私だけの世界

青江 いるか

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崩壊

現実? それとも……

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あの少年が言ったことを、私は少し考えてみた。
 簡単に言うと、
 『この世界は現実ではなく、私の意思で回る』
 ということを、少年は言った。
 ……そんなことが、あり得るのだろうか?
 試しに、「明日は晴れてほしい」と願ってみた。もし明日が晴れたら、少年の言葉に信憑性を与えるようで、怖かった。だから、本心では雨になってほしいと思った。
 そうしたら、翌日は曇りだった。
 これではわからない。第一、私の『意思』は晴れと雨、どちらを願ったのだろう? そう考えると、ますますわからなくなった。
 けれど、考えに考えて、私の願いは叶わなかったのだと思うことにした。だって、私が願ったのが晴れでも雨でも、どちらにしろ叶わなかったってことなんだから。
 だから、少年の言葉は嘘で、私が気に病む必要はないんだ。
 私は、そう自分に言い聞かせた。でも、なにかを考えるとき、どうしても慎重になってしまう。あることが私の考えた通りになった時、偶然だとわかっていても、ひやっとした。胸に氷の矢が突き刺さったような、それがじわじわと溶けていくような、そんな冷たさ。一瞬だけれど、嫌な感じだった。無論、なにかを願うことなんてしなくなった。少年の言葉を信じているわけじゃない、決して。けれど……怖いんだ……
 もし私が、誰かをいなくなっちゃえばいいと思ったら?
 もし私が、世界なんてどうでもいいと思ったら?
 なにも変わらないはず……だけれど、考えるのが怖い。
 少年の言葉は、信じる信じないにかかわらず、私の心に影を落としている。それも、くっきりと、私だけにわかる形で。
 気が変になりそうだ。
 今、目の前で喋っている人が、実は意思のない人形だったら……そう考えると、私は恐怖で身体が動かなくなる。叫びだして、めちゃくちゃに暴れたくなる。それができたら、なにも考えずにそれができたら、どんなにいいだろう。
 でも、人形であるはずがないんだ。生身の人間なんだ。
 それが当たり前で、疑うこと自体おかしいのだと、そう自分に言い聞かせて、やっと自分を保っている。
 誰かに相談したかった。でも、誰が真剣に聞いて考えてくれる? おかしくなったのだと思われるにきまっているのに。もし私が聞く立場の人間だったら、やっぱり、おかしくなったのだと思うだろう。下手すると、気味悪く思ったり、相手を避けるようになるかもしれない。
 だから、あの少年を探してみようかとも思った。出会ったとき、彼は制服を着ていなかったから、それで通っている学校に見当をつけることはできない。着ていた服は、全体的に黒とか暗色でまとめていたけれど、どこにでも売ってそうな服で、手掛かりにはならないし。
 けれど、年齢は私と同じか一、二個上くらいだったから、学校に通っている可能性が高い。とすると、帰ってすぐ制服を着替えられる中高生――つまり、家も学校もそう遠くないところにある学生か、制服がない学校の生徒か。学校が休みだったとか、サボりだとか、他にも可能性はあるけれども。
 顔も声も覚えている。気に喰わないけれど、思い返すと顔はいいほうだったし。もう一度会ったなら、すぐに彼だとわかるはずだ。
 けれど――探し出して、どうする? 
 あの少年は、世間から見ると変人だ。もう一度会ったとしても、彼はまた訳のわからないことを言って、ますます私の心に影を落とすだけじゃないのか。
 それに、なぜ私のことをよく知っているようだったのか。はっきり言って、気味が悪かった。ストーカーとか、そういうものに遭うような顔をしていないとは、自分でもよくわかっているつもりだけれど。それでも変人の考えることは分からないし、私は偶然、容姿に関係なく、暇つぶしにでも目をつけられてしまったのかもしれない。
 そういう嫌な想像は、自分の思いとは別に、どんどん膨らんでいってしまうものだった。でも、私が一番恐れているのは、そういう想像が現実になることではなく、「ここは現実じゃない」と言われることだ。もう一度そういわれた時、私は自分を保っていられるだろうか。
 誰かといる時なら、こんなことは考えず、逆に少年を言い負かしてやろうとも思えるのだけど。ひとりになると、そういう気概がしぼんでくる。ああもう、自分がふがいないくて、嫌になる。考えすぎるのは私の性格じゃないのに。恐怖でパニックになりかけるなんて、そんなことが起ころうとは思いもしなかった。無理やりにでも、強い自分でいたかった。
 私は大丈夫――そう思うことにして、少年を探すことはするまい。私は少しずつ、彼の言ったことを忘れていけばいい。そして、普通の生活に本当の意味で戻ればいい。少年に言われた当初、気持ちはかなり不安定になっていたけれど、最近では、その頻度も低くなってきている……はずだ。たぶん、忙しい日常に流されているのだ。それでいいんだと思う。
 もしかしたら、少年に会ったことは夢だったのかもしれないし。勉強に追われ過ぎて、変な精神状態になっていたのかも。
 私は、目の前の忙しい日常に身をうずめることにする。なにぶん、受験生というのは、他のことにかまけている暇はないので。
 少年のことなんて、忘れるのだ。
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