七瀬と秋臣

青江 いるか

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冬の炎

過去のつながり

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 「どうでした」
 二人が神崎家に帰ってきてすぐ、律も帰宅した。そして開口一番、そう尋ねた。
 「やっぱり、住職の弟は幽霊が視える体質だったみたいだ」
 それを聞いて、ぱあっと律の顔が輝く。その希望に水を差すようで気が引けるが、秋臣は事実を伝えた。
 「ただ、その弟はすでに亡くなっていて、住職が相談に乗ってくれた」
 「――そう、ですか」
 落胆した律に、秋臣は情報を付け加えた。
 「ただ、他にも幽霊の視える知り合いがいるらしく、連絡先を貰ってきた。それから――」
 と、町浦に聞いた話を、七瀬と協力して、律にできるだけ正確に伝えた。
 聞き終えた後、律はその連絡先の紙を見つめ、言った。
 「じゃあ……このままだと、クリスマスイブまで待たなくてはいけないんですね」
 「それまでに、その女性に連絡が取れなければ、な」
 町浦にもらった連絡先には、鷲宮怜子という名前が記されていた。それがその女性の名前なのだろう。それから、携帯電話の番号とメールアドレスが書かれている。
 「それまで、耐えられそうかな」
 七瀬が気づかわしげに問う。律は連絡先の紙を丁寧に畳んで答えた。
 「大丈夫です。何とかします」
 そして、律はすぐに、座布団に手をついて立ち上がった。
 「すみません、学校に忘れ物をしたので取りに行ってきます」
 そう言い捨て、秋臣と七瀬の反応も見ずに部屋を出ていく。高校生二人は互いの顔を見合わせた。
 「……俺、あいつのこと、よくわからねえよ」
 「おれたちに言ってくれればいいのにね」
 秋臣は律の座っていた座布団をめくる。そこには、七瀬が律にあげたお守りがあった。
 「あいつ、クリスマスイブまで待てないもんで、住職の言った対処法を片っ端から試してみるつもりだな」
 あんなに怯えて助けを求めてきたのに、と秋臣は首をふるふると振る。お守りを置いていったのは、幽霊と近づいてその対処法を試すためだろう。
 「自分を追いかける幽霊が、ただ死んだことを理解していないだけの無害なもの、と解釈して強気になったのかもしれないね。でも、幽霊が本当にそうだとは限らない……危ないかもね」
 七瀬は立ち上がって、律を追いかける準備をした。しかし、そんな友人を秋臣は手で止める。
 「七瀬はここにいてくれ。俺が行く」
 でも、と言い募ろうとした七瀬に、秋臣は笑みを見せて言った。
 「もしかしたら、俺たちが見つける前に、あいつがここに逃げ戻ってくるかもしれないだろ。そのとき、誰かがここにいたほうがいい」
 しばし考え、七瀬は納得して頷いた。
 「わかった。じゃあ、これを」
 そういって、七瀬が渡してきたのは、紐に通した鈴だった。
 「これは」
 それは、秋臣も親しい妖の八咫烏から、七瀬が貰ったものだ。鈴の音は、世界と世界の境界を明確にする機能を持つ。実際に、その鈴を鳴らして、蛇神から一時逃れられたことがある。
 「鈴はどんな世界とも境界を明確にしてくれる。本当は、律くんに渡しておこうと準備していたんだけど、秋臣が持って行って。危なそうだったら、これを使って」
 「了解」
 ぱしっとそれを受け取って、律が置いて言ったお守りも持ち、秋臣は部屋を出る。
 「妖からも情報を得られたら、連絡するよ」
 背中にかかった七瀬の言葉に、秋臣は鈴を持つ片手をあげて答えた。
 神社を出た秋臣は、辺りを見回した。期待はしていなかったが、近くに律の姿はない。
 秋臣には律がどこへ向かったか、見当がついているわけではなかった。しかし、何とか推測していくしかない。
 律の言葉通りに彼が学校へ戻ったとは考えにくい。幽霊と対決するなら、おそらく人の多くない場所を選ぶはずだ。律がひとりで何もない場所へ向かって話していても、理解できない行動をしていても、見とがめる人がいないような。
 自宅のアパートも、考えにくい。幽霊に自宅を知られたくないはずだ。たとえ幽霊が既に知っているとしても、わざわざ自宅に招きたくはないだろう。
 他には、どんな候補がある?
