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7.スパチャ王子、恋に落ちる
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初めてセレノアと顔を合わせた日、俺は一目で恋に落ちた。
気が強そうな赤い髪、どこか気取った雰囲気なのに、ふとした拍子に見せる柔らかい笑顔がチャーミングな猫目の女の子。
――かわいい!
幼いながらに、これは運命というものではないかとドキドキした。
結婚などというものは、貴族にとっては形式でしかない。そんな中でセレノアと出会えたことは幸運なのではないか、と。
だが、思春期の自分は浅はかだった。
友人たちの前では強がり、見栄を張り、他人の目ばかりを気にしていた。
当時セレノアが紹介してくれた本は、どれも女の子の間で人気のあるものだった。俺は本当はその物語が好きで、彼女の朗読も心地よく感じていた。
そんなある日――。
『ああいう夢見がちな話のどこが面白いんだ? この中に、読んでる人やついる? いないよな?』
友人の一人がそう口にした。
集まっていた令息たちは『まさか、ないない』と笑っていた。
俺も黙って微笑を浮かべる。
その中で一人だけ違う意見を述べることは、せっかくのにぎやかな空気を乱してしまうと思ったのだ。
後日、彼女が同じシリーズの最新刊を差し出してきた時、俺はやんわりとだが、拒絶の態度を取ってしまった。
別の日には、婚約者のいる友人が『婚約者にかわいいなんて言うなよ。調子に乗るだけだ。むしろ、他の女を褒めて、競争心を煽った方がいいんだって』と、したり顔で語る。
それを聞いた俺は、馬鹿げたことに納得してしまい、セレノアには冷たい態度ばかり取るようになっていった。
気づけば、彼女の言葉には棘が混じるようになり、香水の匂いがきつくなり、化粧が濃くなっていった。
努力の方向性を間違えている――いや、これが彼女の本性なのかと思ったら、急速に気持ちが萎えた。
そんな時、エマが現れる。
他の令嬢とは違い、飾らない雰囲気を持つ少女だった。無理をしない彼女と一緒にいると、心が休まる気がした。
エマに嫌がらせを繰り返すセレノアに嫌気がさした。もう無理だ――俺は彼女に婚約破棄を宣言した。
絶対にいつものように何か言い返してくるだろう――だが、拍子抜けするほど静かに、彼女はすべてを受け入れた。
そのまま、エマと婚約――自分が望んだはずなのに、どこか居心地の悪さがあった。夜、眠れなくなることが増えた。
ある夜、偶然たどり着いたのが、Vtuberシエルノワールの『星結びの茶会』だった。
無意識に「かわいい」と漏らしていた。
神秘的な髪色、甘い声、優しい語り口。どこか懐かしくて、ずっと聴いていたくなる。
彼女の朗読を聴きながら、久々にぐっすりと眠れた。
――そういえば、この話……セレノアが好きだったな。
コメント欄には、《この本、昔夢中になって読んだ!》《男だけど全巻持ってる》《性別なんて選ばない名作だよ》などと並び、ひどく胸が痛くなる。
――俺はなんと愚かだったのだろう。
後悔とともに、俺はコメントを残したくなった。
チャンネル登録を済ませ、コメント用のアカウントを設定する。ランダムで表示された名前は『ポンコツ紳士』。
「これはやめよう」
そう呟いて、変更しようとした時だった。
飼い猫のエディがベッドに飛び乗ってきて、画面の上に着地する。途端に、『決定しました! ※この名前は7日間変更できません♪』という表示。
「エディぃぃぃぃ……っ!?」
枕もとにやってきた白猫を睨むが、彼は悪びれる様子もなく、大きなあくびを一つして毛づくろいを始める。
一から登録し直そうかと思ったが、顔が見えるわけではないし、いいかと諦めた。
俺はそのまま、彼女の配信に夢中になっていった。
見た目はまったく違うのに、なぜかシエルノワールとセレノアが、重なって見えた。話し方や仕草が、かつての彼女に似ていたからだろうか。
これほど優しくて人に寄り添える人物が、あの高慢なセレノア?
そんなはずはないと思いながら、スパチャを投げる。
ただ、二人には共通点がある、どちらも本音で話しかけてくるところだ。
誰にも知られず、ただ素直に気持ちを伝えられる世界。
まっすぐに悩みに答えてくれるシエルノワールの言葉は、俺の心を救ってくれた。
――シエルノワールこそ、理想の女性なのでは……?
