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花と蛇③
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大蛇は苦痛に喘いで海面をのたうち回り、台場を水びたしにしていった。大混乱で逃げ惑う兵士たちをコンコとリュウは冷めた目で傍観している。
暴れ回った末、大蛇は土塁を飛び越えて台場に打ち上げられた。そこでも怒り狂って身体をくねらせるものだから、土塁や砲台が今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。
「不本意だが、こうなってしまっては」
「封じるしかないね」
リュウが刀を抜くと、コンコが祝詞を唱えはじめた。青白い光を放つ切っ先は、大蛇の頭に向けられた。
大蛇の頭が地に着くと、リュウは一目散に駆け出した。
獲物が来たと、大蛇が口を開いて襲いかかる。
大蛇の鼻先まで来て飛び退いて、顎が閉じた隙を狙って地面を蹴った。
恨めしく地面を睨む大蛇の鎌首を駆け上がり、脳天目掛けて刀を突いた。
カッ! と開かれた口から覗く鋭い牙に、兵士たちが戦慄する。
リュウは刀を抜くと、今度は首の付け根に刀を突き立て、大蛇の背中を平たい尻尾の先まで駆けていった。
「背開きたぁ、江戸っ子だねぇ」
いつの間にやらそばに来ていた勝が、上機嫌で感嘆していた。
リュウが刀を仕舞うと平たくなった大蛇は夜の空へと蒸発し、頭のところに残された1匹の泥鰌をコンコが封印した。
「へぇ、こうなっちまうのか。柳川鍋にでもするのかい?」
勝の冗談に誰ひとり笑うことはなく、兵士たちは言葉を失ったまま固まり、リュウは怒りを噛み殺して勝を睨みつけていた。
緊迫を破ったのは、コンコである。銃を撃った士官を指差し、噛みつくように怒っていた。
「封じることはなかったのに! こうなったのは君が鉄砲を撃ったからだからね!」
「まあまあ、こいつらにはこいつらの務めってぇモンがあるのさ。おふたりさんよ、労いの茶でも飲んで行かねぇか?」
間に立って取り持つ勝の態度がコンコには気に食わず、ぷぅっとむくれてプイッとそっぽを向いてしまった。
安全圏で悠々と眺めて、事が済んでから飄々と現れた依頼主と、席を同じくすることをリュウは許せなかった。
「断る。封じたあやかしを、神社に納めなければならぬ」
「今頃、狸の宮司は寝てるぜ。いいじゃねぇか、一服の茶くらい付き合ってくれよ」
そこまで事情を知っていると、断ることが出来なくなった。コンコとリュウは観念し、勝に連れられ番所に入った。
茶が出るなり、勝は早速人払いをしてケラケラと笑い出した。
「いやぁ、大したモンだねぇ! いいもの見せてもらったぜ!」
「あやかし退治は見世物じゃないよ!」
「そいつぁすまねぇ、お稲荷様を怒らしちゃあ、おっかねぇからな。そんで、お稲荷さんよ」
意外にも勝は、怒り心頭のコンコに話し掛けてきた。これにはコンコも、啖呵を切った口をつぐんでしまう。
「いつまで、あやかし退治を続ける気だい?」
思わぬ問いかけに、吊り上がったコンコの目が泳いだ。300年続けたあやかし退治、その終わりを考えたことなど無かったのだ。
「僕は! ……ずっとリュウと一緒に」
「こいつが死んでもかい?」
コンコは言葉を続けることが出来ず、ギュッと唇を噛んだ。
人は死ぬ、リュウだっていつか。
そんなことはわかっていたが、ずっと未来から目を背けてきた。
勝が身を乗り出して、うつむくコンコの曇った顔を覗き込んだ。
「それにな、お稲荷さんも見たろ? こいつは命が惜しくないようだぜ?」