 秋臣は考えたが、律の行動範囲などは知らず、彼がこの町のどこを知っていて、どこを知っていないのか、分からなかった。
 こんな時、千里眼をコントロールできたら、と秋臣は思う。そうすれば、今、律がどこにいるか一発でわかるのに、と。
 しかし、出来ないことにこだわっていても仕方ない。やみくもにでも探すしかないか、と秋臣が思った時、ポケットの携帯電話が入った。
 「――七瀬」
 『秋臣、八咫烏が律くんを視たそうだよ』
 妖の情報網が早くて助かった、と秋臣は安堵する。
 「どこでだ?」
 『柳町のほうに向かっていたみたいだ』
 柳町、という単語に、秋臣の手が一瞬震える。
 『――秋臣? 場所はわかる?』
 七瀬の声に我に返って、秋臣はすぐさま答える。
 「大丈夫だ、すぐに向かう。ありがとな」
 通話を切り、秋臣は複雑な思いを抱えながら走った。
 柳町、それは、八年ほど前、あの火事があったあたりの地名だった。
 最近よく見る火事の夢。それは、ただの記憶の繰り返しではなく、何かを暗示していたのか?
 境寺の住職が言っていた、そして秋臣たちが律に伝えた、幽霊を死後の世界へ送り出す方法を思い出す。
 火。
 まさか、火でもつけるつもりじゃないよな、と秋臣の心に不安の影がよぎった。
 浅沼律は良い子だ。だが、一人で考え突っ走るところがある。それは、この三日間だけで理解した。そして、彼はあまり他人を頼らないことも。だから、彼が城守神社を訪ねてきたのは、よっぽど切羽詰まっていたのだ。
 だったら、助けてやらないとな、と秋臣は思うのだ。
 秋臣は比較的、長距離走のほうが得意なタイプなので、あまり息も切らさず、柳町のあたりに入った。
 この辺りに来るのは、本当に久しぶり、下手をすると八年ぶりくらいかもしれなかった。そして、この辺りで知っている場所と言えば、八年前によく通っていた公園と、そこで出会った少年の家――今は火事で焼失してしまったが――くらいだった。
 とりあえず知っている公園へ向かおう、と秋臣は記憶に従って、そちらへ足を向ける。
 道順は意外と忘れていないものだった。火事前後の記憶は、昔のことだけあってかなり曖昧で混乱しているというのに、足は道を覚えているのだった。
 公園は記憶にあるより意外と小さく、思ったよりも緑が多く、記憶よりも人気が無かった。
 そして、公園の隅で、うずくまって両手を振り回している少年がいた。
 「――浅沼」
 秋臣は駆けだした。秋臣には幽霊は視えないが、おそらくその近くにそれはいて、律が襲われているのだろう、ということは理解できた。
 駆けつける足音に気づいたのだろう、律が顔を上げてこちらを見る。
 鈴はあまり遠くで鳴らしても、効果が出ない。きちんと、境界を明確にしたいところで鳴らさなければならない。
 「幽霊が近くにいるんだな、どこにいるか指さして教えてくれ」
 律の傍に辿り着いてお守りの効果が出るのでは遅いと考え、まだ律から離れたところで秋臣が問う。言われるがまま、律は自分の左のほうを指さす。
 秋臣はすぐさま、律の指さす方向に向かって、鈴を投げた。
 しゃりん、と鈴が鳴り。
 その鈴は転がって落ちた。
 秋臣はそれで成功したのか知るすべがなかったが、その間に律の傍に辿り着く。
 「今のは……鈴が鳴った途端、幽霊が消えた……?」
 律の呟きで、秋臣の行動は成功したのが分かった。
 「一時的なものだ。死後の世界に送れたわけじゃねえと思う。とにかく、このお守りは持ってろ」
 秋臣は、お守りを律の胸に押し付ける。
 「言い訳と、どんなことが起こったのかは、神社に帰ってから聞く。立てるか?」
