浮生夢の如し

栗菓子

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第12話 奇姫の子

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医者は、半死人とよばれる奇病をもった患者の女を奇姫とよんで寵愛した。
被験者でもあり、その奇妙な体の虜になった愚かな男でもあった。
医者はありとあらゆる奇姫の体を調査した。結果は死体の状態なのに普通の人と大して変わらない体だった。
現代の医学では暴けない謎なのかもしれない。量子的に彼女は生きているのか死んでいるのか分からない状態だ。
この似たような症状は仮死状態だ。でもこれは少し違うと医者の直感が告げていた。生と死の世界のはざまに半分つっこんでいる状態だ。死の世界とは何だろう。ここは生の世界なのか。医者は世界について考えずにはいられなかった。
医者は無意識にパンドラの箱を開くような思いで、彼女と交わった。これは犯罪ともいえるが彼女は受けいれた。
愛とも呼べぬ交合。医者は醜くも爛れた交合に溺れた。だが、僅かにこのままでは子どもができるなと思っていた。
その子はどんな子だ?医者の冷徹な思考がまだ見ぬわが子さえも被験者として見るようになった。

何年も犯して、やがて奇姫の腹は膨らみはじめた。横たわる人形が腫瘍を孕んだようで少し戦慄したが、それ以上に虜になった。
少しずつ腹は膨らんでいく。胎児が暴れる。鼓動がする。
私の種が死体みたいな女の腹に宿った。奇妙な果実が生まれつつある。
ある地域では、昔は水死体を神様と呼んだこともある。人も死んだら神になるから。神へ還ると聞いたことがある。
神ってなんだ。不可思議なものか?生命の源が?
曖昧な認識で、蛭子神話や、奇妙な子が生まれる神話を医者は読みふけった。
私の子が神になるかも?今まさに奇妙な子が宿り生れるのだ。
医者は子どもが外界に出るのが待ち遠しかった。

「早く生まれておくれ。」医者は聖母のように微笑んで奇姫を撫でた。

罪人と奇姫と呼ばれた半死人の女の意識はそれを見守った。
やはり子供が生まれるんだ。どんな子供だろう?女は不安そうに見た。罪人はその女を見た。女が母親になっていく様を見るのはなんか奇妙な感じだ。同時に医者が父親になっていくのも奇妙だ。
奇妙な親子関係、夫婦関係 傍目は患者に献身的に治療する医者。美談に見えるが、醜悪な奇妙な歪な家族が出来つつある。
罪人と女は唯、見つめるしかできなかった。
そんな美貌の医者は繊細な手で女の白い手を握りしめた。あんなに美しいのに悪趣味な人と女は諦観の思いを抱いた。医者は己の罪を巧妙に隠した。しばらくは女を犯し子どもを孕ませたことはばれなかった。
正義感の強い医者は別の重大な患者の世話や、出世や派閥での権力闘争に巻き込まれそれどころじゃなかったのだ。
奇姫と呼ばれた女は幽体離脱のような状態でふあふあと、様々な関わった人たちの様子を映像を見るように見守った。
良い人はいっぱいいるのに、どうしてあたしのところに来る奴はおかしな奴が多いのか?
知らないよ。貴方。そんなに美しいのにあたしの体の虜になって。どうしてしまったの?
そんなに、生と死の世界を暴き立てたいのかな?医者は何でも解明したがる。メスや薬や何かで探ろうとする。
業が深い人だよ。 
罪人も頷いた。何故そんなに暴き立てたがるのかな。あれはもう何かに憑かれているとしか言いようがない。

美しい医者の罪が発覚する時が来た。
当然だ。半死人の女の腹が膨らんできたのだから。看護師はあっと妊娠を直ぐに思い浮かべるだろう。
特殊な患者は限られた者しか診察をしない。
美しい医者とか看護師とかだ。この病室に来るのは僅かだ。
まさかと看護師は美貌の医者を思い浮かべただろう。まさかまさかと思いながらも看護師は女の腹に手を当てた。
どくんと鼓動が打った。子どもがいる。看護師はアアと衝撃的な顔をした。震えながらまさかと言いながら、上司に慌てて報告に向かった。
美貌の医者は隠れて看護師が去るのを見た。「ばれたな。」淡々と他人事のように呟いた。
すると医者は何を思ったが、連れの人に命じて奇姫の体を抱えて逃亡した。
美貌の医者には権力があった。汚い仕事も請け負う使用人もいる。医者は命じて、あらゆるカルテやデータを奪い全てを持ち去った。
看護師が上司と共に病室へ戻るころには、奇姫と呼ばれる女の身体はなかった。
跡形もなく消えた。窓から強風でカーテンがひらりひらりと浮き上がった。パサパサと音がした。
「嗚呼」
上司と看護師は震えて呻いた。
「だれか!」彼らは助けを呼んだ。 
やがて病院のあらゆる人に奇姫という患者が誘拐された。しかも孕んでいた。という情報が流れた。
彼らは騒然となって探し回った。
しかしもうどこにもいなかった。美貌の医者もいなかった。忽然と消えた。

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