七瀬と秋臣

青江 いるか

文字の大きさ
27 / 27
冬の炎

クリスマス・イヴ

しおりを挟む
 クリスマス商戦も、クライマックスである。
 店の商品には、すでにセールで値引きされているものもある。それらを何という気もなしに眺めながら、そういえば何もプレゼントを用意していないぞ、と秋臣は唐突に気づいた。
 横目で隣の七瀬を見ると、彼は友人の視線に気づき、微笑む。秋臣は今しがた気づいた事実を悟られないよう、内心で慌てながら笑みを返した。
 本日はクリスマスイブ。今しがた、律を〝能力者〟の会合場所である境寺に送り届けてきたところだ。
 あれから律は、泣いたとわかる赤い目を隠そうともせず、部屋から出てきて、
「過去のことはすべて忘れたということにします。おれは、幽霊の視える浅沼律で、あなたたちは、妖の視える神崎七瀬さんと、千里眼を持ち炎に近しい久世秋臣さんです。そしてあなたたちは、おれが同じ能力の人に助言をもらえるまで、助けてくれる人です。そう理解します」
と宣言した。
そうして、それから律は新たに幽霊に襲われることもなく、無事にクリスマスイブの今日を迎えられたのである。
 境寺の住職が紹介してくれた鷲宮という女性には、未だ連絡がついていなかったが、今日の会合には来るらしいので、とりあえず今後の律のことは一安心してよいだろう。律は、自分の保護者は要らないと言った。ついてこなくても平気だと。秋臣は元々、会合に行くことに乗り気ではなかったし、律がそういうのなら、ということで、七瀬も今回は遠慮した。
 いろいろとあったが、秋臣は自分の過去と向き合えたし、まあ結果オーライかなと思う。
 だから、秋臣は呟いた。
 「俺にとってクリスマスイブは、あの火事が起きた厄日だったんだが」
 七瀬の視線を感じて、秋臣は軽く肩をすくめた。
 「どうやら、今年からは少し違う感想を持てそうだ」
 「妹が生まれるから?」
 七瀬に問われ、秋臣は笑った。
 「それもあるが――」
おまえがいてくれるから、と続けようとして、秋臣はやはり恥ずかしくなって黙った。追及される前に、彼は少し別のことを言う。
「――ああ、そういえば、妹が今日生まれることと、火事の夢が頻発してきたこと、八年前の火事がこの日だったこと、関連があるのかもしれないと思ったが、別に全部が全部、関係あるわけじゃなかったなあ」
火事の夢が頻発したのは、秋臣の無意識が、これから起こる浅沼律との再会を感じ取っていたからかもしれない。
だが、それだけだ。八年前に秋臣と律が出会ったこと、律の父親が久世家を調べていたこと、浅沼家が火事になりそれがきっかけで秋臣の能力が発現したこと――複雑に絡み合っているように思えるが、結局はただの偶然だった。そして、今回のことも。
しかし、七瀬は「そうかな?」と言った。
「もしかしたら、秋臣の厄日を塗り替えるために、君の妹はこの日に誕生することを選んだのかもしれないよ」
本気かどうか、七瀬はそんなことを言う。
「……まあ、まだ妹は生まれてないがな」
「でも、秋臣のお母さんが今日だと言っているんだから、きっと今日なんでしょう」
それはそうなので、秋臣はただ頷いておいた。
 「帰ったら夕食にしようね。お腹空いた」
 今夜の夕食のメインであるチキンは、すでに冷蔵庫で漬け込まれていて、あとはローストするだけだ。他にサラダの材料も冷蔵庫に揃っている。クリスマスケーキはホールで食べたかったので、二人でも食べきれるサイズを手作りしてあった。
 実は秋臣は以前、甘いものがそれほど得意ではなかった。従姉妹たちのそう美味しくない(甘すぎる)手作り菓子(大抵は失敗作)を食べさせられていたからである。しかし、七瀬の作る菓子は美味しく、彼のおかげで秋臣は甘党になりかけていた。
 「そうだな、俺も腹減った」
 とは言ったものの、秋臣は少し上の空で相槌を打っていた。七瀬にクリスマスプレゼントを用意していないことが、気にかかっていたのである。
 しばらく歩き続けながら考えた後、神社の石段を上っているところで、秋臣は口を開いた。
 「あのさ……七瀬、クリスマスに欲しいものはあるか」
 「え?」
 秋臣は頭を掻いた。
 「俺、何にもプレゼント用意してないんだ、クリスマスの」
 すると、七瀬はくすっと笑った。
 「おれのほうは、秋臣のプレゼントを用意しているって前提なんだね」
 秋臣の手が止まった。
 「……七瀬のことだから、そうだと思ってたんだが……」
 もしやとても恥ずかしい勘違いをしているのでは……と秋臣が不安になった時、「はい」と七瀬がトートバックから包装された袋を取り出した。
 「もちろん、用意していたけどね」
 いつ渡そうか、今日はずっと持ち歩いていたんだよ、と七瀬は照れたように言った。
