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第2章 海の世界
第3話 死に神と砂時計
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死と生、衰退と発展、進化と退化……。
海はあらゆる矛盾したものを抱擁して、大海の流れで、未知の未来へ種を運びよせる。まさに母と呼ぶべき惑星だった。
イツキは、ほおと、海に関する話を語り部から聞きながら、ふと、我が女神ユージュネイアはどこからきたのか?と思った。
星の神々のように天から来たのだろうか? それに、女神は高度な文明を築いて、そこには差別などなかった楽園だったと聞く。我が女神とは対極だなとイツキはひそかに嘲笑った。
ここ、皇国は男性的な原理が強い差別と弾圧が激しい階級制世界だ。
イツキでさえも辛酸を舐めた事があるから、虐げられた弱者を侮蔑するつもりはなかった。
特に胸が高揚したことがあるのが、海賊と死の神と砂時計だった。
死を疎んじ、生きるために海賊になったはずの彼らが、いつの間にか死に神を奉じ、冥府の黒と髑髏と骨と砂時計の紋様を海賊の旗として高らかに翻す様は圧巻だった。
そして砂時計……。ああ、その栄誉は束の間。ほんの数年で他の海賊に殺されたり、疫病や、海の獣に襲われたり、処刑もあるだろう。短命である。儚さ。さらさらと落ちていく砂のようだ。
ああ、鮮明に浮かぶようだった。海賊の獰猛な生と寂寥にまみれた時、享楽の刹那的な時間。地獄で何故悪いと獰猛に笑う海の獣たち。
彼らは、己を弾圧する世界を嘲笑い、猛烈に抗ったのだろう。
それは無為に過ごす永遠の時より価値がある生ではないかとも思えた。
私に彼らを嘲笑う資格などない。私自身、この数奇な人生に迷い戸惑いながら、運命に流されていく只人に過ぎないから。
「イツキ。そんなに聞き入って……。よほど海や海賊の話が気に入ったんだね。ぼくにはわからないけどね。怖い蛮人たちが一杯いたんだね。」
身震いしながら愛らしく己の肩を抱きしめる様は本当に魅力的だった。男娼の中でも人気のあるアンジュ・シュタール。貴族の名門の私生児だ。
柔らかな栗色のくせ毛に、煌めく青い瞳。本当にお人形さんのようだった。
こどものような肢体と精神にイツキは苦笑した。客はこのような思い通りになりそうな生きた性具を好むのだろう。それはとても滑稽で醜悪で哀れに見えた。
彼らは本当に対等に愛し合っている相手はいるのだろうか?いや。愛は無いだろう。恐らく……。
そう思うとイツキにも、少し心に空洞が空きそうだった。
『アデルは私を愛しているというが、私は今だにその愛が分からない。その愛は支配欲のみではないかと思ってしまう。それは本当の愛なのだろうか?』
愛はイツキにとって砂時計のようなものだった。触れれば、砂のようにさらさらと落ちていく。
『アデルは私を苦しめない。優しさを偽っているにせよ、私を大事にしている。』
それでもイツキは、恐ろしかった。穢れた世界では、露骨な弱肉強食があった。
生々しい生。他者や弱者をわがものにし、傷つけ、圧倒することであり、抑圧し、委縮させ、自分の流儀を押し付け、相手を呑み込んでしまう。ああ、ああ無知で弱い奴らは搾取されていった。
この最高級男娼は、幼稚な精神ゆえ、自分がいかに恵まれた境遇にあるかよくわかっていない。
その環境はいつ壊れるか分からない脆いものであったとしても、イツキはお人形さんの世界を壊すつもりはなかった。
「ふふ。アンジュ。大丈夫だよ。唯ね。激しく生きた戦士たちの話を聞くと高揚するんだ。私も戦士だったらねと思うことがあるんだ。」
「ふうん。イツキは変わり者なんだね。ぼくは怖くてたまらないや。ぼくは良い主人を見つけて一生守ってもらいたいな。駄目かな?」
「駄目な事あるものかい。アンジュなら見つけられるよ。」
イツキは半ば嘘をついてアンジュを慰めた。
男娼の寿命は本来は短命だ。奴隷や下級娼婦はほんの数年で消費される。
だが、貴族の血を引いているから、アンジュは保護された愛玩物として生きて居られる。
その命がどの位もつかイツキには分からなかった。
「イツキはいいね。あんな素敵な人に愛されてるもの。アデル・ユージン様だよ。もう呆れるほど
イツキに首ったけなんだもん。」
「おお、アンジュ。」
最高級娼婦の世界では、イツキ・クランはアデル・ユージンの寵愛をほしいままにしているともっぱら噂の元であった。
海はあらゆる矛盾したものを抱擁して、大海の流れで、未知の未来へ種を運びよせる。まさに母と呼ぶべき惑星だった。
イツキは、ほおと、海に関する話を語り部から聞きながら、ふと、我が女神ユージュネイアはどこからきたのか?と思った。
星の神々のように天から来たのだろうか? それに、女神は高度な文明を築いて、そこには差別などなかった楽園だったと聞く。我が女神とは対極だなとイツキはひそかに嘲笑った。
ここ、皇国は男性的な原理が強い差別と弾圧が激しい階級制世界だ。
イツキでさえも辛酸を舐めた事があるから、虐げられた弱者を侮蔑するつもりはなかった。
特に胸が高揚したことがあるのが、海賊と死の神と砂時計だった。
死を疎んじ、生きるために海賊になったはずの彼らが、いつの間にか死に神を奉じ、冥府の黒と髑髏と骨と砂時計の紋様を海賊の旗として高らかに翻す様は圧巻だった。
そして砂時計……。ああ、その栄誉は束の間。ほんの数年で他の海賊に殺されたり、疫病や、海の獣に襲われたり、処刑もあるだろう。短命である。儚さ。さらさらと落ちていく砂のようだ。
ああ、鮮明に浮かぶようだった。海賊の獰猛な生と寂寥にまみれた時、享楽の刹那的な時間。地獄で何故悪いと獰猛に笑う海の獣たち。
彼らは、己を弾圧する世界を嘲笑い、猛烈に抗ったのだろう。
それは無為に過ごす永遠の時より価値がある生ではないかとも思えた。
私に彼らを嘲笑う資格などない。私自身、この数奇な人生に迷い戸惑いながら、運命に流されていく只人に過ぎないから。
「イツキ。そんなに聞き入って……。よほど海や海賊の話が気に入ったんだね。ぼくにはわからないけどね。怖い蛮人たちが一杯いたんだね。」
身震いしながら愛らしく己の肩を抱きしめる様は本当に魅力的だった。男娼の中でも人気のあるアンジュ・シュタール。貴族の名門の私生児だ。
柔らかな栗色のくせ毛に、煌めく青い瞳。本当にお人形さんのようだった。
こどものような肢体と精神にイツキは苦笑した。客はこのような思い通りになりそうな生きた性具を好むのだろう。それはとても滑稽で醜悪で哀れに見えた。
彼らは本当に対等に愛し合っている相手はいるのだろうか?いや。愛は無いだろう。恐らく……。
そう思うとイツキにも、少し心に空洞が空きそうだった。
『アデルは私を愛しているというが、私は今だにその愛が分からない。その愛は支配欲のみではないかと思ってしまう。それは本当の愛なのだろうか?』
愛はイツキにとって砂時計のようなものだった。触れれば、砂のようにさらさらと落ちていく。
『アデルは私を苦しめない。優しさを偽っているにせよ、私を大事にしている。』
それでもイツキは、恐ろしかった。穢れた世界では、露骨な弱肉強食があった。
生々しい生。他者や弱者をわがものにし、傷つけ、圧倒することであり、抑圧し、委縮させ、自分の流儀を押し付け、相手を呑み込んでしまう。ああ、ああ無知で弱い奴らは搾取されていった。
この最高級男娼は、幼稚な精神ゆえ、自分がいかに恵まれた境遇にあるかよくわかっていない。
その環境はいつ壊れるか分からない脆いものであったとしても、イツキはお人形さんの世界を壊すつもりはなかった。
「ふふ。アンジュ。大丈夫だよ。唯ね。激しく生きた戦士たちの話を聞くと高揚するんだ。私も戦士だったらねと思うことがあるんだ。」
「ふうん。イツキは変わり者なんだね。ぼくは怖くてたまらないや。ぼくは良い主人を見つけて一生守ってもらいたいな。駄目かな?」
「駄目な事あるものかい。アンジュなら見つけられるよ。」
イツキは半ば嘘をついてアンジュを慰めた。
男娼の寿命は本来は短命だ。奴隷や下級娼婦はほんの数年で消費される。
だが、貴族の血を引いているから、アンジュは保護された愛玩物として生きて居られる。
その命がどの位もつかイツキには分からなかった。
「イツキはいいね。あんな素敵な人に愛されてるもの。アデル・ユージン様だよ。もう呆れるほど
イツキに首ったけなんだもん。」
「おお、アンジュ。」
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