薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない

宮永レン

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序章

プロローグ

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 北の山から吹き下ろしてきた風に乗って、粉雪が絶え間なく舞い、地上の全てを白く埋め尽くしている。



 窓の外からそれを見て、今朝からやたらと右目の奥がひどく疼いていた理由が理解できた。こういう荒れた天気の日は特に痛みが増すのだ。



「信じられません。陛下が本当にフェザン殿下に皇太子を辞せよと申されたのですか?」



 背後からそう問われ、フェザンは白い世界から目を離し、振り返って侍従のレオニートに頷いてみせる。



「端的に言えばそうだ。『最前線で戦う覚悟があるか』だと。今の状態では戦地に赴くことはもちろん、公務をこなすのも満足にはできないだろうというのが父の見解らしい」



 淡々と答えながら、右目に着けている革製の黒の眼帯にそっと触れる。昨夏からつけているそれは、濡れ光る黒髪に溶け込んでしまいそうなくらい体になじんでいた。



「やはり、治る見込みは……」



「侍医によれば、失われた視力はもう戻らないそうだ。痛みに関しては何とも。薬を飲めば一時的に楽にはなるが、最近は飲む量が多すぎると処方を渋られる」



 突然襲ってくる頭が割れるような痛みは、場所も時間も問わない。そして近頃は薬の効きも悪くなってきていた。痛みが続くと視界が歪み、目を閉じていても吐き気を催す。一晩中眠れない時もあった。



「たしかに鎮痛薬の過剰摂取は危険です。昔、大けがを負いながらも薬を大量に飲んで戦い続けた将軍がおりましたが、その副作用からか体を壊してそのまま還らぬ者に……という話を聞いたことがあります」



「他に何かいい手があると思うか?」



 フェザンの冷たい声色にレオニートは口を引き結び、息を呑んだ。



「……いや、お前に八つ当たりしても仕方ないな。すまない。父からは、しばらくミスダールで療養してこいと言われた」



 フェザンはゆるゆると首を横に振った。



「南西にある各国の避暑地ですか。温泉も湧いておりますが、雪で埋もれたこの時期に利用するような酔狂な貴族はいないでしょうね。もしや陛下はそれを見越して……?」



 レオニートは軽く目を見開いた。



「皇太子が療養を必要としているなど、無様な姿を他国の人間に知られたくないのだろう」



 フェザンは下を向いて腕を組むと、壁に寄りかかり自嘲気味に口角を上げた。



「それとも――」



 ついと上げた目線は片目でも相手を射すくめるほどの鋭さがあり、レオニートは思わず背筋を伸ばす。



「ナルヴィクを皇太子にする準備でも始めるつもりかもしれない」



 声のトーンを落としたフェザンは、弟の名を挙げた。



 クライノート帝国を総べるディエルシカ王家の二人の若き兄弟――フェザンとナルヴィクは年も近く、戦場でも切磋琢磨してきた。それでもフェザンの方が圧倒的に戦果を挙げ、皇太子として、次期皇帝として、申し分のない経験を積み上げてきた。



 ――病にさえ冒されなければ。



「まさか。少なくとも私をはじめ、フェザン殿下についてきた者たちは皆、これからもあなたのことを敬い、慕い続ける意志に変わりはありません」



 レオニートは深々と頭を下げた。



「いい部下を持った俺は幸せ者だな。だが、父はすでに次の標的を見つけたようだ。相手国が属国に降らなければ戦になるかもしれない。そこでナルヴィクに戦果を挙げさせ、人々に印象づける狙いかもしれない」



「相手国とはどこですか?」



「エグマリン国だ。鉱山の資源が豊富らしい。これ以上属州国を増やしてどうするというのだろうな」



 フェザンは深いため息をついた。



 大きな船は順調に進んでいる時は問題はない。だが、いざ逆風や嵐に見舞われた時に一気に転覆してしまうのではないか、フェザンは常々そのことを危惧している。

 その慎重すぎる考えが、父とは相容れない。



「ミスダールへ行ったところで状況がよくなるとは思えないが、他国にはいい薬や秘術があるかもしれん。まずはそこで情報を集めてみよう。出立は三日後とする」



「かしこまりました。いい結果になることを願っております」



 恭しく首を垂れるレオニートの肩を軽く叩き、フェザンは漆黒の軍服の裾を翻して部屋を出ていった。

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