薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない

宮永レン

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第五章

2.落城

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  王都に一番近く、最後にして最大の防衛の要であるビアッジ砦では、あちこちで火の手が上がっていた。



「ここを落とせばまもなく王都だ! 終わりは近いぞ!」



「おおーー! フェザン殿下に続けー!」



 フェザンの鼓舞する声に呼応するように、周囲の帝国軍の兵士たちから大地を震わすような雄たけびが上がった。すでに砦の周囲は包囲し、残すは中で籠城しているはずの将軍を見つけることだった。



 入り乱れる剣戟を交わしながら、向かってくる相手をなぎ倒すのは片目だけでは至難の業だ。それはたしかにフェザンが父に言われた通りのことだった。視力だけに頼っていれば、激しい戦の最前線では簡単に命を落としてしまう。



 だが、フェザンはまるで両目が見えているかのように華麗に相手の太刀筋をいなし、確実な一撃を加えていた。



 ――目の前に見えるものだけがすべてではない。



 そう教えてくれたアルエットの言葉を思い出す。

 目が見えなくても、音や気配、殺気を感じ取ることで、素早く対応できるようになった。もちろんすぐにそれができたわけではなく、ミスダールからクライノート帝国へ戻った後、毎日のように鍛錬を重ねた結果だ。



 その気迫に怖気づいた相手の兵士が後ずさり、別方向へ逃げていく。背中を見せる兵士を無駄に追うことはせず、剣の柄を握り直したその時だった。視界が塞がれている右手方向からすさまじい殺気を感じて身を翻すが、防御が間に合わなかった。



 しかし、そこに痛みはなく、剣を弾く金属音が鼓膜を震わせる。



「やっと本来の仕事がさせてもらえて嬉しいです!」



「レオニート!」



「あまり一人で突っ走らないでください。一瞬見失ったかと思ったんですから」



 苦笑しながら相手兵士を倒し、レオニートは肩をすくめた。



「助かった、礼を言う」



「目の届く範囲にいてくださいと仰ったのに」



「なら、お前がついて来い」



 フェザンは軽く笑うと、ふたたび剣を強く握りしめる。



「……まったく、役立たずばかりだ」



 その声は唐突に階段を上がった先で聞こえた。通路の奥から大剣を振り回し、赤子の手をひねるように自国の兵士の亡骸を壁にたたきつける壮年の男の姿があった。



「もっと早く予算を軍事強化に回せばよかったのだ。王女との婚姻などとまどろっこしいやり方をしたのは失敗だったな」



 舌打ちした男――グラウンケ侯爵は残忍な瞳で、すでに動かなくなった兵士に何度も剣を突き立てた。



「やばそうなやつですね」



 レオニートは眉をひそめて耳打ちしてくる。



「それより――」



 フェザンは鷹のような鋭い目で相手を睨みつけた。



「王女とは、アルエット王女のことか?」



「それ以外に誰がいる? 砦に湧く害虫め。貴様らを始末してその首を陛下に献上してやるわ!」



 グラウンケ侯爵はまなじりを裂き、巨躯でありながらも想像以上に早く間合いを詰めてきた。自国では彼の右に出る者はいないと言われるほど、屈強な傑物だった。だが、それはあくまでもエグマリン国内での話。



 フェザンが重い斬撃を受け流すと、交わった剣の間に火花が散った。



「お前のような暴虐な輩にアルエットを渡すわけにはいかない」



 一瞬だった。

 氷のように冷たい刃が侯爵の急所を貫く様はまるで剣舞のように美しく、隙のない身のこなしだった。



「残すは……国王だけだな」



 剣の露を払って鞘に納めたフェザンは淡々と言うと、息も乱さずに砦を去った。







                ※  







「まったく腰抜けどもめ!」

 

 ビアッジ砦陥落の報を受けたサリアン国王は吐き捨てるように言って、腰の剣を引き抜いた。



「陛下、もうここも持たないでしょう。今なら隠し通路から逃げられますわ!」



 玉座の後ろに震えながら身を隠していた王妃は、髪を振り乱して王に声をかける。

 王都の民はそのほとんどを帝国が進軍してくる方向とは逆の領地へ避難させていた。だが、王族だけはその誇りと矜持を見せるためだとして城に残っていた。



 王妃は半狂乱だったが、生き延びても敵兵から辱めを受けるだけだと国王に冷ややかに告げられ、彼女の中の自意識がそれを許さなかったのだろう。一縷の望みをもって王城に立てこもる道を選んだらしい。



 アルエットも自身の意志ではなかったが、同様に王城の自室に残っていた。届くことは叶わないと思いながらもセヴランへの想いをつづった手紙を胸にそっと仕舞い、近づいてくる戦いの足音に身を丸くして震えていた。





「凄腕の剣士はたった一人の若造だというではないか。儂が引導を渡してやるわ!」



 王の間には二人の他に近衛兵が数人身構えていたが、階下が騒がしくなり、扉が開いた途端に一人が力なく倒れ込んできた。



 国王は何が起きたのか把握できずに目を瞠った。どうやら扉の前にいた兵士は声を上げる間もなく絶命したらしい。



「――貴様がエグマリン国の王か」



 青年――フェザンが酷薄な瞳で国王を射貫く。



「そうだ。よくもここまで国をめちゃくちゃにしてくれたな。見れば隻眼ではないか。腕の立つ剣士というのはまさかお前のことではあるまいな」



 国王がサーベルを突きつけると、王の前に立っていた数人の兵士が短い呻き声と共に赤い絨毯の上に次々と倒れていった。すさまじい早業に国王は驚愕し、近づいてくるフェザンに対して剣を構え直した。



「そうだな……、アルエット王女を差し出せばお前らの命は助けてやってもいいぞ」



 口元をゆがませながらフェザンは剣の露を払う。



「ま、まあ! 陛下……! アルエットを連れてきましょう! あんな子でいいならいくらでも差し出すわ」



 即座に答えたのは、血走った瞳をぎらぎらと見開いた王妃だった。



「わ、わかった。おい。すぐにアルエットを連れてこい」



 声を震わせ、生き残っていた兵士に命じると、彼らは帝国軍の兵士と共にアルエットの部屋へ駆けていった。



「こ……これで私たちは見逃してもらえるのでしょう?」



 王妃が国王の腕を掴んで笑みを浮かべると、フェザンは躊躇いなくその剣を振りかざし、無言で二人を斬り捨てた。



「――自分たちの保身のために簡単に娘を代わりに差し出すとは、話に違わないクズだったな」



 フェザンは表情一つ変えることなく、こと切れた国王と王妃の亡骸を一瞥し、踵を返した。

 アルエットの無事を一目確認しておきたかったが、まだ彼女に会うわけにはいかない。落ち着いてゆっくりと話せる場所が欲しかった。





 エグマリン国は、クライノート帝国の手に落ちた。属国ではなく新たな領地という扱いに周辺国は震えたという。逆らえばいつでも国が消滅するという事実を突きつけられ、帝国の権力は揺るぎないものとなった。
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