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カメラで止まるな!①
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野暮用で来た夕暮れ時の馬車道で、コンコの足がピタリと止まった。視線の先は写真館である。
リュウは先を急ぎたい、と言うよりは、その場を離れたくてソワソワしている。
コンコは期待通りの言葉を弾ませた。
「リュウ、僕たちの写真を撮らない?」
やはりそうかと眉をひそめて、断る理由を探すため考えを巡らせた。
「そんなもの、どうする気だ」
「僕とリュウが一緒にいたことが、ずっと残るんだよ? ねぇ、いいでしょう?」
コンコが甘えるように腕を絡ませてきた。夜道怪を封じてからこんな調子が続いており、気恥ずかしくて困る。
リュウはへの字に歪めた口を開いて、次の一手を指す。
「しばらく、じっと止まっていなければならんのだぞ? コンコに出来るか?」
任せてよ! と威勢よく言うと硬い顔をして、その場でピタッと止まった。そのうちふるふると震えだし、ついにはブハッ!! と息を吐いてハァハァと肩を上下させていた。
「息は止めんでいいのだぞ?」
「そうだった。でも100数える間、止まっていないと、いけないんでしょう?」
「いや、今は20程度でいいそうだ。早いものでは5で済むらしい」
リュウがやたら詳しいので、これは撮ったことがあると思ったコンコは、ムッと口を尖らせた。
「何でそんなに嫌がるかな……わかった! 魂を抜かれるって思ったんでしょう!?」
「今更、そんなことを思うか! 春風楼で遊女が撮られておるのを、見ておったのだ」
そういうことかと納得したが、あれこれ理由をつけて拒むことは腑に落ちない。
日陰者だから形に残るものは嫌なのだろうが、いつまでそうする気なのかと、コンコはぷうっとむくれていた。
ならば、これでどうだと渾身の一手を指した。
「写真1枚は、あいすくりんと同じ値段だ。コンコはどちらがよいか?」
究極の選択を迫られたコンコは、うぐぐ……と歯を食いしばり唸っていた。王手のようだ。
「おいなりさんも、つけよう」
ダメ押しの一言に白旗が上がった。それじゃあ氷水屋へと足を向けるコンコを、リュウが引き止めた。
「どちらにしても、今は持ち合わせがないぞ」
「ひっどーい!! 早く言ってよ!」
「いや、すまん。おいなりさんを買って帰ろう」
憤慨するコンコをなだめつつ泉平へ足を向けると、写真館の入口で青白い顔をした男が、力なく倒れて突っ伏した。
「大丈夫!? 魂を抜かれたの!?」
「そんな馬鹿な、とにかく中で休ませるぞ! 店の者、近くの医者に連れて行ってやれ!」
若い店員に男を託し、なし崩し的に写真館へと入ったふたりは、主人の落胆した様子に違和感を覚えた。どうして驚かないのだろうか、と。
「ひょっとして、一度や二度じゃないの?」
「はぁ、実はこのところ、ほぼ毎日なんです」
「ほぼ毎日だと!?」
「どういうわけだか、この時間に男ばかり……」
撮影に2分掛かっていた頃なら、婦女子が気を失うことがあったかも知れない。
しかし20秒程度と短くなった今、男ばかりが倒れるなど、どういうことか。
「中を改めてもよいか?」
「僕たち、あやかし退治をしているんだ!」
主人は、これが噂に聞いたふたりかと、期待の眼差しを向けていた。リュウは少々、迷惑そうな顔である。
時間のせいか、それとも倒れて担がれた男の姿を見たからか、後の客は続かなかった。悪い噂が広がらなければと、願うばかりである。
撮影部屋に入ったものの、見慣れぬものがあるだけで禍々しい気配はない。置いてあるものを、ひとつひとつ観察していく。
「これがカメラ!? わぁ、初めて見た!」
あやかし探しそっちのけでカメラを覗き込んだコンコが、しばらくするとひっくり返った。
「コンコ! どうした!」
「天地逆さまなんだもん、目が回っちゃった」
高価なカメラへの疑惑が晴れて、主人は安堵の表情である。
撮影の際に用いる調度品のせいではないか。
いくつか西洋家具が置いてある。これに悪霊が取り憑いているのだろうか。
「みんな新しいものでございます。家具を使わず撮り、倒れた方もいらっしゃいます」
「家具がひとりでに動いたりはしないの?」
「はぁ? そんなことがあるのですか?」
神父が言うポルターガイストとは違うようだ。もちろん、付喪神でもない。
それでは、カメラの他に必ず使うものは何か。
20秒でも、微動だにせず留まっているのは大変だ。撮影の際には、首を固定する器具を使う。
これのせいかとリュウが椅子に掛け、器具に首を固定された。
コンコも主人も心配そうに見つめているが
……10……20……30……
「何ともないな」
コンコも主人も、そっと胸を撫で下ろした。
コンコがピンと尻尾を立てた。何かひらめいたようだが、何故かどこか嬉しそうだ。
「せっかくだから、このまま写真を撮ってもらおうよ!」
「お、おい、何を勝手な……」
リュウが狼狽している間に、主人はサクサクと準備をはじめた。
「すまんが、あいにく持ち合わせが……」
「いいえ! ご高名なおふたりを撮れるならば、お代は結構でございます! 傾いてはいますが、天窓から陽が差していれば、何とか撮れます」
