1 / 1
政略妻は氷雪の騎士団長の愛に気づかない
しおりを挟む
私の名前はリリィ=クロウフォード。エヴァレット侯爵家の末娘であり、今は王国騎士団長アシュレイ=クロウフォードの妻だ。
ただし、これは政略結婚。お互いの家の利益のために結ばれたもので、特別な感情などないと思っている。
そう、ずっとそう思っていた。
アシュレイは、氷の彫像のような人だ。
銀糸のように光を反射する髪、深い青の瞳はまるで冬の夜空を閉じ込めたように冷たく静かで、その美貌は完璧すぎて近寄りがたい。彼が黒の騎士団の鎧を纏う姿は威厳そのものだが、私生活では表情に乏しく、何を考えているのか掴めない。
彼の隣に並ぶ私は、どちらかといえば平凡だと思う。栗色の髪に琥珀色の瞳。華やかではないけれど、地味すぎもしない。けれど、幼い頃から「控えめでいなさい」と言われ続けてきた私の態度は、どこか物足りない印象を与えるのだろう。
そんな私が、あの完璧なアシュレイと結婚しているなんて、未だに現実味がない。
***
ある冬の日、雪が降り積もる中、アシュレイが突然私を誘った。
「リリィ、今夜お祭りに行くぞ」
「お祭り、ですか?」
私は驚いて顔を上げた。この人がこんなことを言い出すなんて、珍しいにもほどがある。
「雪花祭だ」
「……行ってもいいんですか?」
「当たり前だ」
当たり前、などと言いながら、彼の声はどこか優しい響きを帯びていた。
***
その夜、私は白いマントを羽織り、アシュレイと共に雪花祭へ向かった。馬車の中から見える城下町は、冬の装いで美しく飾られている。通りには無数の雪の結晶を模した灯籠が吊り下げられ、雪に反射した光が幻想的な輝きを放っていた。
「綺麗……」
思わずそう呟くと、隣でアシュレイが小さく微笑んだように見えた。
「君がこういう場所に来たことがないと言っていただろう。それを思い出した」
「あれを覚えていたんですか?」
数週間前、何気なく「雪花祭の話を聞いたことはあっても、行ったことがない」と使用人と話していたのを思い出す。まさかそれを覚えていたなんて。
「……ありがとうございます」
礼を言うと、彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。
***
雪花祭の広場は賑やかで、雪で作られた彫刻が並び、人々が笑い声をあげている。凍てつく空気の中で、小さな屋台からは温かいスープや焼き菓子の香りが漂ってきた。
「リリィ、手が冷たそうだな」
そう言うと、アシュレイは手袋を外し、私の手を包み込むように握った。その手は驚くほど温かくて、冷えていた指先がじんわりと温もりを取り戻していく。
「アシュレイ様の手が凍ってしまいますよ」
「……私よりも君の方が大事だ」
短い言葉ながら、その優しさに胸が少しだけ熱くなる。
広場の中央に進むと、大きな氷の彫刻が目に飛び込んできた。それは雪花祭の象徴――氷の女神像だった。
「アシュレイ様、あれは……?」
「この祭りでは、女神に祈りを捧げることで、一年の幸運を願うという習わしだ」
彼はそう説明すると、小さな雪の結晶を模した飾りを手に取り、私に渡した。
「君の願いを込めて、この飾りを女神に捧げろ」
その瞳はまっすぐで、拒むことなどできないほど真剣だった。
私は飾りを手に、静かに祈る。
(これからも平穏な日々が続きますように)
そう心の中で呟き、飾りを女神像の台座に置く。
***
祈りを終えると、空からひとひらの雪が舞い降りてきた。柔らかな雪が頬に触れ、ひんやりとした感触に思わず顔を上げる。
その瞬間、彼が私をそっと引き寄せた。
「アシュレイ様……?」
雪の静寂の中、彼は少しだけ戸惑いを浮かべながら口を開く。
「リリィ、私は言葉が足りないとよく言われる。だから、今日だけはしっかりと伝えたい」
その言葉に胸が高鳴る。彼の青い瞳は、降り積もる雪よりもずっと深く、そして暖かかった。
「君を守るためなら、何も恐れない――君を愛している」
息が止まるほどの告白に、私は彼をじっと見つめた。
「……た、ただの政略結婚では、なかったのですか?」
「君が今の生活に慣れるまでそっとしておこうと思った。私は近寄りがたいと周りから言われているのも知っているし、君に迫って嫌われたくなかったからな」
氷雪の騎士団長とまで呼ばれている完璧な彼が、耳まで真っ赤にして、温かな言葉を紡ぐ。その笑顔はいつもの冷たい印象とは違い、心の底からの愛に満ちていた。
「アシュレイ様……私は、あなたの妻になれて嬉しいです」
「ありがとう、リリィ」
その夜、雪が降り続く中、私たちは初めてお互いの心を通い合わせた。
そっと頬を包まれて、柔らかな唇が重なり合う。その温もりは冷たい雪も溶かして――。
―了―
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
よろしければ、ブクマ、評価、感想よろしくお願いいたします!!!
