猛毒の花と愛

栗菓子

文字の大きさ
6 / 22
第1章 奈落

第5話 月光と愛人

しおりを挟む
「正気ですか?」

「正気だとも、そなたの腕に抱かれて、月の光を浴びながらこの庭園で共に過ごしたかった。夢がかなった。私の望みは叶うものだ。」

この豪奢な庭園は、古くから貴族のお気に入りだった。

古代の皇帝は、遠征の旅に、多くの庭園を造ったとされる。その中でも、四分庭園は、周囲を壁で囲み、外界と一線を引いた場所に四つに区画された四分庭園を置く庭園の形式をさす。

4つの庭園と4本の川が流れる緑滴る庭園は、非常に快適で秩序や調和のとれたものであった。

薔薇や、多くの花が咲き乱れ、芳香を放つ時期、皇帝は、そこでお茶とお菓子を飲食し、束の間の安息を得たという。

それ以降、貴族の庭園は、それを模倣した楽園と呼ばれる憩いの場所となった。

心地よい風を浴びていたイツキは、貴人アデルの求愛に当惑していた。

アデルは、幾夜も娼館を訪れ拒絶の果てに、イツキの情を得た。
逢瀬が重なるほどに、イツキに対する情愛は深まった。この男が欲しい。原初的な本能がアデルの中で目覚めていた。

アデルは娼館などといった穢れた世界に、これ以上イツキを置かせたくなかった。
イツキは特別だ。アデルの血と肉を構成する細胞が、イツキを別格としていた。

ああ、愛おしきお方をこれ以上卑しきところへはおかせたくない。
イツキの足に接吻したい。半ば信仰じみた執着と愛を蛇のように心に渦巻かせながら、アデルは艶やかに微笑んだ。

それでも汚濁に満ちた娼館で生き延びたイツキには信じがたい事だった。

光り輝く世界に生きていた貴人が、溝鼠のような地を這う人生を歩むイツキにかつてなく情欲を覚え、愛人にしたがることだ。

「あなたは、夢に夢をみているだけではないのですか?あれは一夜の夢だったのですよ。あれは月の神が見せた奇跡では?あなたの真の恋人は幻の私ではないのですか?」

「そなたは全く不思議な事を考えるな。何。私も只人であっただけだ。そなたの全てが私の情欲を掻き立てる。愛とはかくも不可思議な事であることよ。」

アデルは熱病に浮かされたように、イツキの身体に腕を廻した。
イツキのほうが僅かに大きい。それさえもアデルには好ましかった。

「ねえ、イツキ。そなたは自身が思う以上に価値がある存在なんだよ。そなたは信じないだろうけどね。」

アデルは少し寂し気に、愛を疑われたことに傷心していた。
ああ、イツキ。私の心臓を抉ったらいいのに。その心臓はどれほどイツキへの愛に満ちていることがわかるであろうに!
成程、私が確かに気が触れているのだろう。この恋という狂気に侵されているのだから。
イツキは幻を見ているといったが、そうではない。もっと原初的ななにかが私に憑いている。
古代からの血と肉が魂がイツキを彼だと叫んでいる。
ー猛毒の王。イツキは姉神に敗れたという破壊の神スレイの血を引いている。
ああ、イツキ。でもね。その姉と弟神は夫婦神であったとも言われるんだよ。
ああ、果たしてユージュネイアは、弟スレイを躊躇いもなく討伐したのだろうか?
そこには愛はなかったのだろうか?
でなければ、私のこのどうしようもない感情が何なのだろうね。

私はイツキとずっと一緒にいたい。スレイは八つ裂きにされた。
しかし、死ななかった。スレイの子孫は僅かながら生き延びている。それは王族が知っている真実だ。スレイの子孫は、王族に近い者はすぐに分かる。その花の芳香。耐えがたい激情により狂い果てた者は多い。だからそれを恐れた王族は、スレイの子孫を滅ぼしたのだ。
愚かな……。狂おしいほど愛した存在を宿した子等を殺すなど、アデルには解らなかった。
ー私はイツキの敵を滅ぼそう。私は愛によって生きる者だ。

アデルは己を自覚した。
ーアデルは知っていた。アデルと同様にユージュネイアの血を継いでいる者達は、イツキを深く愛するだろう。運命の番さえもイツキには叶わない。兄君ユデル・ユージンは私を許さないだろう。
冷徹な復讐をするかもしれない。死の影がアデルをよぎったがアデルはかまわなかった。

イツキそのものが愛という化身の花だった。

アデルはイツキと言う猛毒の花に冒されているのだ。この夢からアデルは目が覚めたくなかった。

幻のイツキが恋人か……。いや。そうではないな。私は現実のイツキを愛しているのだ。

月の光など頼りないものを愛したつもりはない。イツキは過酷な生を得て、生き延びた男だ。

死の匂いが濃厚な世界に咲いた猛毒の花よ。 その花はなんと美しく稀有なことか……。

アデルはイツキという花に酔いしれていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

転生子息は選ばれたい お家のために頑張ります

kozzy
BL
前世の記憶を持つ転生者な僕、オリヴィエは、使用人も母親も逃げ出す没落までカウントダウンの子爵家をなんとか維持しようと毎日頭を悩ませていた。 そんな時山で拾ったのは現世で落雷に合って異世界へ転移してしまった日本の青年安藤改めアンディ。 頼りがいのある彼アンディの力を借りて子爵家を立て直そうと思ったんだけど… 彼が言うにはこの世界、彼のやってたゲームの世界なんだって! そんな時王様によって発布されたのが、第一第二第三王子の婚約者を選ぶ大選定会を開催するという知らせ。 手っ取り早く〝玉の輿”を狙う彼のプロデュースで僕はどんどん磨かれていって… え?これ空前のモテ期? しばらくはじれったいのが続く予定です。

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子は、ある日兄の罪を擦り付けられ、異国に貢物として献上されてしまう。ところが受け取りを拒否され、下働きを始めることに。一方、日夜執務に追われていた一人の男はは、夜食を求め食堂へと足を運んでいた――

処理中です...