首を固められて身動きが取れない上、良かれと勧められたものを無下に断ることも出来ない。
なし崩し的に写真を撮ることになり、コンコはウキウキと椅子に座るが、隣のリュウは苦々しく眉をひそめていた。
リュウは先を急ぎたい、と言うよりは、その場を離れたくてソワソワしている。
コンコは期待通りの言葉を弾ませた。
「リュウ、僕たちの写真を撮らない?」
やはりそうかと眉をひそめて、断る理由を探すため考えを巡らせた。
「そんなもの、どうする気だ」
「僕とリュウが一緒にいたことが、ずっと残るんだよ? ねぇ、いいでしょう?」
コンコが甘えるように腕を絡ませてきた。夜道怪を封じてからこんな調子が続いており、気恥ずかしくて困る。
リュウはへの字に歪めた口を開いて、次の一手を指す。
「しばらく、じっと止まっていなければならんのだぞ? コンコに出来るか?」
任せてよ! と威勢よく言うと硬い顔をして、その場でピタッと止まった。そのうちふるふると震えだし、ついにはブハッ!! と息を吐いてハァハァと肩を上下させていた。
「息は止めんでいいのだぞ?」
「そうだった。でも100数える間、止まっていないと、いけないんでしょう?」
「いや、今は20程度でいいそうだ。早いものでは5で済むらしい」
リュウがやたら詳しいので、これは撮ったことがあると思ったコンコは、ムッと口を尖らせた。
「何でそんなに嫌がるかな……わかった! 魂を抜かれるって思ったんでしょう!?」
「今更、そんなことを思うか! 春風楼で遊女が撮られておるのを、見ておったのだ」
そういうことかと納得したが、あれこれ理由をつけて拒むことは腑に落ちない。
日陰者だから形に残るものは嫌なのだろうが、いつまでそうする気なのかと、コンコはぷうっとむくれていた。
ならば、これでどうだと渾身の一手を指した。
「写真1枚は、あいすくりんと同じ値段だ。コンコはどちらがよいか?」
究極の選択を迫られたコンコは、うぐぐ……と歯を食いしばり唸っていた。王手のようだ。
「おいなりさんも、つけよう」
ダメ押しの一言に白旗が上がった。それじゃあ氷水屋へと足を向けるコンコを、リュウが引き止めた。
「どちらにしても、今は持ち合わせがないぞ」
「ひっどーい!! 早く言ってよ!」
「いや、すまん。おいなりさんを買って帰ろう」
憤慨するコンコをなだめつつ泉平へ足を向けると、写真館の入口で青白い顔をした男が、力なく倒れて突っ伏した。
「大丈夫!? 魂を抜かれたの!?」
「そんな馬鹿な、とにかく中で休ませるぞ! 店の者、近くの医者に連れて行ってやれ!」
若い店員に男を託し、なし崩し的に写真館へと入ったふたりは、主人の落胆した様子に違和感を覚えた。どうして驚かないのだろうか、と。
「ひょっとして、一度や二度じゃないの?」
「はぁ、実はこのところ、ほぼ毎日なんです」
「ほぼ毎日だと!?」
「どういうわけだか、この時間に男ばかり……」
撮影に2分掛かっていた頃なら、婦女子が気を失うことがあったかも知れない。
しかし20秒程度と短くなった今、男ばかりが倒れるなど、どういうことか。
「中を改めてもよいか?」
「僕たち、あやかし退治をしているんだ!」
主人は、これが噂に聞いたふたりかと、期待の眼差しを向けていた。リュウは少々、迷惑そうな顔である。
時間のせいか、それとも倒れて担がれた男の姿を見たからか、後の客は続かなかった。悪い噂が広がらなければと、願うばかりである。
撮影部屋に入ったものの、見慣れぬものがあるだけで禍々しい気配はない。置いてあるものを、ひとつひとつ観察していく。
「これがカメラ!? わぁ、初めて見た!」
あやかし探しそっちのけでカメラを覗き込んだコンコが、しばらくするとひっくり返った。
「コンコ! どうした!」
「天地逆さまなんだもん、目が回っちゃった」
高価なカメラへの疑惑が晴れて、主人は安堵の表情である。
撮影の際に用いる調度品のせいではないか。
いくつか西洋家具が置いてある。これに悪霊が取り憑いているのだろうか。
「みんな新しいものでございます。家具を使わず撮り、倒れた方もいらっしゃいます」
「家具がひとりでに動いたりはしないの?」
「はぁ? そんなことがあるのですか?」
神父が言うポルターガイストとは違うようだ。もちろん、付喪神でもない。
それでは、カメラの他に必ず使うものは何か。
20秒でも、微動だにせず留まっているのは大変だ。撮影の際には、首を固定する器具を使う。
これのせいかとリュウが椅子に掛け、器具に首を固定された。
コンコも主人も心配そうに見つめているが
……10……20……30……
「何ともないな」
コンコも主人も、そっと胸を撫で下ろした。
コンコがピンと尻尾を立てた。何かひらめいたようだが、何故かどこか嬉しそうだ。
「せっかくだから、このまま写真を撮ってもらおうよ!」
「お、おい、何を勝手な……」
リュウが狼狽している間に、主人はサクサクと準備をはじめた。
「すまんが、あいにく持ち合わせが……」
「いいえ! ご高名なおふたりを撮れるならば、お代は結構でございます! 傾いてはいますが、天窓から陽が差していれば、何とか撮れます」
首を固められて身動きが取れない上、良かれと勧められたものを無下に断ることも出来ない。
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