薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない

宮永レン

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第六章

2.家族

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 アルエットの無垢な寝顔に名残惜しそうに口づけを落としたフェザンは、新しい服に袖を通すと自室を後にした。その足取りに迷いはない。



「あら、フェザン。今朝くらいはゆっくりしていればよかったのに」

 扉の前に立っていた侍従が慣れた動作で扉を開け、フェザンが黙って中に入ると、すでに着席していた金髪の女性が軽く目を瞠り、声をかけてくる。



 白を基調とした壁と磨かれた大理石の床が、大きな窓から射しこんだ朝日を弾いて、フェザンはその強い光に少し左目を眇めた。



 中央の大きなテーブルには白いクロスがかけられており、四人分の朝食が並べられている。奥の席には黒鋼色の髪色をした壮年の男性が、彼の斜め隣の席にはさきほど声をかけてきた女性、さらに彼女の隣には母親と同じ髪色をした若い女性が席に着いていた。



「そうも言っていられないのです、母上。やるべきことが山積みなので」

 母親の目の前の席に腰かけ、フェザンはグラスに注がれた水をこくりと喉に流し込む。



 ディエルシカ王家には、できる限り食事は家族そろって取るという習慣があった。仲がいいというよりは、互いに顔を見て話す機会を設けることで、隠し事などができないようにするためだという。

 それを煩わしいと感じていたフェザンは、相手に感情を悟られないようにする術を幼少時から自然と身に着けてしまっていた。



「ナルヴィクは?」

 隣の空席に目をやり、本来そこに座るべき人間の名を口にする。



「兄さまは、騎士団の当直でまだお帰りにならないわ」

 母親の隣に座っている若い女性は、手にしていたカトラリーを静かに置いた。



「それより、フェザン兄さま。エグマリン国の王女と結婚するなんて本気なの?」

 ねめつけるような視線を正面から受け止め、「ああ」と短く答えると、彼の妹はぷくっと頬を膨らませた。



「そんなの聞いてないわ」



「父上には昨日許可をもらっている」

 フェザンは朝食をとり始める。



「お父さまはそれでいいのですか!?」



「落ち着きなさい、ミレイユ。食事の席ですよ」

 母親にたしなめられ、ミレイユは力の入った肩を下ろす。



「クライノートの属州国の力は拮抗している。今そのバランスを崩すわけにはいかない。次期皇帝の妃の座を得ることで他国から抜きん出ようと画策する者たち、その浅ましさに辟易していたのでな。いい機会だと思った。実権がなくなったとはいえ、アルエット王女は正当な王家の血筋を汲む者、文句はないだろう」

 その重い声色にミレイユは口を閉ざしたが、まだ何か言いたげな目をしていた。



 ――次期皇帝。



 最前線で戦う覚悟がなければ皇太子の座を弟に譲れと言われた日から、ずいぶん経ったように思う。たかが片目が見えない程度のことで今までの努力を無駄にするわけにはいかない。アルエットに会ってから激しい頭痛の回数もぐんと減った。彼女の存在は本当にかけがえのないものだ。



「アルエット王女の部屋を用意させないとね。いつまでもあなたの所には置いておけないでしょう?」

 にこりと笑みを浮かべた母親には有無を言わせない圧があった。



「挙式までに皇太子妃にふさわしい教育を施してあげるわ」



「私もあとでご挨拶に伺うわね」

 ミレイユも母親に乗じて口元を三日月に吊り上げる。



「しばらくそっとしておいてほしい。落ち着くまでの時間が必要だ」



「あら。ずいぶん気に入っているのねえ。いきなり嫌われるようなことはしないから安心して」

 そう言って笑う様子は世間では花が咲きほころぶようだと称賛され、人々の心をつかんできたものだ。だがフェザンが本心を顔に出さないのと同様に、実妹も平然と相手を騙す術には長けていた。



「家族が増えるんだもの。歓迎しなくちゃ」



 果たしてアルエットは「家族」を必要とするだろうか。

 フェザンはかすかに眉をひそめ、朝食を早めに切り上げ部屋を後にした。
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