 律は立ち上がろうとしてふらついた。秋臣がとっさに彼の身体を支える。
 「――大丈夫です」
 律はあくまで、秋臣の支えを拒否して、ひとりで歩きだした。
 秋臣は溜息をつく。律の足取りはやや危うかったが、どこか怪我をしているわけではないようなので、それ以上は余計な手出しをしないことにした。
 秋臣は、鈴を拾い上げてから律に追いついて並ぶ。そして、七瀬へ、律が無事に見つかり、連れ帰ることを簡単に連絡した。
 それを終えて、秋臣は律に言った
 「七瀬が心配してたぞ」
 律は俯いてその顔を隠す。
 「……何でここがわかったんですか」
 「七瀬の知り合いの妖が、お前がこっちへ向かうのを見たんだよ」
 そうですか、とただそれだけを律は言った。
 そして、しばらく二人して黙々と歩き続けていたが、唐突に律が秋臣に話しかけてきた。
 「あなたは、他人の敵意に恐怖を覚えることってありますか」 
 律が話しかけてきたことと、その内容に驚きつつ、秋臣はできるだけ誠実に答えた。
 「恐怖か……他人に敵意を向けられるのは俺も怖いな。特に、それが自分にはどうしようもないことで起こる敵意は」
 お前の敵意も怖いんだぞ、という軽口は、さすがに秋臣も言わなかった。律の敵意はうんざりするが、正直、怖くはない。
 「その敵意で……さっきのおれみたいに、パニックになったりしますか」
 秋臣はちらりと律を見てから、目を戻して「いや」と答えた。
 「パニックになったことはないな」
 そうですか、と律は言い、しかしそこで会話をやめにはしなかった。
 駄目なんですよ、と律は自棄になったかのように打ち明けた。
 「おれは敵意を向けられるとパニックになるんですよ。馬鹿にしたいなら馬鹿にすればいいですけど、おれ、ほんと、八年前に家が放火されてから、他人の敵意がひどく怖いんです」
 え……と秋臣は足を止めた。
 律はそれに気づかず、歩き続ける。
 「八年前まで、おれの家族は、この近くの一軒家に住んでいました。ところがある日、不審火で家が全焼した。おれは当時、小学校に上がったばかりでした。夜中だったけれど、父も母もおれも、無事に逃げられました――けれど、他はすべて燃えました。火事は放火らしい、だけど犯人はわからない――そんな結末です。だけど、おれは、見ました」
 どんどん進んでいく律の影が長く伸びている。けれど、その影さえ、もう秋臣の手の届かないところにある。
 「その火事の最中、なにか、火のついたものを持っている人間を。それは、当時のおれの友達でした。だけどそれを見た時は記憶がごちゃ混ぜになっていて、見たことを上手く言葉にできないまま月日が過ぎました。おれ自身も、あんまり理解していなかったかもしれない。だけど、最近、そのときのことを強く思い出します。彼とはあの公園でたまに会っていただけだったので、顔も名前も、もう思い出せませんけど。でも」
 秋臣は動けなかった。
 「ちょうど火事になった日、おれとその友達は喧嘩をしたんです。彼は、おれの家を燃やしてやる、というようなことを言いました。そしてその夜、おれの家が火事になった」
 だから、おれは、他人の敵意がとても怖いんです、たとえそれが人間でなく幽霊でも。
 そう言葉を落として、律はやっと、秋臣が隣にいないことに気づいたらしい。振り返って、怪訝そうに眉をひそめた。
 「……信じませんか」
 そう問う少年に、秋臣は「いいや」と答えるしかなかった。
 信じるも信じないもなにもない。多少の食い違いはあるものの、それは一部、事実であることを知っていたから。
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