こんな中途半端な気持ちのままエマと婚約を続けることもできず、彼女には謝罪し、婚約を解消させてもらった。
「本当に俺はポンコツだ……」
ベッドの上で独り言ちると、そばで丸くなっていたエディが同意するように「にゃあ」と鳴いた。
ある日、シエルノワールが一日だけ配信を休んだ。
配信が切れてしまえば、互いを繋ぐものは何もなくなる。俺は焦った。
いてもたってもいられず、翌日《お顔を拝見できませんか?》と高額スパチャを送ってみる。
だが彼女の意思が揺らぐことなく、断られてしまった。配信もすぐに終了する。
その間際、俺でなければ見逃していたかもしれないほどの刹那――画面の端に映った赤い髪を見て、ハッとした。
「セレノア!」
やはり、と思い、侍従に調べさせると、彼女は領地に引きこもっていた。何をしているかはわからないらしい。ほとんど部屋からも出てこないというのだ。
念のため、国中にいる赤毛の令嬢全員の行動を調べさせたが、深夜に配信活動をしているような女性はいないという報告が上がってきた。
シエルノワールとセレノアが同一人物であることの考察を自分なりにし、セレノアがなぜ目に余る行動をとっていたかにも自分なりに答えが出た。
ーーもう一度、セレノアと向き合いたい。
「どうすればいいだろうか……」
シエルノワールに相談すれば、『嫌われるのがこわくても伝えなければ』と返ってきた。
――ああ、ここで一人悩んでいても前には進めないな。
――直接会いに行こう。
そう思って日程を調整しようと思っていたその矢先――なんとセレノアが王都にやってくるというではないか。
あのチャリティーバザーの生配信である。
どこにいるのだろうと、そわそわしながらバザー会場を訪れた時、辺りがにわかに騒がしくなった。
「シエルノワールって、あのセレノアだったのか!」
「え、これって、あそこの宿屋の内装だよね?」
そんな声が周囲から聞こえてきた。
近くにいた人間が持っていたミロワール・ヴィヴィアンを見せてもらうと、燻製ソーセージ男が、許可なく勝手に映した画面の中に、セレノアがいた。その、どこか覚悟を決めたような凪いだ表情に、嫌な予感がした。
会場は、驚きと悲鳴と無責任におもしろがる声で溢れている。
俺は、考えるよりも早く駆け出していた。
侍従の制止も聞かず、人波をかき分けて、画面に映っていた宿を一直線に目指す。
二階の窓が開いて、ターコイズブルーのドレスの裾が軽やかに宙に翻るのが見えた。
「セレノア!」
俺は彼女の名を叫ぶ。
まだ、顔を見て『ごめん』も『ありがとう』も言えていない。
空から降ってきた彼女の驚いた顔は、まるで天使のようにかわいらしかった。
その瞬間ーー俺は、人生で二度目の恋に落ちたのだった。
―了―
気が強そうな赤い髪、どこか気取った雰囲気なのに、ふとした拍子に見せる柔らかい笑顔がチャーミングな猫目の女の子。
――かわいい!
幼いながらに、これは運命というものではないかとドキドキした。
結婚などというものは、貴族にとっては形式でしかない。そんな中でセレノアと出会えたことは幸運なのではないか、と。
だが、思春期の自分は浅はかだった。
友人たちの前では強がり、見栄を張り、他人の目ばかりを気にしていた。
当時セレノアが紹介してくれた本は、どれも女の子の間で人気のあるものだった。俺は本当はその物語が好きで、彼女の朗読も心地よく感じていた。
そんなある日――。
『ああいう夢見がちな話のどこが面白いんだ? この中に、読んでる人やついる? いないよな?』
友人の一人がそう口にした。
集まっていた令息たちは『まさか、ないない』と笑っていた。
俺も黙って微笑を浮かべる。
その中で一人だけ違う意見を述べることは、せっかくのにぎやかな空気を乱してしまうと思ったのだ。
後日、彼女が同じシリーズの最新刊を差し出してきた時、俺はやんわりとだが、拒絶の態度を取ってしまった。
別の日には、婚約者のいる友人が『婚約者にかわいいなんて言うなよ。調子に乗るだけだ。むしろ、他の女を褒めて、競争心を煽った方がいいんだって』と、したり顔で語る。
それを聞いた俺は、馬鹿げたことに納得してしまい、セレノアには冷たい態度ばかり取るようになっていった。
気づけば、彼女の言葉には棘が混じるようになり、香水の匂いがきつくなり、化粧が濃くなっていった。
努力の方向性を間違えている――いや、これが彼女の本性なのかと思ったら、急速に気持ちが萎えた。
そんな時、エマが現れる。
他の令嬢とは違い、飾らない雰囲気を持つ少女だった。無理をしない彼女と一緒にいると、心が休まる気がした。
エマに嫌がらせを繰り返すセレノアに嫌気がさした。もう無理だ――俺は彼女に婚約破棄を宣言した。
絶対にいつものように何か言い返してくるだろう――だが、拍子抜けするほど静かに、彼女はすべてを受け入れた。
