大輪の花火の輪

栗菓子

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第17話  ボランテイア

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一度、わたしは少し売れて調子に乗ってお金を使いまくったことがある。そのおかげで、仲間と友の信用を失い、浅はかな馬鹿と周囲は嘲り、ついにお金がなくなって途方にくれたことがある。
悪いときに悪い事は重なるもので、わたしは、仕事を干された。わたしより上手い演技女優が現われたのだ。

わたしはまずいと思いながらもどうすることもできなかった。

アパートの家賃も払えなくなってわたしは一時はホームレスになった。
このまま野垂れ死ぬのかなと思い、なるべく履歴書がなくても雇えるバイトを探しては、小銭を貯めては、放浪した。 大抵は、深夜、女だから危ないから、わざとボロボロの服を着こんで、顔をマスクや何かで隠して太らせてみせた。そして据えたような匂いをさせた。そうすれば襲われる危険性が少ない。

あたまもぼさぼさにした。貧乏らしいみっともない人にはあまり近づかないものだ。

それを危険視して、ホームレス狩りをしている怖い若者もいるらしいが、幸いにもわたしは遭遇しなかった。

しばらく空き家や、公園のベンチで寝泊まりした。わたしは野良猫になったのだ。

わたし以外も女のホームレスが居たが、ぶつぶつと精神障害を患っていたらしく、わたしを無視して、ふらふらと彷徨って歩いていた。わたしはなんだか彼女の後姿をずっと見ていた。


しばらく、公園の水や残版で食いつないだ。わたしはこのまま野良猫でいるのだろうかと思っていたら、
ある日、「おい。姉ちゃん。どこにもいくところがないのか。ホームレスを助けるボランテイアで食べ物が配膳されるところがあるぜ。行ってみろよ。」

男のしわがれた声がわたしに聞こえた。

わたしより身なりは小さっぱりしているが、やはりかれも放浪者だった。
同じ境遇の私が気になり、大事な情報を教えてくれた。

親切な人もいるものだ。わたしは彼に深く感謝した。わたしは藁をもつかむ思いで、そこにアイとか宗教とか色々何かが混じったような団体で、わたしたちホームレスは並んで配膳される食料やスープ。それから古いがまだ着れる服とか生理用品ももらった。

そこには、働けるところを斡旋しているところもあって、わたしはしばらくそこで工場のような淡々とした仕事をした。品物を段ボール箱に入れ、運ぶ単純な作業だが、結構お金は良かった。

このままこの仕事を続けるのも悪くないと思ったが、やはり女優の仕事にも未練があった。

色々人生経験を豊富に味わったおじいちゃんがその筋の入れ墨をかすかに半シャツから見せた。

わたしはつい、赤い魚の入れ墨を綺麗ですねと呟いた。

おじいちゃんははじめは睨んたが、女で太っている無害な奴と思われたらしく、自慢げに偉ぶった。

こどもみたいだ。わたしは笑いそうになった。

「綺麗だろう。これはとても名職人に頼んで掘ってもらったんだ。痛かったけどよこれはな赤い鯉なんだよ。
鯉は上る龍にもなるめでたい縁起が良い魚といういわれも聞いてな、まだ若いわしはほったんじゃよ。」

そのせいか、当時のおじいちゃんはとても成功して羽振りが良かったようだ。ヤクザの中でも有名だったらしい。

でも時代の流れにはついて行けず、おじいちゃんはだんだんと没落していった。

「仕方がねえよ。儂のような者があんなに運が良かったのはこの魚の加護かもしれないな。でもその加護にも賞味期限切れとかあったんだろうな・・。」
「儂もつい、調子になって、ある目上の人にとんでもないことをやらかして失脚してしまった。良く生き延びられたよ。儂。殺されるかと思った。」

わたしはつい冷や汗が出た。わたしも同じだ。調子に乗って、あんなことをやらかしてしまってここにいるのだ。

人間は、あまり調子にのったらまずいことをわたしは学んだ。

そして、意外と、助けてくれる奇特な人達は多いなと思った。わたしもいつかは恩返しをしようと思って、僅かな金を寄付した。

そしてだんだんやはり、女優の仕事をしたくなり、わたしは再び、ためたお金でなるべく身なりを綺麗にし、まだできたばかりの小さな劇団の面接を受けた。

わたしは赤い鯉さん。わたしにも加護をわけて。神頼みで、必死でアピールした。

そのせいか、なぜかわたしは合格した。奇跡だ。もうあんなことはしまいとわたしは自分を戒めて、ひたすらに演技の稽古と、雑用の仕事や、汚物を処理する仕事も何でもはいと頷いてやった。

わたしは劇団に信用されて、着実に実力を身に付けた。 何もないわたしからすこしずつ、色々な事を学び、異国の言葉も演技のために簡単な言葉は喋れるように頑張った。

そのごろは傷ついた声帯も回復して、わたしは喋れるようになっていた。

人間の生命力は不思議だ。ゆっくりと確実に再生していく。

十年ほどで、わたしはベテラン芸人として有名になった。


お世話になった当時のボランテイア団体はまだ続いている。わたしは多額の寄付をした。わたしの人生を再起させたところだ。

おじいちゃんを探したが、相当高齢だったのでもう死んでいるだろう。わたしは諦めた。

たった一回の縁だったが、忘れられない話もあるのだ。

わたしはアパートを借りれて、お金もある芸人として生活をした。

そして、ある日、小さな売店で売っている新聞が気になった。女ホームレスと見出しがあったからだ。

私はその新聞を買って、内容を見て愕然とした。

ベンチに座って寝ているまだ若いホームレスの女が邪魔だからと男に殴られて死んだようだ。

その女がもっているものは子どもがもつ人形だけだったようだ。

嗚呼・・わたしは深い溜息をついた。邪魔だから殺される女。わたしもそういう立場だったのだ。怖い。
もうあの頃には戻れない。何も知らないけど運だけで生きていた若いわたし。
あなたは綱渡りの人生を生きていたんだよ。

一歩間違えれば、わたしは殺された女になっていた。

世の中には邪魔だからと呆気なく殺せる人と、大丈夫かと助けてくれる人がいる。


わたしは運が良かったんだ。彼女は運が悪かった。

それだけなんだ。 

わたしは何故か涙が止まらなかった。もう一人の女の末路が哀れだった。

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