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東の魔女が死んだ③
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山手公園にテニスコートを作ると早速、魔女と山姥の勝負がはじまった。
勝負と言っても、相手が返しやすいところに球を落とす、のんびりとした打ち合いだ。
それにしても、コートを駆け回って腰をひねり球を打ち返すふたりの姿は、見た目に反して若々しい。とても老婆がやっているとは思えない。
一瞬だけふたりの姿がうら若き乙女に見えて、コンコもリュウも目をしばしばさせた。今、彼女たちは明るい青春を取り戻しているときなのだ。
爽やかな笑顔を振りまきながら、魔女と山姥がふたりをテニスに誘った。
「どうじゃ? お前たちも、やってみんか?」
魔女が虚空からラケットを取り出すと、コンコは飛び跳ね、リュウは困ったように頭をかいた。
「リュウ! 一緒にやろう! 楽しそうだよ?」
「しかし、的が小さいからな」
微笑んでいた魔女と山姥は、続くコンコの言葉に凍りついて固まった。
「リュウの剣の腕なら出来るって!」
魔女は怯えきったように手を震わせて、リュウの腰に下がった一物を指差した。
「その刀は……まさか……」
「お前たちが噂に聞いたあやかし退治か!?」
ついさっきまで笑顔だった山姥は、魔女を守るように立ちはだかり、鬼の形相で鋭い爪をふたりに向けた。
静かな余生を希望する老婆たちを守りたかったコンコは、激しく動揺して「違うんだ!」と繰り返していた。
「何が違う! 帽子を脱いでみろ! 尻尾は飾りではなかろう! 祝詞を唱えろ! その刀が光るはずじゃ!!」
山姥を固く見据えるリュウの胸に、コンコは瞳を潤ませてすがりついた。
「リュウ! 刀を置いて! お婆さんたちに退治しないって見せてあげて!」
コンコの願いを聞き入れたかったが、その隙を狙って山姥が襲い掛かるかも知れず、リュウは刀を置けずにいた。
リュウは片手で山姥を制し、もう片手はだらりと下ろした。こちらから攻めない、という意思を示したのだ。
「山姥の言うとおりだ。俺たちは、あやかし退治を生業としておる」
「やはりそうじゃ! わしらを欺《あざむ》きおって!」
「よく聞け! 俺たちふたりともが退治する気にならなければ、封じることが出来ぬのだ。俺たちには、お前たちを退治するつもりは無い!」
突き出されていた山姥の指は、力が抜けて節が折られた。その後ろで怯えていた魔女も、見開いた目でリュウを見つめた。
「……退治せんのか?」
コンコとリュウは、安堵の微笑を送り合った。
「力になるって言ったじゃないか。この町の人と仲良く出来るお手伝いをさせてよ!」
「その前にテニスじゃ! まずお前たちと仲良くならんとな!」
そうこなくっちゃ! と、コンコがラケットを受け取って、困り顔のリュウに手渡した。
そのとき、散策路に人影が現れた。
魔女はラケットを捨てた。玄関に飾られていた竹箒が飛んできて、黒猫が駆けつけ周りの木々には烏と蝙蝠が集まりだした。
「Witch……」
神父だ。祈祷師、退魔師、エクソシストも務めている神父だった。
神父が十字架を掲げて聖書を開くと、烏がまっしぐらに飛びかかり、蝙蝠はまとわりつくように飛び回る。
聖書の一節を詠唱すると、烏も蝙蝠も激しく地面へと叩きつけられた。
大事な仲間を傷つけられた魔女は、歯を剥き目尻を吊り上げて竹箒に跨った。
そこに黒猫が飛び乗った瞬間、竹箒がふわりと宙に浮いた。
頭上の魔女を睨みつける神父の元へ、コンコが駆け寄り黒衣を掴む。