ただし、これは政略結婚。お互いの家の利益のために結ばれたもので、特別な感情などないと思っている。
そう、ずっとそう思っていた。
アシュレイは、氷の彫像のような人だ。
銀糸のように光を反射する髪、深い青の瞳はまるで冬の夜空を閉じ込めたように冷たく静かで、その美貌は完璧すぎて近寄りがたい。彼が黒の騎士団の鎧を纏う姿は威厳そのものだが、私生活では表情に乏しく、何を考えているのか掴めない。
彼の隣に並ぶ私は、どちらかといえば平凡だと思う。栗色の髪に琥珀色の瞳。華やかではないけれど、地味すぎもしない。けれど、幼い頃から「控えめでいなさい」と言われ続けてきた私の態度は、どこか物足りない印象を与えるのだろう。
そんな私が、あの完璧なアシュレイと結婚しているなんて、未だに現実味がない。
***
ある冬の日、雪が降り積もる中、アシュレイが突然私を誘った。
「リリィ、今夜お祭りに行くぞ」
「お祭り、ですか?」
私は驚いて顔を上げた。この人がこんなことを言い出すなんて、珍しいにもほどがある。
「雪花祭だ」
「……行ってもいいんですか?」
「当たり前だ」
当たり前、などと言いながら、彼の声はどこか優しい響きを帯びていた。
***
その夜、私は白いマントを羽織り、アシュレイと共に雪花祭へ向かった。馬車の中から見える城下町は、冬の装いで美しく飾られている。通りには無数の雪の結晶を模した灯籠が吊り下げられ、雪に反射した光が幻想的な輝きを放っていた。
「綺麗……」
思わずそう呟くと、隣でアシュレイが小さく微笑んだように見えた。
「君がこういう場所に来たことがないと言っていただろう。それを思い出した」
「あれを覚えていたんですか?」
数週間前、何気なく「雪花祭の話を聞いたことはあっても、行ったことがない」と使用人と話していたのを思い出す。まさかそれを覚えていたなんて。
「……ありがとうございます」
礼を言うと、彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。
***
雪花祭の広場は賑やかで、雪で作られた彫刻が並び、人々が笑い声をあげている。凍てつく空気の中で、小さな屋台からは温かいスープや焼き菓子の香りが漂ってきた。
「リリィ、手が冷たそうだな」
そう言うと、アシュレイは手袋を外し、私の手を包み込むように握った。その手は驚くほど温かくて、冷えていた指先がじんわりと温もりを取り戻していく。
「アシュレイ様の手が凍ってしまいますよ」
「……私よりも君の方が大事だ」
短い言葉ながら、その優しさに胸が少しだけ熱くなる。
広場の中央に進むと、大きな氷の彫刻が目に飛び込んできた。それは雪花祭の象徴――氷の女神像だった。
「アシュレイ様、あれは……?」
「この祭りでは、女神に祈りを捧げることで、一年の幸運を願うという習わしだ」
彼はそう説明すると、小さな雪の結晶を模した飾りを手に取り、私に渡した。
「君の願いを込めて、この飾りを女神に捧げろ」
その瞳はまっすぐで、拒むことなどできないほど真剣だった。
私は飾りを手に、静かに祈る。
(これからも平穏な日々が続きますように)
そう心の中で呟き、飾りを女神像の台座に置く。
***
祈りを終えると、空からひとひらの雪が舞い降りてきた。柔らかな雪が頬に触れ、ひんやりとした感触に思わず顔を上げる。
その瞬間、彼が私をそっと引き寄せた。
「アシュレイ様……?」
雪の静寂の中、彼は少しだけ戸惑いを浮かべながら口を開く。