そのまま、エマと婚約――自分が望んだはずなのに、どこか居心地の悪さがあった。夜、眠れなくなることが増えた。
ある夜、偶然たどり着いたのが、Vtuberシエルノワールの『星結びの茶会』だった。
無意識に「かわいい」と漏らしていた。
神秘的な髪色、甘い声、優しい語り口。どこか懐かしくて、ずっと聴いていたくなる。
彼女の朗読を聴きながら、久々にぐっすりと眠れた。
――そういえば、この話……セレノアが好きだったな。
コメント欄には、《この本、昔夢中になって読んだ!》《男だけど全巻持ってる》《性別なんて選ばない名作だよ》などと並び、ひどく胸が痛くなる。
――俺はなんと愚かだったのだろう。
後悔とともに、俺はコメントを残したくなった。
チャンネル登録を済ませ、コメント用のアカウントを設定する。ランダムで表示された名前は『ポンコツ紳士』。
「これはやめよう」
そう呟いて、変更しようとした時だった。
飼い猫のエディがベッドに飛び乗ってきて、画面の上に着地する。途端に、『決定しました! ※この名前は7日間変更できません♪』という表示。
「エディぃぃぃぃ……っ!?」
枕もとにやってきた白猫を睨むが、彼は悪びれる様子もなく、大きなあくびを一つして毛づくろいを始める。
一から登録し直そうかと思ったが、顔が見えるわけではないし、いいかと諦めた。
俺はそのまま、彼女の配信に夢中になっていった。
見た目はまったく違うのに、なぜかシエルノワールとセレノアが、重なって見えた。話し方や仕草が、かつての彼女に似ていたからだろうか。
これほど優しくて人に寄り添える人物が、あの高慢なセレノア?
そんなはずはないと思いながら、スパチャを投げる。
ただ、二人には共通点がある、どちらも本音で話しかけてくるところだ。
誰にも知られず、ただ素直に気持ちを伝えられる世界。
まっすぐに悩みに答えてくれるシエルノワールの言葉は、俺の心を救ってくれた。
――シエルノワールこそ、理想の女性なのでは……?
こんな中途半端な気持ちのままエマと婚約を続けることもできず、彼女には謝罪し、婚約を解消させてもらった。
「本当に俺はポンコツだ……」
ベッドの上で独り言ちると、そばで丸くなっていたエディが同意するように「にゃあ」と鳴いた。
ある日、シエルノワールが一日だけ配信を休んだ。
配信が切れてしまえば、互いを繋ぐものは何もなくなる。俺は焦った。
いてもたってもいられず、翌日《お顔を拝見できませんか?》と高額スパチャを送ってみる。
だが彼女の意思が揺らぐことなく、断られてしまった。配信もすぐに終了する。
その間際、俺でなければ見逃していたかもしれないほどの刹那――画面の端に映った赤い髪を見て、ハッとした。
「セレノア!」
やはり、と思い、侍従に調べさせると、彼女は領地に引きこもっていた。何をしているかはわからないらしい。ほとんど部屋からも出てこないというのだ。
念のため、国中にいる赤毛の令嬢全員の行動を調べさせたが、深夜に配信活動をしているような女性はいないという報告が上がってきた。
シエルノワールとセレノアが同一人物であることの考察を自分なりにし、セレノアがなぜ目に余る行動をとっていたかにも自分なりに答えが出た。
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「どうすればいいだろうか……」
シエルノワールに相談すれば、『嫌われるのがこわくても伝えなければ』と返ってきた。
――ああ、ここで一人悩んでいても前には進めないな。
――直接会いに行こう。
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どこにいるのだろうと、そわそわしながらバザー会場を訪れた時、辺りがにわかに騒がしくなった。
「シエルノワールって、あのセレノアだったのか!」
「え、これって、あそこの宿屋の内装だよね?」
そんな声が周囲から聞こえてきた。
近くにいた人間が持っていたミロワール・ヴィヴィアンを見せてもらうと、燻製ソーセージ男が、許可なく勝手に映した画面の中に、セレノアがいた。その、どこか覚悟を決めたような凪いだ表情に、嫌な予感がした。
会場は、驚きと悲鳴と無責任におもしろがる声で溢れている。
俺は、考えるよりも早く駆け出していた。
侍従の制止も聞かず、人波をかき分けて、画面に映っていた宿を一直線に目指す。
二階の窓が開いて、ターコイズブルーのドレスの裾が軽やかに宙に翻るのが見えた。
「セレノア!」
俺は彼女の名を叫ぶ。
まだ、顔を見て『ごめん』も『ありがとう』も言えていない。
空から降ってきた彼女の驚いた顔は、まるで天使のようにかわいらしかった。
その瞬間ーー俺は、人生で二度目の恋に落ちたのだった。
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