稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

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僕は、お稲荷様⑤

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語問こととひし磐根いはね  樹根立きねたちくさ片葉かきはをも語止ことやめて あめ磐座放いはくらはな

 苦痛に歪んではいるが、怒りの炎に瞳を燃やすコンコとリュウに、ぬらりひょんは情けなく引きつらせた顔をさらすことしか出来ず、とうとう声にならない悲鳴を上げた。

あめ八重雲やへぐも伊頭いづ千別ちわきに千別ちわきて 天降あまくださしまつりりき

 コンコとリュウのふたりが握ったなまくら妖刀は、ぬらりひょんを貫いた。
 日枝神社から横浜一帯に、断末魔の叫びが響き渡ると、夜の帳に身を隠していたあやかしたちが戦慄した。耳を塞いで震えるもの、尻尾を巻いて逃げ出すもの、恐れをなして自ら消えてなくなるものまであった。

 コンコとリュウが重なるように倒れると、なまくら刀の切っ先に、湯呑が引っ掛かっているのに気が付いた。これが、霊力を失ったぬらりひょんの姿だろう。
「コンコ、大事ないか」
「リュウ、重いよぅ……」

 すまぬ! と言って身体を浮かせるとコンコが這い出て、残ったわずかな霊力を絞り出し、虚空より取り出した壺に湯呑を入れて封印した。
 コンコとリュウは地面にあぐらをかいたまま、互いの拳を突き合わせ、笑顔を送って労った。

 元町の神社に戻った頃には、夜が明けた。
 目覚めた巫女が社務所で朝餉の支度をはじめており、たぬおはカビた団子をものともせずに、いびきをかいて眠っている。

 たぬおを揺り起こしてぬらりひょんを託すと、リュウが社務所へ入っていった。
「リュウ、僕も巫女さんを手伝うよ!」
「違うのだ。たぬおと一緒に拝殿で待っていてはくれぬか」

 しばらくしてから出てきたリュウを、コンコは餌を待つ鯉のように口をパクパクさせて、丸くした目でポカンと見つめた。
 白い着物に浅葱あさぎ色の袴、たぬおと同じ宮司装束を身にまとっていたのだ。
「……どうしたの? リュウ……」
「それより先に、コンコに見てもらいたいものがある。来てくれないか?」
 恥ずかしそうに案内したのは、本殿脇だった。

 そこには、真新しい祠があった。乾いたばかりの朱漆が、朝日を浴びて艷やかに輝いている。
「これって……」
「コンコの祠だ。今までに貯めた金で建てた」
「それじゃあ、リュウは!?」
「勝に会ってから考えてな、この神社で権禰宜ごんねぎとして働くことに決めた。近頃の鍛錬というのは、たぬおと巫女に神社の務めを教わっていたのだ。黙っていて、すまなかった」

 リュウはコンコの薄い肩を掴むと、潤んで輝く瞳を真っ直ぐに見つめた。
「今まで、コンコに助けられてばかりだった。次は俺が、恩に報いる番だ」
 コンコはふるふると震え、瞳を輝かせたものが溢れ出ると、リュウの厚い胸に飛び込んで、隆々と盛り上がった背中に腕を回した。
「これからは、この神社でずっと一緒だ。社務所に住まうことも、たぬおも巫女も認めてくれた」
「リュウ、ずっと一緒にいようね」

 小さな身体を包み込もうと腕を回すと、たぬおが水を差すように拝殿下から這い出てきたので、ふたりはパッと離れて頬を染めた。
「私は厳しいですようぅ! リュウさん覚悟してくださいねぃ!」
「宮司さんこそ、しっかりして下さい! リュウさんはお務めをひと通り覚えましたよ? いっそリュウさんに宮司を務めていただこうかしら」
 そんなぁ! と泣きべそをかくたぬおを、苦笑しながらリュウは撫でた。
「俺はまだまだ修行の身だ。宮司、宜しく頼む」

 コンコが期待と不安をうずうずさせて、リュウの袖をチョイチョイと引いた。
「でも、リュウ。まだ足りないものがあるんじゃないかな?」
「朝餉がまだですよぅ。巫女さんがコンコさんのために、おいなりさんを作ってくれたんです」
 たぬおは腹を鳴らして、よだれを垂らした。
「宮司、そうではない。これからは俺は、港崎みよざきと名乗る」
「まぁ! 横浜らしい名前ね!」
「いいね! リュウにピッタリだよ!」
 港崎とは遊郭があった場所で、今は横浜公園、洋の東西を問わず憩う彼我ひが公園となった地だ。遊郭務めをしていたことも、意識しているのだろう。
 上野で捨てた命と名前を、横浜で取り戻した。
 今日から、港崎リュウだ。

 コンコが祠に入るときが来た。
 リュウがコンコに祝詞を上げて扉を開けると、下までガランと空洞になっていた。
「宮大工を探すのに、骨が折れたぞ。何せ御神体が、これだからな」
 コンコはリュウから、なまくらを受け取った。
 300年間コンコが過ごした祠の霊力が込められている。この他の御神体など、考えられない。
「さっすがぁ! わかってるね、リュウ」

 祠の中になまくら妖刀を突き立てると、コンコが祠に腰掛けた。
「そうだ! リュウ、大事な話!」
 コンコが手招きするのでリュウが顔を近付けると、穏やかな微笑みに唇を重ねられた。
 突然のことに狼狽していると、コンコは微かに笑ってみせて、祠に吸い込まれるようにスゥッと姿を消した。

「これから毎日、おいなりさんを作らないと!」
「コンコに鍛えられた俺の腕も、なかなかだぞ。さっそく明日、作ってみせよう」
 リュウと巫女が笑い合って、たぬおがよだれを垂らしていると、禄郎が大慌てで石段を駆け上がって来た。
「ここにいたか! 河童が押し寄せて、店の胡瓜を食い荒らしているんだ! 助けてくれ!!」
 鳥居の前では、アンヌが頬をふくらませ、神父が息を切らせてガックリと膝をついた。
「アンヌのDoll、人形の笑い止まらナイ! 手に負えナイ! Help me!!」
 ケタケタ笑う市松人形を抱いて、アンヌはプンスカと怒っていた。

 巫女装束のコンコがなまくらを抱えて、祠から飛び出してきた。呆れたような、しかし嬉しそうな顔をしている。
「まったく、世話の焼けるあやかしだなぁ」
「コンコ、どっちからだ?」
 コンコは悪戯っぽくニヘッと笑うと、リュウになまくらを手渡した。
「そりゃあ、胡瓜でしょう? 無くなったら大変だもん」
 狼狽する神父とアンヌに「必ず戻る」と告げてから、ふたりは禄郎の後を追って青物屋へと駆け出していった。
 コンコとリュウの明治横浜あやかし退治、まだまだ終わりが見えないようだ。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ことのべ つかさ

ことのべつかさです!

「列車食堂」も読ませていただき、こちらの作品も読ませていただきました!

まずやっぱり1話の完成度がものすごく高いですね。
情景描写が抜群に上手です。

そして、個人的に目を見張ったのは時代背景に忠実に寄り添った言葉遣いと登場人物の行動ですね。

これがあるとないとじゃ物語の奥行きが全く違いますから、こういった描写が出来るのは羨ましいと素直に感じます。

「列車食堂」も大変面白かったのですが、個人的にはこちらの作品の方がさっぱりと楽しめて良かったです。

今後も期待してます!

2022.08.23 山口 実徳

ありがとうございますm(_ _)m
情景は力を入れているところなので、そう仰って頂き感激です!
今後も、楽しんで頂ける物語を紡いでいけるよう精進して参ります。

解除

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