コンコは、リュウの固い横顔を見つめた。噛み締めた奥歯は、きっと苦い。
「次は、お前さんだ。何でも、上野で死んだそうじゃねぇか。いつまで死んでいるつもりだい?」
返す言葉がなく、ただ黙っているだけのリュウを見つめて、勝は頭を後ろ手で支えて背もたれを軋ませた。
「お前さんも陽の当たる場所で、ひと花咲かそうとは思わねぇのかい?」
さぁ、お前の考えを聞かせてくれと、勝は期待の眼差しを向けている。
彰義隊士の過去を背負って、名前も命も上野の山に葬ったリュウにとっては、生涯無縁の場所だと思っていた。
何故、俺をそこに引き上げようとする。
「日陰で咲く花だってあるだろう」
「違ぇねえ! さしずめお前さんは彼岸花か?」
曼珠沙華とも呼ばれるそれは、葉のないところから茎を伸ばして赤い花だけを咲かせる様から、死人花という名前も持つ。
リュウからは死しか感じないと、勝は言いたいのだろう。
リュウは、咲かずに散った彰義隊の仲間たちに思いを馳せた。生きるとは、咲くことなのか。
否、花をつけなくとも、ひたむきに生きている者は星の数ほどいるはずだ。
「苔も、朝露を浴びれば美しい」
「そいつぁ、お天道様あってのことだろう?」
再び返す言葉を失ったリュウは、もう話すことはないと言わんばかりに立ち上がった。
「もう行っちまうのかい!?」
コンコも後を追って立ち上がると、勝はため息をついてから聞こえよがしに独り言を放った。
「お前さんほどの人物が日陰者なんて、もったいねぇな」
扉の前で立ち止まったリュウは、聞こえよがしの独り言をつぶやいた。
「買いかぶりには困ったものだ」
扉が閉まってひとりになると、勝は本当の独り言をつぶやいた。
「やれやれ……。あっちのリュウとは、同じようにはいかねぇな」
横浜まで戻って来ると、コンコが抱えている壺にリュウが手を伸ばした。
「神社へはひとりで行きたい。先に帰って休んでいてくれないか」
コンコはおずおずと壺を手渡し、宵闇に消えるリュウの背中を見つめ続けた。
暴れ回った末、大蛇は土塁を飛び越えて台場に打ち上げられた。そこでも怒り狂って身体をくねらせるものだから、土塁や砲台が今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。
「不本意だが、こうなってしまっては」
「封じるしかないね」
リュウが刀を抜くと、コンコが祝詞を唱えはじめた。青白い光を放つ切っ先は、大蛇の頭に向けられた。
大蛇の頭が地に着くと、リュウは一目散に駆け出した。
獲物が来たと、大蛇が口を開いて襲いかかる。
大蛇の鼻先まで来て飛び退いて、顎が閉じた隙を狙って地面を蹴った。
恨めしく地面を睨む大蛇の鎌首を駆け上がり、脳天目掛けて刀を突いた。
カッ! と開かれた口から覗く鋭い牙に、兵士たちが戦慄する。
リュウは刀を抜くと、今度は首の付け根に刀を突き立て、大蛇の背中を平たい尻尾の先まで駆けていった。
「背開きたぁ、江戸っ子だねぇ」
いつの間にやらそばに来ていた勝が、上機嫌で感嘆していた。
リュウが刀を仕舞うと平たくなった大蛇は夜の空へと蒸発し、頭のところに残された1匹の泥鰌をコンコが封印した。
「へぇ、こうなっちまうのか。柳川鍋にでもするのかい?」
勝の冗談に誰ひとり笑うことはなく、兵士たちは言葉を失ったまま固まり、リュウは怒りを噛み殺して勝を睨みつけていた。
緊迫を破ったのは、コンコである。銃を撃った士官を指差し、噛みつくように怒っていた。
「封じることはなかったのに! こうなったのは君が鉄砲を撃ったからだからね!」
