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終章
エピローグ
しおりを挟む季節は色を変えて、いくつも巡っていった。
どこまでも青一色の空の下、生命力にあふれた緑が勢いを増して、爽やかな風を受けてさざめく。
窓辺の白いレースのカーテンが優しく揺れているそばで、ゆりかごに添えられていた手が止まった。
「……ねむれ、ねむれ、私のお姫さま。幸せに包まれて、愛に満ちて、また明日会いましょう……」
柔らかな歌声が少しずつ小さくなっていって、最後には囁き声に変わる。
すうすうと静かな寝息を立てている我が子に微笑みかけ、アルエットは立ち上がった。
「すみません、今日はなんだか寝つきが悪くて」
乳母が申し訳なさそうに眉根を下げる。
「いいの。ここがいつもの部屋じゃないってわかるのかもしれないわね」
アルエットは日差しの方へ眩しそうに目をやり、そこから見える庭園に懐かしさを覚えた。
「ありがとうございます。では、姫さまのそばには私がおりますので、フェザン殿下とごゆっくりお過ごしくださいませ」
「では、少しだけ外を歩いてくるわ」
すみれ色のデイドレスの裾を翻し、アルエットは部屋を出ると、階段を下りて一階へ向かう。
「フェザン。お待たせ」
サンルームのソファに腰かけていたフェザンは窓の外を眺めていたが、アルエットに気づくと春の日差しのように微笑した。
「ベティは眠ったようだな。君の子守唄がここまでかすかに聴こえてきた。一緒にうとうとしたくなってしまったよ」
「お疲れなら、休んだ方がいいのでは?」
気遣わし気な笑みを浮かべるが、フェザンが立ち上がりこちらへ歩いてきた。
「せっかくミスダールまで来たのだ。どうせなら外へ行こう」
「わかったわ」
フェザンの腕を取り、二人で並んでディエルシカ王家の屋敷を出る。
「この休みを取るのに、どれだけ苦労したことか」
普段の倍以上の公務をこなし、二人で過ごす時間を削ってようやく得た長期休暇だ。
「私でも手伝えることがあればよかったのだけど」
「アルエットはベティの相手で忙しいだろう」
「あの子ははとてもお利口さんだから大丈夫よ」
ベティは二人の愛娘エリザベトのことだ。
生まれたのは暑い夏の日だったとよく記憶している。最近は人見知りを覚えたのか、顔なじみのない侍女などが部屋にやってくるとびっくりして泣きだしてしまう時もあった。それも成長の内だと微笑ましく見守ることにしている。
婚約発表の舞踏会のひと月後、エリザベトがお腹の中にいることがわかって春の結婚式は延期された。それから順調に育んだ命が夏には誕生し、この春アルエットはフェザンと結婚式を挙げることができた。
国中の祭り騒ぎは属州国にも広がり、祝いの言葉や品物が途切れることなく続き、公務だけでなくそちらの対応も忙しかった。
ゆっくり過ごす時間が欲しいとフェザンからミスダールへ行くことを相談された時は、嬉しかった。毎日が充実していたが、二人だけの時間というのは限られていたからだ。
以前訪れた時と変わらない街並みの中、季節的なものもあるのか人の姿は少し多い気がする。二人の足は自然と緑の囲まれた図書館へ向いていた。
受付に誰もいないのも懐かしく、日差しがほとんど入らない分、外よりも少しだけ空気がひやりとしている。
「変わっていないわね」
コツコツと床を鳴らしながら本棚の間を練り歩く。
「あ……」
見たことのある本のタイトルが背表紙に書かれていて、指でそれをなぞる。
「リエル」
耳元でフェザンが甘い声で囁く。
「セ、セヴラン……」
咄嗟に登場人物の名前で返す。
忘れもしないアルエットがフェザンと出会うきっかけとなった本だ。
一度は別れを決意したもの、最後には結ばれ幸せになる物語。
「懐かしいな。この本を借りていこうか」
「ええ」
書列からすっと本を抜いたフェザンが、それを片手に持って図書館を出る。
「あの時はまだ少し寒かったわね」
生け垣や花壇に雪が残っていたように思う。今は大輪の花が咲き誇り、甘い香りが辺りに漂っていた。
迷路のような生け垣を通り抜けると、そこには見慣れたベンチが置いてある。二人はそこに腰かけて、本を開いた。
穏やかな時間だった。小鳥のさえずりや風が木々の葉を揺らす音が耳をくすぐり、アルエットは胸の奥が温かくなるのを感じる。
「静かだわ」
ここだけ永遠に時間が止まっているかのようだ。
「世界中がずっとこんな風に優しいといいのに」
王家の責務とはいえ、いつ戦いが始まるかもしれない世の中はこわい。フェザンが強いことは十分承知しているが、それでも一日でも長い平和を望まずにはいられない。
「アルエットの願いなら、なんでも叶えてやる」
瑠璃色の左目を細め、アルエットの頬にかかったおくれ毛をそっと耳にかける。
純真で透き通った心を映すかのような翡翠色の瞳が、瞬きして潤んだ。
「信じているわ」
惹かれ合うように顔が近づき、柔らかな唇が重なる。背中に腕が回されて口づけが深くなり、アルエットは彼の腕の中に囚われて頬を染めた。
この温もりが愛おしい。ずっとそばにいたい。夢の中まで一緒にいたい。
吐息が熱を帯びて、一瞬だけ顔が離れた二人は互いの変わらない気持ちをその瞳の中に見る。
どこまでも続く当たり前の幸せを願って――
了
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