やっちゃんの人生

栗菓子

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第1話 八方ふさがり

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やっちゃんは平凡な村娘だった。
平凡に生き平凡に結婚し平凡に年老いて死ぬ。それが相応しいありふれた女だった。
事の発端は、両親を病で亡くした事だった。
その時、僅かな蓄えを泥棒のように盗んだのが、親しくしていた親戚だった。
彼らは、両親が死ぬと本性を露わにして、下衆な醜悪なたかりやみたいになった。
無知な村娘だったやっちゃんは、なす術もなく、家を取られ、見知らぬ借金を背負わされ、奴隷同様に働かされる寸前だった。これは犯罪だ。必死に訴えても、無知な村娘と、悪知恵だけは働く下衆達。
味方は居ない。やっちゃんは負けた。
八方ふさがりだった。お先真っ暗な人生になった。
やっちゃんは、自棄になり、飲めないお酒を無理矢理かっくらった。

行く先は奴隷や、娼婦・・。やっちゃんは暗澹たる人生にうんざりした。
やけっぱち。八方ふさがり。 やっちゃんは親のつけた名前を捨ててやっちゃんと言ってとやっちゃんになった。

酒を喰らいながらふらふらと歩いていると、知人の美しい女が、湖の神の生贄として選ばれたと嘆いていた。
可哀相に、人間なんてこんなものだよね。あんたには仲のいい婚約者がいたのに。とやっちゃんは思いながらふとやっちゃんにとっての啓示が頭に降ってきた。

あたしには未来がない。でもあいつにはある。なあんだ。あたしが生贄になればいいじゃないか。もう両親もいない。あたしの周りには薄汚いハイエナだけだった。やっちゃんは絶望していた。やっちゃんは酒の力も借りて死ぬ勇気を出した。人間は何を与えるか決まる。あたしの惨めな人生を与えれば、あいつは婚約者と幸福になる。
平凡だが幸福な人生は親が死んだから失った。親が今まで守ってくれたんだ。やっちゃんは今更ながらにおもい知った。弱い者がここまで幸福に生きられたのは、親がいたからだ。
あたしのような弱い女がもう幸福になるとは思えない。

やっちゃんは、神様に命を返そうと思った。
美しい女にやっちゃんは酒臭い口を吐きながら「あたしが代わりに生贄になろうか。あんたはまだ幸福になりたいだろ。あたしはもういいんだよ。」
ええと美しい女は驚愕の顔をした。「それはまだ死にたくないけど‥貴方はそれでいいの?」
女は信じられないという顔をした。やっちゃんは自分の今までの事情を話した。「あたしの人生は終わっている。
あたしは弱い。もう神様のところへいきたい。大丈夫。あたしはこう見えて純潔だ。神様もゆるしてくれるだろ。」

「あんた。親戚には気をつけなよ。あたしもあんな奴らとは思わなかった。女の人生まさかまさかなんだよ。」

女は本当に良いのかとためらっていた。嗚呼美しいな。
「いいから。せっかくのチャンスを逃すな。あたしもあいつらから逃れるチャンスなんだよ。」
やっちゃんは既に死を覚悟していた。情けないからだ。弱いから負けたのだ。やっちゃんは自分を見限った。
女もやっちゃんの思いつめた覚悟を悟って、ごめんなさいと謝って逃げて行った。
生贄の女が変わったことに村人たちは驚いたが、やっちゃんが「あたしの方が良い。あの女には婚約者がいる。あたしにはもう何もない。あたしは純潔だ。神様も許してくれる。」とやっちゃんは勢いで怒鳴った。
村人たちも当惑したが、そんな覚悟があるのならと生贄の変更を許した。
まったく・・ろくでもない人生だったよ。

やっちゃんは腹が立つほど美しい水面を見つめた。みすぼらしい女が映った。情けない。これがあたしか。
もう少し綺麗にすればよかった。女心がやっちゃんを恥じ入らせたがもうどうでもよかった。

やっちゃんは崖から背中から思い切り突き落とされた。
村人は変な詠唱をした。どうも湖の神様に生贄を捧げるから村の安寧をくれと言ってるらしい。
現金なもんだ。
湖の水底には多くの生贄が横たわっているんだろうな。本当に神様っているのかい。
やっちゃんはいまだに半信半疑で、湖に勢いよく飛び込んだ。娘の姿は湖の底深く吸い込まれた。


