薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない

宮永レン

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第九章

2.感謝

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「くそっ。これっぽっちの護衛に――」

 大剣を交えた男は倒れていく仲間を見ながら明らかに動揺していた。



「数で勝てると思ったか? 我が帝国精鋭のルオレス部隊を舐めるなよ」

 隙のないフェザンの剣戟に、男の武器が草むらの中に弾かれて見えなくなる。慌てて男は腰から予備の剣を抜こうとするが、首筋に冷たいものが当てられて手が止まる。



「言え。誰に頼まれた?」

 刃よりも冷ややかな声色に、男がガタガタと震えだす。



「ノースディンの、シ、シバ伯爵の使いだって奴に……金になるって、言われたのに……あの嘘つき野郎!」

 毒づく男の喉にひたりと当てていた剣先を鞘に納めたフェザンは、つづけざまに長い脚でその肩に蹴りを入れた。



 衝撃で肩関節が外れた男は泥中を転げまわって絶叫する。



「向こうの言質が取れ次第、貴様を刑に処す」

 フェザンがそう宣告すると、男はルオレス部隊に捕らえられた。



 周囲の戦闘も片が付き、こちらの負傷者は軽症のみだ。ただ一部の馬は矢を受けて走ることが難しく、部隊のうち数人にその馬たちを任せ、フェザンたちはエグマリンの越境地へ向かうことになった。



「ノースディン国ですか。ここから北に位置する独立国家ですね」

 ずぶ濡れの髪をかき上げながらレオニートが眉をひそめた。



「おそらくこのエゼル国で騒ぎを起こし、罪をなすりつけるつもりだったのだろう。昔からこことノースディンは仲が悪いからな」

 白い息を吐きながら、フェザンは難しい顔になる。



「皇太子およびその婚約者を亡き者にしたとなれば、帝国軍からの報復は免れない。さらに我が国に協力すると言って挟み撃ちにする形でエゼルに攻め入り、あわよくば領地を奪う。そんな算段だったのかもな」



「だとしたら浅はかな計画ですね。次はノースディン国を攻めちゃいますか?」



「こんな無能な策しか思いつかない国など手に入れても無駄だ。ただし今回の件を不問にするわけではないことを、かの国へ伝えておく必要があるな」

 持っていた剣をレオニートに渡したフェザンは、乗ってきた馬車へ向かった。



 今日が雨でよかったと思いながら、わずかに返り血を浴びた上着を脱いで扉を開けた。



「フェザン!」

 足を踏み入れた途端、頬を涙で濡らしたアルエットが胸に飛び込んできた。



 向かいの座席に座ってその様子を見ていたジゼルが、ホッとしたように口角を上げる。



「怪我は!?」

 アルエットの顔は蒼白だった。



「この通り、かすり傷一つない。心配ないと言っただろう?」

 彼女の肩を抱き寄せれば、みるみる涙が溢れてフェザンのシャツに染み込んだ。温かな雫を肌に感じて、フェザンはアルエットの髪に口づけた。



「よかった……」

 泣きながらも安堵の笑みを浮かべるアルエットにも一切傷のないことを確認し、フェザンはしっかりと彼女を抱きしめた。



「すまない、服が濡れてしまったな」

 フェザンの髪の毛先からはぽたぽたと冷たい水滴が零れ落ちている。



「いいの。フェザンこそ、寒くて大変だったでしょう」

 アルエットは用意していたタオルで、フェザンの頭をごしごしと懸命に拭き始めた。



「はは、犬にでもなったみたいだ」

 フェザンがこらえきれずに笑う。



「あっ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

 アルエットは顔を赤くして慌てて手を止めた。



 大切なこの温もりを簡単に手放してたまるものかとフェザンは思う。



 二人の進む道を阻むものは誰であろうと容赦はしない――

 必ず、アルエットを幸せにする。



「あのぅ……そろそろ俺も中に入っていいですかね?」

 フェザンの後ろで雨風に震えるレオニートは、遠慮がちにそう発言した。



          ※



 予定よりもだいぶ遅れてエグマリン領に入り、リューネの町で一夜を過ごした。夜の嵐が嘘のように朝から空は晴れ渡っている。



 遅れていた部隊とも合流でき、一行は領主の待つ城へと急ぎ出発した。



 ここまで珍しそうに景色を楽しんでいたアルエットは、エグマリンに入った途端に口数が減った。



 通りかかる町の人々の顔は明るい。農地に働きに出ている者の姿も見かけた。ところどころ焼け焦げた木々もあり、戦禍の名残が見て取れる。



「残された国民の気持ちを受け止めたいと言っていたな」

 フェザンに声をかけられて、ビクッと肩が揺れる。知らず知らずのうちに緊張していたらしい。



「別に君がわざわざ出向くこともないだろうが、どうしてもと言うなら声を聞く機会を設けるが、どうする?」

 目的地に行く前に時間を取ってくれると言っているのだ。アルエットは不安の渦巻く胸を押さえて、彼の目をしっかりと見つめ返した。



「お願い。もう逃げないって決めたの」

 目の前の事から目を逸らして、うずくまって泣くのはもう終わりにしたい。果たすべきことを果たして、ようやく前に進める気がする。



 フェザンの希望の星になるために、守られているだけではいけないとアルエットはきゅっと唇を引き結んだ。



 林檎の果樹園が並ぶ街道に入ったところでフェザンが馬車を止めた。



 彼と一緒に馬車を降りたアルエットは、どんな言葉を投げられても受け止めようと決心して歩みを進める。



「クライノート帝国より、フェザン皇太子殿下が視察に参りました。本日はアルエット・リュシュ・サリアン王女殿下もご一緒です」

 レオニートが紹介すると、農夫たちは驚いた様子であたふたと周囲にいた仲間たちに声をかけて集まってきた。



「わざわざ、足を止めていただいてありがとうございます!」



「領主さまが変わってから税が軽くなって、助かってます」



「新しい農具を配っていただいたおかげで作業がはかどってますっ」



 集まった人々から口々に賞賛の言葉を浴びせられる。



 約束通り、フェザンはエグマリンの国民を救ってくれたのだと知って、アルエットは胸が熱くなった。



「それに、アルエット様……」

 自分の名前を呼ばれて、ぎくりとする。



 とうとう糾弾される――

 父王の無謀な決断をなぜ止めてくれなかったのかとそしられる――



 晩秋だというのに、背中に汗が滲んだ。



「ありがとうございました!」



 突然の感謝の言葉に、何を言っているのかすぐには理解が追いつかなかった。
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