浮生夢の如し

栗菓子

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第14話 腐触街

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父親は、腐り子の力を何かに使えないかと思った。神は子どもだ。そういう信仰がどこかに散りばめられている。
そのことをとても幼いころは不思議に思っていたが、成長するにつれて分かる。子どものほうが生まれてきた時が早い分、脆弱な身体を補うため、何か第六感とか見えない力を得ることが多い。生き延びるためだろう。
でもこれはあべこべだ。死人から生まれた腐った子。死と生が重なって生まれた子。異形の神の子だ。
酸のように触れる者を腐食する力を持った子。それは武器にもなる。
かつての聖者は多くの人を癒したようだ。ならば逆の力もあるはず。医者の目論見は正しかった。
私の子がこんな力を持つなんてすばらしい。
うっとりと医者は酔いしれた。医者は人々が治って喜ぶ様は見飽きた。反面人が死んで嘆く人たちの心もあまり理解できなかった。何故そうまでして生きていて欲しがるのか?
医者は分からないことばかりだった。医者の心はとても奇妙な奇怪な構造をしていた。
半死人の患者が現われた時、医者は何かの啓示のように思えた。
医者にとっては生より死のほうが好ましかった。医者はおそらく真っ当な人の心はない。どこかいびつだったり得体のしれない何かがあるのだ。医者はその心を飼いならし上手く擬態した。
女にはモテたが、医者にとっては忌避する生き物だった。甲高い声を上げる弱いのに強い。生き延びようとする女。
生は医者にとっては生々しいほどだった。医者はあまり女を愛せなかった。
だが奇姫には欲情した。半分死んでいるからだろうか?

ぞっとするほど冷たい質感。身体。僅かに生きていると実感させられる動く白い手。
医者には全てが好ましかった。医者にとっては初めての恋だったかもしれない。
医者には倫理感はない。人にあらずの心をもっていた。お似合いだろう。私の初恋が死人の女だなんで。

医者には貴族の血が流れていた。生きるために人を葬ってきた青白い血は死とよく似合う。
他者を愛することのない冷徹な血が流れていた。
無機質な感覚と無機質な思いそれが医者の本質だった。
代償に富と権力は得た。それが医者の隠れ蓑にもなった。

私の子どもはこんなに素晴らしい力を得た。いっそ私の子を中心に街を創ろうか?
私以外のどうしようもない血やまともな心を持たぬ外れ者はいるはず。彼らを集めて死の街、腐触街を創ろうか?

うっとりと医者は夢想した。残念ながら医者にはそれを実行できる権力と頭脳があった。
密かに医者は闇の住人達を集めて、カルト集団を創った。力さえもあればいいと思う人。
人格的に破綻しているが使える使用人や奴隷を集めた。

腐り子を中心とした集団と街だ。

そこに真っ当な心を持った人はいらない。欠陥品だらけでも生きているのだから有効に使わせてもらおう。

医者は腐り子のために街を創った。奇妙な奇怪な街。 そこに住む住人も歪な人達。だがそれが心地よい。

医者は腐り子に聖母のように微笑んだ。

「お父さんはね。お前を神にするよ。どうしようもない人のための神の座に据えるよ。」

かくして腐触街は誕生した。腐り子のために。



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