃だった。
 すぐに家族会議が開かれた。俺はみんなの前で、自分の手のひらから炎を出して見せた。あの夜のことは夢ではなかったんだ。
 俺は千里眼のほかに、もう一つの能力も持つイレギュラーな存在だと告げられた。俺が触れられるもう一つの世界は、炎に満ちた、灼熱の世界らしい。俺はその世界の全貌を「視る」のではなく、その世界の一部を――つまり炎を――現実に引っ張り出すことができる、というわけだ。祖母は、俺のような能力者を知っていた。その人は炎ではなく、風を現実に引っ張り出す――風を起こす能力だったらしいが。
 俺は、新たな能力が目覚めたことよりも、その能力で、もしかしたら、火事を起こしてしまったんではないか、そう不安だった。
 家族に実験させられたが、手のひらにではなくても、少し離れたところにも、念じれば火を起こすことができたんだ。
 ただ、視界に入らない場所には、火を起こせなかった。だから、それを引き合いに出して、叔父は、火事を起こしたかもしれないと訴える俺を慰めた。
 秋臣のせいじゃない、と。
 まあ、冷静に考えても、事実を鑑みても、そうだよな。偶然の出来事だ。具合の悪い偶然だよ。
 だが――頭ではそう分かっていても、心が言うことを聞かない。
 あの火事は、不審火だった。放火だと言われた。俺の能力が暴走したのではないと、誰が確信を持って言えるのだ? 暴走したら、もしかしたら、視界の外へも、力を及ぼすのではないか?
 幸いにもあの火事で死傷者は出なかったが、家は全焼した。あの子は火事の後、どこかへ家族で引っ越したらしい。
 あれ以来、俺は、その火事の夢を見るようになった。
 いつもじゃない。時々だ。
 ただ――最近、その夢を見る頻度が高くなってきているんだ。
 ここのところ俺の顔色が悪いのは、頻度が高くなった理由がわからなくてイラついているせいだよ。





 秋臣は口を閉じると、自分の両手を見つめた。
 七瀬は黙ったままだ。秋臣の能力については、知っていたに違いないが、こんな背景があったとは思っていなかったのだろう。
 それでも七瀬が何も言わないままなので、秋臣は堪えきれなくなって、顔を上げた。すると、七瀬の苦しそうな顔つきが目に入る。
 「……何でお前のほうがそんなに苦しそうなんだよ」
 放火魔かもしれないから俺が嫌になったか、と、秋臣は敢えて軽口を叩く。
 七瀬は首をふるふると横に振り、ぎゅっと両手を膝の上で握りしめた。
 「……我儘なことを考えてた」
 思いもよらぬ返答に、秋臣は問い返す。
 「我儘なこと?」
 七瀬は顔を逸らして言った。
 「……その火事は絶対に秋臣のせいじゃない。そう、その当時におれが言えたらよかったと思ってた。秋臣が相談したのがおれだったらな、叔父さんじゃなくて。おれが慰められたら――秋臣の心におれの存在だけが残っていればいいのに――という、自分勝手なことを」
 秋臣はそれを聞いて、はは、と笑い声をあげた。
 「やきもちか」
 「やきもちだよ」
 秋臣はおもむろに立ち上がった。
 「最初に、今は言わないでおくと言った、火事の夢の続きだけどさ」
 襖の敷居を越えて、秋臣は七瀬の部屋に入った。
 「昔は、叔父の手が差し伸べられて、そして消えてしまう、という展開だったんだ。だけど、最近は、違う手が差し伸べられて、俺を受け入れてくれるんだ。だから、あの夢が前ほど不穏ではなくなったんだぜ。その新たな手の持ち主は誰だと思う」
 秋臣はかがんで、七瀬の頭を胸元に抱き寄せた。
 「お前だよ、七瀬」


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