「神父さん! お婆さんに何をするの!?」
「魔女、封印しマス!」
コンコの顔が悲愴に歪み、黒衣を掴む手に力がこもる。
「お婆さんたちは、悪いことをする気がないよ!? 静かに過ごしたいって言ってるよ!? みんなと仲良くしたいって、そう言っているんだよ!?」
コンコの必死の懇願は一切聞き入れられることはなく、神父は魔女を見上げたまま聖水の小瓶を取り出した。
「そこをどけ! わしの狙いは神父じゃ!」
魔女の叫びは、守ろうとしてくれたコンコへの思いやりだ。
コンコは神父の胸から離れることはなく、首を激しく横に振って涙を散らせた。
「嫌だ! 僕は神父さんを止めるんだ!」
魔女が口惜しそうに唇を噛むと、ゆっくりと空を指差した。星も月も厚く黒い雲が覆い隠して、跳ねる電弧が一帯を照らした。
「コンコ! 逃げろ!」
「嫌だ! リュウも神父さんに……!」
魔女が神父を指差すと、ふたりを取り囲むように幾筋もの稲妻が落下した。光の檻に囚われて、神父もコンコも身をすくめたまま動けずにいる。
雷が止むと、コンコを傷つけたくない魔女は、怒りも焦りも願いも込めて叫びを上げた。
「そこをどけ! わしが欲しいのは神父の命だけじゃ!!」
「嫌だ! 神父さん、もうやめて! リュウも、神父さんにお願いして!」
聞き分けの悪いコンコに、魔女が苦々しく眉をひそめて噛んだ唇を震わせた。神父を正面に捉えると、まっしぐらに飛びかかった。
瞬く間にふたりの元へと迫った魔女は、神父が振りかけた聖水を浴びて煙に消えた。主人をなくした竹箒はふたりの足元に突き刺さり、つば広のとんがり帽子は地面を虚しく転がった。
コンコもリュウも、くったりと折れたとんがり帽子の先を、焦点を失った目で見つめて、言葉を忘れてしまったように絶句した。
しかし、茫然自失となっている暇はないのだ。
「よくも魔ぁちゃんを……おのれ!!」
山姥が覚醒した。
リュウは、刀に手を掛けた。
勝負と言っても、相手が返しやすいところに球を落とす、のんびりとした打ち合いだ。
それにしても、コートを駆け回って腰をひねり球を打ち返すふたりの姿は、見た目に反して若々しい。とても老婆がやっているとは思えない。
一瞬だけふたりの姿がうら若き乙女に見えて、コンコもリュウも目をしばしばさせた。今、彼女たちは明るい青春を取り戻しているときなのだ。
爽やかな笑顔を振りまきながら、魔女と山姥がふたりをテニスに誘った。
「どうじゃ? お前たちも、やってみんか?」
魔女が虚空からラケットを取り出すと、コンコは飛び跳ね、リュウは困ったように頭をかいた。
「リュウ! 一緒にやろう! 楽しそうだよ?」
「しかし、的が小さいからな」
微笑んでいた魔女と山姥は、続くコンコの言葉に凍りついて固まった。
「リュウの剣の腕なら出来るって!」
魔女は怯えきったように手を震わせて、リュウの腰に下がった一物を指差した。
「その刀は……まさか……」
「お前たちが噂に聞いたあやかし退治か!?」
ついさっきまで笑顔だった山姥は、魔女を守るように立ちはだかり、鬼の形相で鋭い爪をふたりに向けた。
静かな余生を希望する老婆たちを守りたかったコンコは、激しく動揺して「違うんだ!」と繰り返していた。
「何が違う! 帽子を脱いでみろ! 尻尾は飾りではなかろう! 祝詞を唱えろ! その刀が光るはずじゃ!!」
山姥を固く見据えるリュウの胸に、コンコは瞳を潤ませてすがりついた。
「リュウ! 刀を置いて! お婆さんたちに退治しないって見せてあげて!」
コンコの願いを聞き入れたかったが、その隙を狙って山姥が襲い掛かるかも知れず、リュウは刀を置けずにいた。