「まあまあ、こいつらにはこいつらの務めってぇモンがあるのさ。おふたりさんよ、労いの茶でも飲んで行かねぇか?」
間に立って取り持つ勝の態度がコンコには気に食わず、ぷぅっとむくれてプイッとそっぽを向いてしまった。
安全圏で悠々と眺めて、事が済んでから飄々と現れた依頼主と、席を同じくすることをリュウは許せなかった。
「断る。封じたあやかしを、神社に納めなければならぬ」
「今頃、狸の宮司は寝てるぜ。いいじゃねぇか、一服の茶くらい付き合ってくれよ」
そこまで事情を知っていると、断ることが出来なくなった。コンコとリュウは観念し、勝に連れられ番所に入った。
茶が出るなり、勝は早速人払いをしてケラケラと笑い出した。
「いやぁ、大したモンだねぇ! いいもの見せてもらったぜ!」
「あやかし退治は見世物じゃないよ!」
「そいつぁすまねぇ、お稲荷様を怒らしちゃあ、おっかねぇからな。そんで、お稲荷さんよ」
意外にも勝は、怒り心頭のコンコに話し掛けてきた。これにはコンコも、啖呵を切った口をつぐんでしまう。
「いつまで、あやかし退治を続ける気だい?」
思わぬ問いかけに、吊り上がったコンコの目が泳いだ。300年続けたあやかし退治、その終わりを考えたことなど無かったのだ。
「僕は! ……ずっとリュウと一緒に」
「こいつが死んでもかい?」
コンコは言葉を続けることが出来ず、ギュッと唇を噛んだ。
人は死ぬ、リュウだっていつか。
そんなことはわかっていたが、ずっと未来から目を背けてきた。
勝が身を乗り出して、うつむくコンコの曇った顔を覗き込んだ。
「それにな、お稲荷さんも見たろ? こいつは命が惜しくないようだぜ?」
コンコは、リュウの固い横顔を見つめた。噛み締めた奥歯は、きっと苦い。
「次は、お前さんだ。何でも、上野で死んだそうじゃねぇか。いつまで死んでいるつもりだい?」
返す言葉がなく、ただ黙っているだけのリュウを見つめて、勝は頭を後ろ手で支えて背もたれを軋ませた。
「お前さんも陽の当たる場所で、ひと花咲かそうとは思わねぇのかい?」
さぁ、お前の考えを聞かせてくれと、勝は期待の眼差しを向けている。
彰義隊士の過去を背負って、名前も命も上野の山に葬ったリュウにとっては、生涯無縁の場所だと思っていた。
何故、俺をそこに引き上げようとする。
「日陰で咲く花だってあるだろう」
「違ぇねえ! さしずめお前さんは彼岸花か?」
曼珠沙華とも呼ばれるそれは、葉のないところから茎を伸ばして赤い花だけを咲かせる様から、死人花という名前も持つ。
リュウからは死しか感じないと、勝は言いたいのだろう。
リュウは、咲かずに散った彰義隊の仲間たちに思いを馳せた。生きるとは、咲くことなのか。
否、花をつけなくとも、ひたむきに生きている者は星の数ほどいるはずだ。
「苔も、朝露を浴びれば美しい」
「そいつぁ、お天道様あってのことだろう?」
再び返す言葉を失ったリュウは、もう話すことはないと言わんばかりに立ち上がった。
「もう行っちまうのかい!?」
コンコも後を追って立ち上がると、勝はため息をついてから聞こえよがしに独り言を放った。
「お前さんほどの人物が日陰者なんて、もったいねぇな」
扉の前で立ち止まったリュウは、聞こえよがしの独り言をつぶやいた。
「買いかぶりには困ったものだ」
扉が閉まってひとりになると、勝は本当の独り言をつぶやいた。
「やれやれ……。あっちのリュウとは、同じようにはいかねぇな」
横浜まで戻って来ると、コンコが抱えている壺にリュウが手を伸ばした。
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