「リリィ、私は言葉が足りないとよく言われる。だから、今日だけはしっかりと伝えたい」
その言葉に胸が高鳴る。彼の青い瞳は、降り積もる雪よりもずっと深く、そして暖かかった。
「君を守るためなら、何も恐れない――君を愛している」
息が止まるほどの告白に、私は彼をじっと見つめた。
「……た、ただの政略結婚では、なかったのですか?」
「君が今の生活に慣れるまでそっとしておこうと思った。私は近寄りがたいと周りから言われているのも知っているし、君に迫って嫌われたくなかったからな」
氷雪の騎士団長とまで呼ばれている完璧な彼が、耳まで真っ赤にして、温かな言葉を紡ぐ。その笑顔はいつもの冷たい印象とは違い、心の底からの愛に満ちていた。
「アシュレイ様……私は、あなたの妻になれて嬉しいです」
「ありがとう、リリィ」
その夜、雪が降り続く中、私たちは初めてお互いの心を通い合わせた。
そっと頬を包まれて、柔らかな唇が重なり合う。その温もりは冷たい雪も溶かして――。
―了―
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
よろしければ、ブクマ、評価、感想よろしくお願いいたします!!!
130
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド
柴田はつみ
恋愛
二年だけの契約結婚――
その相手は、幼い頃から密かに想い続けた公爵アラン。
だが、彼には将来を誓い合った相手がいる。
私はただの“かりそめの妻”にすぎず、期限が来れば静かに去る運命。
それでもいい。ただ、少しの間だけでも彼のそばにいたい――そう思っていた。
けれど、現実は甘くなかった。
社交界では意地悪な貴婦人たちが舞踏会やお茶会で私を嘲笑い、
アランを狙う身分の低い令嬢が巧妙な罠を仕掛けてくる。
さらに――アランが密かに想っていると噂される未亡人。
彼女はアランの親友の妻でありながら、彼を誘惑することをやめない。
優雅な微笑みの裏で仕掛けられる、巧みな誘惑作戦。
そしてもう一人。
血のつながらない義兄が、私を愛していると告げてきた。
その視線は、兄としてではなく、一人の男としての熱を帯びて――。
知らぬ間に始まった、アランと義兄による“奪い合い”。
だが誰も知らない。アランは、かつて街で私が貧しい子にパンを差し出す姿を見て、一目惚れしていたことを。
この結婚も、その出会いから始まった彼の策略だったことを。
愛と誤解、嫉妬と執着が交錯する二年間。
契約の終わりに待つのは別れか、それとも――。
論破令嬢の政略結婚
ささい
恋愛
政略結婚の初夜、夫ルーファスが「君を愛していないから白い結婚にしたい」と言い出す。しかし妻カレンは、感傷を排し、論理で夫を完全に黙らせる。
※小説家になろうにも投稿しております。
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
「君を愛することはない」と言った夫と、夫を買ったつもりの妻の一夜
有沢楓花
恋愛
「これは政略結婚だろう。君がそうであるなら、俺が君を愛することはない」
初夜にそう言った夫・オリヴァーに、妻のアリアは返す。
「愛すること『は』ない、なら、何ならしてくださいます?」
お互い、相手がやけで自分と結婚したと思っていた夫婦の一夜。
※ふんわり設定です。
※この話は他サイトにも公開しています。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる