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掃き溜めに鶴

オキナとアサミの会話③

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ふくよかな色気のある女がとある田舎で子どもと遊んでいた。
母さんと言われながら、そのたびにアサミはなあにと嬉しそうに応えた。
逃れ切ったオキナとアサミは辺境の田舎でひっそりとだが今までになく幸福だった。
オキナの信用できる知人の紹介でアサミとオキナは農家になった。
勿論時々、闇の商売もやる。 盗品など後ろ暗いものを渡したり下っ端の仕事だ。
それほど危険ではない。オキナの知人だ。訳アリの人は多い。
静かに暮らしたい人はいっぱいいる。

風の便りで、カリンとエドという少年や他の女たちは貴族の追手に助けられたらしい。
良かったと心底アサミは安堵した。
だが、問題はそれだけじゃなかった。救出されたカリンとエドは力を併せて、あの事件の真相を暴いたらしい。
とんでもなく偉い貴族のあまりにも幼稚な動機にアサミは脱力した。
カリンは悪い貴族や盗賊が裁かれる様を見届けたらしい。他の犠牲者もだ。
凄いわ。カリン。貴方の力でとても悪い貴族を裁いたのね。やはりカリンは特別だった。
あそこでは、掃き溜めに鶴のように、どこか不思議なはっとさせる面があったもの。
カリンは試練を与えられるたびに美しくなっていった。
まるで屑と光る宝石のようになっていった。勿論カリンは光る宝石だ。運命が磨き上げた宝石。
その輝きにアサミも女として見惚れずにはいられなかった。
あたしも子どもが居なかったらずっとカリンの傍に居たかったな。
少し未練があったが、今は可愛い子どもがいる。あたしに惚れている夫もいる。安全な家もある。
これ以上何を望むことがあろうか。

子どもはカリンとオキナの名を少しあわせてオリンと名付けた。
よく似ているけどいいだろう。あたしにとって特別な女。ともに助け合った友人の名前だ。
そしてあたしを母親にした男の名前でもある。

どちらもあたしの運命を変えた男と女だ。


オキナは子どもの名前の意味を知りたがった。オキナはあたしの考えていることを知りたがる。
まるで子どもだわ。あたしだけが唯一の家族みたい。
あたしを母親にした貴方の名とあたしを助けてくれた友人の女の名を少しあわせてつけたのよ。
どちらもあたしにとっては重要な名前よ。

お前の友人の女の名はカリンというのか?
ええ。そうよ。よくわかったわね。
あの女はどこか不思議な雰囲気があったからな。まさかあの女が裁く側になるとはな。
あの女は特別な力があったそうだな。おそらく助かった貴族の少年と復讐を果たしたんだろう。
あの女は貴族の少年と夫婦になったらしいぞ。凄いな。娼婦が貴族の領主婦人になるとはな。

俺たちも執拗に裁かれないかなと思ったが、なんだか追手はこないな。
きっと、カリンよ。あたしに子どもができたってわかっているはずよ。あたしは貴方を選んでしまった。
カリンもそれを察知して、多分追跡を止めさせたのよ。カリンはあたしのことはよくわかっているはず。

そうかとオキナはため息をついた。
運命は分からんな。俺がお前に惚れてしまってここまで逃げて子供までこさえて家族になるとはな。
昔の俺にいいたいぜ。
女は男を変えるとな。

アサミは何という言いようだと思って言い返した。 あら貴方だって私を母親に変えたくせに。
お互い様よ。

オキナは子供のように笑った。
一生かけて幸福にしてやるよ。お前とお前の子どもも。

そうでなきゃ許さない。アサミはオキナに飛びついた。獣のようにとびかかった。オキナもそれを受け止めた。
こどもが不思議そうに父親と母親を見ていた。

彼らは、死ぬまで5人の子どもをつくって大家族になった。逞しく優しい男の子オリンと優秀な男の子サミーとオキナによく似た男の子だから同じ名前にした。小さいオキナだ。アサミによく似た娘だから小さいアサミにした。最後にははっとするような娘が生まれた。カリンによく似た美しい娘だ。アサミはアリンと名付けた。
自分とカリンの名をあわせた。
小さいアサミとアリンはとても仲が良い姉妹となった。アサミは幸福そうに目を細めた。
オキナも苦笑しながら、子供たちが戯れているのを見守った。

幸福な月日は流れて、カリンとエドという夫が共に亡くなったという噂があった。
自然死らしい。苦労したから早死になったのだ。

嗚呼とアサミは涙がこぼれた。カリンはもういないんだ。
お母さん大丈夫と心配そうにアリンがアサミを見つめた。カリンによく似た子ども。神様があたしの特別な人によく似た子どもを与えてくださった。あたしが大丈夫なように。
大丈夫よ。あなたと子ども達とオキナもいるから。
アリンを抱きしめながらアサミは唯今だけは泣かせてとアリンに呟いた。

オキナも途方に暮れたこどものように小さいオキナを抱えながらアサミを心配そうに見つめた。

それからもアサミは頑張って生きた。オキナもアサミを支えた。守った。父親として。夫として。

最期まで彼らは仲良く助け合って生きた。
子ども達は彼らのように好きな人を見つけて共に助け合って生きたいと思うようになった。
やがて子どもたちは自立し、それぞれの嫁や夫を探しに行った。

オキナとアサミはここで待っていると田舎の家で言った。

数年後、子どもたちは財宝を見つけたみたいに意気揚々と気の合う嫁や夫を連れてきた。

はじめてみた嫁の腹は膨らんでいた。

母さん。お祖母ちゃんになるんだよ。と長男のオリンは誇らしげに嫁の腹をみせた。嫁は顔を赤らめながらも
はにかみながらよろしくお願いします。おかあさん。といった。

歴史は繰り返す。その意味をアサミはじみじみと実感した。
オキナもアサミの考えが伝わったらしく気まずげに嫁の腹を見た。
これであなたも御祖父ちゃんなわけね。
ジト目でアサミはオキナを横目で見た。
それをいうなとオキナは目で応えた。
オキナはまだまだ若いままでいたいらしい。おじいちゃんといわれるのはショックだったらしい。
今までになく呆然とした顔をしていた。
なんかおじいちゃんではなくオキナと言ってほしいなと汗をだらだら流して、オリンに言った。
長男オリンは困ったように父オキナを見た。
そっとオリンはオキナに言った。「諦めてくれ。父さん。現実を受け入れて。父さんはおじいちゃんになるんだ。」
そんなあとオキナは子どものように嫌な顔をした。

長男オリンは既に子どもより子供らしいのは父親オキナであると知り尽くしていた。
オキナはアサミの子どものようだった。
長男オリンは微妙な顔をしてオキナの父親のようにそっと宥めた。

子どもが父親になり父親がこどもになるとはなとオリンは父としての気苦労を感じた。
アサミはその様を見てなんとなく関係が逆転したことを悟った。
オキナはオリンの子どものようになったのだ。

何とも言えない微妙な気持ちだった。

この世は不思議だ。 
どうしたの。お母さん。一家で一番美しい女アリンが不思議そうに見つめた。
嗚呼、まさに掃き溜めに鶴だわ。
一家ではアリンは一番美しく輝いている。

ねえ。カリン。この世は不思議ね。繰り返したり、家族が減ったり増えたりするのよ。
まさかわたしがおばあちゃんになるとはね。


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