かすかに、多くの白骨死体や腐った遺体が見えたような気がした。
やっちゃんは安らかな無の意識に吸い込まれた。


パアンと泡がはじけたようにやっちゃんは目が覚めた。真っ黒な洞窟のようだった。
なんだい・・ここは・・
あたしは生きているのかい?それにしては・・水の底で息ができるはずはない。

やっちゃんは死んだならもう少し綺麗なところへ連れて行ってくれよ神様とブツブツと文句を言った。


「文句ばかり言う女だな。生贄志願するわりにわがままな女だ。」

背後に涼やかな声が聞こえてやっちゃんはひいと叫んだ。
慌てて後ろを振り向くと、とても美しい男がいた。ああ湖の神様だ。目が湖底の色だ。耳は魚のような感じだ。
人魚と人間を併せたような姿だ。人外の美しさがあった。

まぎれもない神様だ。

「申し訳ありません。」
やっちゃんは土下座した。神様が助けてくれたのだろうか?
「否。そなたは一度死んだのだ。我が戯れに命を与えた。生贄志願は珍しかったからだ。誰だって生きたいと足掻く
ぞ。そなたは死へと向かって勢いよく駆け出した。」

あれは自暴自棄ですよ神様。もうどうでもよかったんです。いい加減疲れたんです。うんざりだった。
神様は心の声が聞こえるようだった。流石は神様だけはある。

情けないけどあれしか道はないと思ったんですよ。あたしは。あの時はね。

「そなたは弱いくせに変なふうにふんぎりがつくのお。」
神様。そんなに美しいのに変におじいちゃんみたいなしゃべり方をいうんだね。おじいちゃんっていっていいかい。


「駄目。頭が弱い女め。そんなだから騙されるのだ。」

「亡くなった両親も嘆いているぞ。情けない子どもとな。」
うぐっとやっちゃんは息をつめた。それを言われると弱い。でもほかにどうすればよかったのか。
分からなかったのだ。やっちゃんは悄然と顔を俯けた。


「そなたは生贄に見せかけた自殺志願者だ。」「我は命を粗末にするやつはユルセナイ。」
「ほかの生贄はもっと生きたかったと言っておったのに。」

あらあ。神様。そこまで見抜いていらっしゃる。割と人道的ですね。人間より人間らしい。
やっちゃんは勘弁してくれと思った。

「罰として、我の元で修行や、働くのだ。」
「何があっても生きようとする気概のないやつめ。我はそういうやつが嫌いなのだ。」

一難去ってまた一難かい。結局罰として働けってことかい。まああいつらよりはましだね。
あんな両親とあたしをだましたやつらなんかごめんだ。


かくしてやっちゃんは水底の洞窟で神様の下働きとして働くことになった。

ちなみにやっちゃんが逃した美しい女は婚約者と結婚して幸福になったが時折、贖罪として、湖のほとりに美しい花を植えたりしている。
ごめんなさいと美しい女がときおり泣きながら花を植えている様子は民話になった。
白い花、薄紫の花 淡いピンクの花、どれも釣鐘に似ていた花だった。
カンパニュラの花。 ごめんなさいの花。

なんだが美しいが悲しい花言葉だなと彼らは伝承で伝えた。
そこにはやっちゃんの名前はなかった。
唯、美しい湖と美しいがもの悲しい花畑があるだけだった。


あたしへの謝罪の花畑の花言葉がまさか美しくももの悲しい花言葉になるなんで思わなかったよ。
あたし向きじゃないよ。この花は。
あの美しい女らしい謝罪だね。これは・・
どうせなら自棄で生贄になった女に相応しい花をおくれ。
自棄とかいう花言葉がある花をね。
あるのかね。そんなもん。

あたしは水底で、花畑を見上げながら言った。
神様があたしの頭をぶん殴った。割と短気だね。神様。やはり相当おじいちゃん。あたしは確信した。
目の保養にはなるけどなんだがあたしまで悲しくなるじゃないかい。
悔しいけど、あたしを騙した奴らに一度だけぶん殴れば、こんなもの悲しい花言葉生まれなかったかも。
あたしは美しい花に申し訳なかった。
くそったれ。
いつもあたしは後になって後悔するんだ。

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