リュウは片手で山姥を制し、もう片手はだらりと下ろした。こちらから攻めない、という意思を示したのだ。
「山姥の言うとおりだ。俺たちは、あやかし退治を生業としておる」
「やはりそうじゃ! わしらを欺《あざむ》きおって!」
「よく聞け! 俺たちふたりともが退治する気にならなければ、封じることが出来ぬのだ。俺たちには、お前たちを退治するつもりは無い!」
突き出されていた山姥の指は、力が抜けて節が折られた。その後ろで怯えていた魔女も、見開いた目でリュウを見つめた。
「……退治せんのか?」
コンコとリュウは、安堵の微笑を送り合った。
「力になるって言ったじゃないか。この町の人と仲良く出来るお手伝いをさせてよ!」
「その前にテニスじゃ! まずお前たちと仲良くならんとな!」
そうこなくっちゃ! と、コンコがラケットを受け取って、困り顔のリュウに手渡した。
そのとき、散策路に人影が現れた。
魔女はラケットを捨てた。玄関に飾られていた竹箒が飛んできて、黒猫が駆けつけ周りの木々には烏と蝙蝠が集まりだした。
「Witch……」
神父だ。祈祷師、退魔師、エクソシストも務めている神父だった。
神父が十字架を掲げて聖書を開くと、烏がまっしぐらに飛びかかり、蝙蝠はまとわりつくように飛び回る。
聖書の一節を詠唱すると、烏も蝙蝠も激しく地面へと叩きつけられた。
大事な仲間を傷つけられた魔女は、歯を剥き目尻を吊り上げて竹箒に跨った。
そこに黒猫が飛び乗った瞬間、竹箒がふわりと宙に浮いた。
頭上の魔女を睨みつける神父の元へ、コンコが駆け寄り黒衣を掴む。
「神父さん! お婆さんに何をするの!?」
「魔女、封印しマス!」
コンコの顔が悲愴に歪み、黒衣を掴む手に力がこもる。
「お婆さんたちは、悪いことをする気がないよ!? 静かに過ごしたいって言ってるよ!? みんなと仲良くしたいって、そう言っているんだよ!?」
コンコの必死の懇願は一切聞き入れられることはなく、神父は魔女を見上げたまま聖水の小瓶を取り出した。
「そこをどけ! わしの狙いは神父じゃ!」
魔女の叫びは、守ろうとしてくれたコンコへの思いやりだ。
コンコは神父の胸から離れることはなく、首を激しく横に振って涙を散らせた。
「嫌だ! 僕は神父さんを止めるんだ!」
魔女が口惜しそうに唇を噛むと、ゆっくりと空を指差した。星も月も厚く黒い雲が覆い隠して、跳ねる電弧が一帯を照らした。
「コンコ! 逃げろ!」
「嫌だ! リュウも神父さんに……!」
魔女が神父を指差すと、ふたりを取り囲むように幾筋もの稲妻が落下した。光の檻に囚われて、神父もコンコも身をすくめたまま動けずにいる。
雷が止むと、コンコを傷つけたくない魔女は、怒りも焦りも願いも込めて叫びを上げた。
「そこをどけ! わしが欲しいのは神父の命だけじゃ!!」
「嫌だ! 神父さん、もうやめて! リュウも、神父さんにお願いして!」
聞き分けの悪いコンコに、魔女が苦々しく眉をひそめて噛んだ唇を震わせた。神父を正面に捉えると、まっしぐらに飛びかかった。
瞬く間にふたりの元へと迫った魔女は、神父が振りかけた聖水を浴びて煙に消えた。主人をなくした竹箒はふたりの足元に突き刺さり、つば広のとんがり帽子は地面を虚しく転がった。
コンコもリュウも、くったりと折れたとんがり帽子の先を、焦点を失った目で見つめて、言葉を忘れてしまったように絶句した。
しかし、茫然自失となっている暇はないのだ。
「よくも魔ぁちゃんを……おのれ!!」
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