 ちょうど石段を上りきり、鳥居の下に辿り着いたので、二人は立ち止まった。秋臣はプレゼントを受け取り、「開けていいか」と尋ねた。七瀬が頷いたので、包装紙を開くと、そこには深い緑色のマフラーがあった。
 「秋臣は、寒いのが苦手みたいだから」
 暖かくして、と言う七瀬に、秋臣はそのマフラーをずいと突き付けた。
 「え、と」
 戸惑う七瀬に、「……巻いてくれると嬉しいんだがな」と秋臣はぼそっと言った。思いがけないタイミングで渡されたプレゼントのせいで、少し大胆になっていたのである。
 それは七瀬も同じだったようだ。秋臣の手からマフラーを受け取り、そっとわずかに背伸びして友人の首にそれを巻き付けた。
 「――はい」
 「ありがとな」
 マフラーは暖かく、しかしそれ以上に心がほっこりしていた。いや、しすぎているといってもいいかもしれない。今更ながらに気恥ずかしい思いがして、秋臣の身体は急に熱くなってきていた。
 「――それで、七瀬の欲しいものの話だが」
 秋臣が話を元に戻すと、七瀬は彼のマフラーに何とはなしに触れた。
 「……こんな会話、おれの誕生日にもしたよね」
 そういえば、と秋臣も思い出す。あの時も、七瀬に欲しいものを尋ねたのだ。
 「そのとき、おれがなんて答えたか、覚えてる?」
 もちろん、秋臣はその答えを覚えていた。
 「当ててみて、だったよな」
 「おれが蛇神に言ったことを思い出してもらえれば、おれの欲しいものがわかる、とね」
 あの時は結局、七瀬は毎年自分の髪を切ってくれるよう、秋臣に頼んだ。蛇神に捧げるための髪を。
 「――あれから、分かった? おれの欲しいもの」
 分からなくてもいい、けれど分かっていてほしい、そんな思いが見え隠れする表情で、七瀬が秋臣の目をまっすぐ見た。
 あのときだって、秋臣はちゃんと、七瀬の心を分かっていた。しかし、ちゃんとした確信が欲しくて、「直接、俺に言えよ」と言った。そして七瀬は、その言葉に応えた。
 七瀬もあの時の秋臣と同じく、確信が欲しいのは当然だ。
 あのとき答えられなかったことを、今、秋臣はすべきだと思った。――いや、義務ではない。秋臣自身が、そうしたいと思った。
 マフラーに触れる七瀬の左手首を、秋臣は右手でつかんだ。そして反対の左手を、彼の頬へ伸ばす。
 七瀬の頬はひんやりとしていて、身体が熱くなっていた秋臣の手には心地よかった。その触れた場所から熱を伝えるように、優しく頬を撫でる。
 「……分かってた。そして、それを全部、お前にやるよ」
 前回と違って、今回はもう、二人の影は夕闇に同化している。ぼんやりと輝く星々は、彼らの影を映すほど眩しくも強くもない。ただ温かく、優しく、地上を見守っているだけだ。
 秋臣は右手をゆっくり引き、七瀬の身体は前に引き寄せられる。
 そして。
 ――秋臣のポケットで、携帯電話が振動した。
 はっと二人の距離の縮まりはそこで止まった。振動の音はやまない。仕方なく秋臣は七瀬を離して、ポケットから音の源を取り出した。表示された名前を見て、今まで以上に相手が嫌いになりそうだった。
 「――もしもし」
 『あ、秋臣! あんたの妹が生まれたよ! それでさ――』
 従姉の中で一番秋臣に年が近しい(そして一番お喋りである)彼女は、滔々と話し続ける。
嬉しい話題なのに、こんなにも複雑な気持になるのは何故だろうか。すべてはタイミングの悪さのせいである。
時を見計らって電話を切り、秋臣が七瀬を見ると、彼は苦笑していた。
「……秋臣って、肝心なところでいつもツイてないよね」
ともかく、おめでとう、と七瀬は祝いの言葉を述べた。
「生まれたんでしょう、妹が」
「ああ。それと同時に母親が名前を発表したってさ。冬姫だとよ」
冬の姫、と言いながら秋臣は空中に文字を書いた。
「冬に生まれたお姫さまか、いいね」
「念願の女の子だからな」
秋臣が肩をすくめる。ところで、と七瀬は尋ねた。
「帰らなくてもいいの?」
「別に。どうせ母親と妹は病院だし、もう時間的に入れないんじゃないか。安産だったっていうし、見舞うのは明日以降でいいだろ。家に帰っても叔母や従姉妹たちが来てるかもだしな。俺は七瀬とイブを過ごすほうがいい」
その言葉に、七瀬は正直に嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、そろそろ中へ入ろうか。寒いもんね」
続きは中で、と彼はしっかり付け加えた。
そのとき、「寒い」という七瀬の言葉に応えるように、冷たいものが秋臣の頬に触れた。
「――雪だ」
七瀬も空を見上げる。その顔に、髪に、真っ白な雪が舞い降りる。
思わず秋臣は七瀬を引き寄せ、さっきやり損ねたことをした。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

処理中です...